15.決勝戦――ゴングが鳴る前
「決勝戦、かぁ……」
ピットを設営しながら、ボソッと皆瀬が呟く。
「決勝戦だねぇ」
相槌のように優也がそう言えば、皆瀬は少し恥ずかしそうに苦笑しながら「初めてだから、慣れなくて」漏らす。
「皆そんなもんだよ……初めてなんだから」
「……あなたも、初めての時はそうだった?」
問われ、優也は自分が初めて決勝の舞台に立った時のことを思い出す。――ドキドキよりかは、ワクワクしていたように思う。
「ワクワクしていた、かな……? これから、もっと強い相手と戦えるんだ、って」
「……天才に聞いたのが間違えだったわ」
「え、なんで?」
「天才には凡人の苦悩なんて分からないのよ……あぁ、嫌だ嫌だ……」
「えぇ……?」
腑に落ちないものの、優也は自分自身の準備を進めていく。
ふと、相手のピットに視線を向けると、そこではパイロット――ミハエル・ロッテラーとレオナルドが何かを話しているのが見えた。
「……ふぅ」
昨夜の会話を思い出しながら、優也はヘルメットを抱えて瞼を閉じる――それは、日本に戻ってきてからはやっていなかった、試合前に行う優也のルーティンだった。
「――よし」
どんな想いがあろうとも、やることは変わらない――全力で、勝利を目指すだけ。それを再確認し、優也はジーンに声をかける。
「ジーン」
「なんだい?」
チェックリストの項目を確認していたらしいジーンはタブレットから視線を上げると優也を見た。
「……今、君が……君とシェリルが来てくれた幸運を、もの凄く感じているよ」
「……どうしたんだい、急に?」
言われて優也は苦笑しながら相手ピットに視線を向ける。それを見てジーンは「ははぁん……」と苦笑した。
「彼はエンジニアじゃないけど、エンジニアとしての役割が出来ないわけじゃない。世界レベルを知る彼が良い腕のパイロットに付いているのであれば……確かに、強敵だねぇ」
「そうだね……でも、戦力としてもそうだけどさ、君達が来てくれたおかげで……気持ち的に、助かっているよ」
「おやおや……世界王者の言葉とは思えないね?」
「元、だよ……元、ね」
「はは……そういうことにしておこうか」
そう言うとジーンは彼らしくない仕草――優也と肩を組むという行為に及び、耳打ちする。
「――もっともっと、手強い相手とぶつかって、僕だって『この先』の景色を見たいからね」
器用にウインクするジーンに、優也は「ふっ……」と笑みを零した。
「さあ――レオの頭を叩いて、寝ぼけた頭を覚まさせてあげようじゃないか」
「……そうなると、良いね」
優也は軽くジーンとハイタッチするとコクピットを目指す。
「――ユウヤ」
不意に声をかけられて足を止めると、シェリルが立っていた。
「なんだい?」
「……あなたはどうしようもない馬鹿だけど、真っ直ぐで、正直で……良い奴よ」
「……それ、褒めてる?」
「私が褒めると思う?」
ムッとした表情で言われてしまい、優也は苦笑する。シェリルが本当にどう思っているかは定かではないが、彼女は仕事には正直だが自分自身には正直ではないところがある。――たぶん、悪く思っていないだろうとは思う。
「あっちの馬鹿に比べたら、あなたは良い方よ――停滞していないし、自分自身に嘘をついていないから」
「……そうかな?」
「ええ。私がそう判断したのだから、そうよ」
「……そっか」
停滞していない、そう言って貰えて少し心が軽くなる。
「――ここまで来たんだから、勝ちなさいよ?」
シェリルの言葉に優也は答えず、ただ右手を挙げて「任せろ」と態度で示してその場を後にした。――答えは、結果で示す。それが彼女の好きなことだから。
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『――ミーティングで確認したとおり、装甲は戻してあるから。テストで問題になったOSの処理速度の問題はジーンがさらに対処してくれたから、問題ないと思う』
「とりあえず、積み込みの時に動かした感じでは良かったと思うよ」
『うん、負荷がかかった際の影響が試せていないけれど、ジーンがそこはテストの時に対処した部分の領域だから問題ないだろうって』
『まあ、ゴミ取りを追加でしたみたいなものだから、全体で処理速度が格段にアップ、みたいなことはないよ。今までちょっとモタついたのが、多少スムーズになったかな? みたいなもんだから。あとはCPUとメモリ便りだし、そっちは変えてないからね』
コクピット内で最終チェックを終え、ピットとやり取りをして試合開始を待つ。
『ソールは指定通りだけど、あえて言っておくけど難しいからね? いきなり転ばないように気を付けて』
「はは……そんな凡ミスはしないよ、ジーン」
『まあ、君だしね……でも、何があるかはわからないから』
「そうだね」
モニタ越しに、相手を見る。――プライベーター勢でもかなりの強さを誇るチーム、『トライブ』。何でも挑戦を意味する『トライ』と、より良く生きようとするという意味での『LIVE』を組み合わせたチーム名らしい。そのままだと『部族』という意味を持つ『tribe』と同じになるが、表記的には『TLIVE』らしい。
チームの掲げる『全力で、もっと、次へ』を体現する活動と実績は注目に値し、近年は世界大会への参戦も複数回経験しており、上位進出も果たしたことから国際的な評価も高い。
機体、TRG-N03は今期から投入された新型で、『ルシファー』から技術協力を得ているという話だ。――そう言えば、チームを去る前に日本のチームに技術提供することにした、とレオナルドが言っていたなと思い出したのはつい最近のことだ。
『――試合記録、映像で確認して貰ったけど、とにかく狙いが正確だしRGのコントロール技術が凄いの。前期までは機体差で苦戦を強いられていたから3位が最高順位だけど、アジア大会でも実績を残しているし、侮れないわ』
パイロットの話になり、優也はミハエルのことを黒沢に言われたこと、そしてレオナルドの自信を思い出す。
――「ミハエル・ロッテラーには気を付けろ。奴は、かなり手強いぜ」
――「パイロットを甘く見ていると、開始早々に負けることになるぞ」
――「奴は、来期からウチに移籍する――新しい、『ルシファー』のパイロットになる男だ」
「……負けていられないよね、もちろん」
ふと漏らしたその言葉。通信でそれを聞いていたらしいジーンが「ははっ」と笑うのが聞こえた。
『良いんじゃない? 君のそういうの、やっぱり僕は好きだよ!』
言われて、何だか気恥ずかしくなって苦笑する。
『そろそろ時間ね……ここからは、あなたに任せる――頑張って』
皆瀬の言葉に、優也は「任された」と答えて通信を終える。
コントロールユニットのスティックに触れている手が、今か今かと待ちくたびれたかのように握ったり開いたりを繰り返している――無意識の行動だった。
「――ふっ」
そんな自分に笑いつつ――優也は試合開始準備の合図を受け、機体をリングへと進めた。




