13.準決勝――技量の差
――準決勝。
レベリオンの相手は、現日本国内参戦チームで最多優勝を誇る『エドガー・フェニックス』。RGを主力とし、工業機械で世界的にも有力な企業であるエドガー・インダストリアルを母体に持つ『ファクトリーチーム』だ。
「おいおい……準々決勝までと、装備がガラッと変わってるじゃないか……」
チームの誰かが思わず、といった感じで声を上げる。
今回の対戦相手――『EPRG-17』はエドガー・フェニックスが今期のために投入した深紅の最新鋭機だ。基本はブレードでの接近戦で、高出力モーターとブースターを的確に利用したヒットアンドアウェイ戦法で瞬く間に対戦相手を沈めてきた。
そんなEPRG-17だったが、装甲形状が変わっており、一部はカーボン地そのままといった仕様に変更されていた。また、中距離用に装備されていた筈の火器類がオミットされているように見えた。
「スピードなら負けない、って意地だろうねえ。うんうん、そういう馬鹿正直なの、僕は好きだよ!」
喜んでいるのはジーンだけ。その隣りでシェリルは「何でもかんでも正直であれば良いってものではないわ」と呆れていた。
「うちの子に対する挑戦状、よね?」
「まあ、そういうことだろうねえ……こっちが挑戦者なんだけどね」
腕を組んでいる皆瀬に、優也は苦笑しながら応える。
「まあ、こちらの戦力は分析しているだろうからね……あちらとしての、確実に勝ちに行く道筋がアレなんだろうね。――負けないけどさ」
ゾクゾクするような喜びに、身体が少し震える――それは、とても懐かしい感覚だった。
「……楽しそうね」
皆瀬がどこか呆れ気味にそう言うので、優也は「楽しいよ」と、笑顔で返した。
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《相手は世界大会優勝経験もある、世界ランクの実力者だ。――釈迦に説法みたいなもんだとは思うが、そこのところは忘れないでいてくれ》
「分かってます」
轟からの緊張を感じる注意の声に、思わず苦笑する。
(これからは、こういうのにも慣れてもらわないとね――)
これから、一緒に戦い続けたい――そう思えるチームだからこそ、優也はチームに対してそう求めたい。無理強いをしてチームが分解するのは避けたいが、このチームならきっと大丈夫だと思っている。
――勝ち方を知らないだけで、このチームは勝利に飢えているのだから。
《データシートで確認してもらったと思うけど、昨日のテストで指摘された部分は修正してあるからね。壊さない程度に振り回してもらって大丈夫だよ》
「了解。――ジーン、『ファントム』は何回まで?」
最終確認をするジーンに、優也はその答えを何となく予想しつつも聞いてみる。
《う~ん……まあ、今の『レベリオン』なら、5回かな……それ以上は、ちょっとフレームが心配だからね》
「OK。気を付けるよ」
《ま、それ以外で君が無茶をしたら、どんどん減っていくんだけどね。はっはっは》
《おいおい……試合前に、そういうのはやめてくれよ……》
ジーンの言葉に轟がげんなり、といった感じで注意する。
「ま、そこはほら……プロだから。任せてよ」
《……だな。元世界王者を信頼してるよ》
《そうそう、プロだからねぇ。きっちり決めて貰おうか》
《……そろそろ、集中してもらっても良いかしら?》
怒気を含んだ皆瀬の声に、ふたりが「あ、ああ……うん」と少したじろいだのが面白い。優也はクスッと笑いながら最終チェックを終える。
「――さ。行こうか」
準決勝のコール――フィールドに待機した2機のRGが対峙し、構える。
優也の機体――『レベリオン 2nd』の前に立つのは前期ベスト4、世界大会出場多数の『エドガー・フェニックス』の最新鋭機である『EPRG-17』。深紅の美しいボディーは所々カーボン剥き出しの状態になっており、かなり急ピッチで仕様変更したのであろうことが窺える。もしかしたら、コーティングの厚みを空力等考慮して省いたのかもしれないが。
先に動いたのは、EPRG-17。パイロットはベテランの石浦明人。世界大会でもベスト4に残ったことがある実力者で、優也自身も対戦経験がある。――もっとも、その時は『レベリオン』ではなく、『ルシファー』だったが。
鋭角さと丸みが絶妙なバランスで存在するEPRG-17は訓練された狩猟犬のように鋭く切り込んでくる。優也はそれをステップで避けると今回のメイン・ウェポン――『ブレード』を使って相手の攻撃をいなす。
奇しくも互いの武器が同じ系統となった今回の試合――機体のスペックもそうだが、互いのパイロットの技量が非常にわかりやすい戦いとなった。
(世界大会じゃ、剣も銃も上手い、って印象だったけど――)
攻撃を捌きながら、優也は相手――石浦の印象を改めた。
――石浦は、剣捌きが抜群に上手い。
もしかしたら、世界ランクの実力者を集めて同じ機体、同じブレードを装備させて戦わせたらトップ2くらいになるのではないか――そう思わせるほど、石浦の剣捌きは優也から見て素晴らしいものだった。
――そしてそれは同時に、優也にとっては手強い相手だという事でもあった。
《上手い上手い♪ ――だけど、そのままだと決め手に欠けるね~》
ジーンの指摘に、そりゃそうだと心の中で同意する。距離を取ろうにも、そうさせてくれる隙が無い。
《ソール、ハードめだけど今日の路温だとそれでもキツいかもね。当初の予定通り、持久戦を考えないでいった方が良いね》
「――了解」
優也は踏み込みを変え、少し深くEPRG-17に抵抗する。すると即座に相手が合わせて引いたので、優也はその『隙』を見逃さずに後退する。相手は攻めに合わせて少し引いたつもりだろうが、それに合わせてこちらも引いたので距離が出来た。
――そしてそれは、優也が攻めに転ずるのに十分な『余裕』だった。
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「――ちっ!!」
明人は自らの判断ミスを悟って舌打ちした。それは、攻防の最中に起きた些細な距離――しかし、それは今の明人にとっては致命的な『距離』だった。
(移籍したばかりの、下位チームの機体でこれかよ……っ!!)
相手――今は本名の神代優也としてエントリーしているパイロットとは、世界大会で対戦した経験がある。その時は、『ナイトK』と名乗っていたが……絶対王者とまで称された、凄腕のパイロットだ。
当時は機体性能、そしてパイロットの腕の差もあって完敗したが――今、日本で再び対戦し、そして追い込まれそうになっている。しかも相手の機体は、万年最下位という『曰く付き』の機体だというのに。
滑らかな動き、鋭い反応――それらはとても万年最下位の機体のものではない。それがパイロットの腕だけで実現しているとは思えないが、それを発揮させているのは紛れもなくパイロットの腕だ。
ここを勝てば、世界大会の切符が手に入る――けれども、今、こうして目の前に居るのはこんなところにいるべきではない、正真正銘の化物だった。
「こっちだって、国内トップクラスの意地がある――!!」
EPRG-17の長所である高機動を極限まで高めるため、装甲を変更し、装備も変更した。出力特性も併せて変更し、速さで上を取る――そういう作戦だった。それは成功したかに思えた。
――しかし。
(――んだよっ、これは……!!)
相手――RE-RG02は速い、というだけでは済まない動きを見せている。
EPRG-17は、国内どころか世界でも通用する速さを持つ機体だ。そしてそれを操る明人もそれに見劣りしない実力を持っていると明人自身は思っている。――が、そんな明人とEPRG-17でも劣勢に立たされる驚異がそこにはあった。
「――くそっ」
互いのブレードの技量は、同等か――もしかしたら、明人の方が上かもしれない。
――しかし、それ以外の技量に差がありすぎた。
いかにブレードで上回ろうとも、それ以外で劣ってしまえば圧されてしまう。そしてそれを短い間に繰り返されれば――結果は、こうなる。
「――制限時間が、あともう少し長ければ」
――そうであっても、逆転、もしくは同等まで持って行けたであろうか?
プロとして、そこの判断を間違えてはならない。事実を、しっかりと見つめて――正しく理解出来ない者に、先は無い。
「――俺の、負けだ……」
機体性能だけなら――負けてはいないと思う。負けたのは、パイロットの差。接近戦におけるブレードの技なら負けない自信があった。しかし――現実には、それ以外の差で、負けた。
《――お疲れさん。惜しかったな……》
チーム監督からの無線に、明人は応えられない。軽くコントロールユニットのレバーに拳を叩きつけ、シートに沈むように脱力する。
結果は、ポイント差での敗退。――しかし、負けは負けだ。
――そしてその負けが『どの程度』の負けであるかを、当事者は分かっている。
ポイント差以上に差を感じた。ギリギリで凌いでいるつもりが、少しずつ押し負けた。そしてそれが積もり積もって、敗因となった。
「――」
ピットへと戻り、コクピットを開ける。流れ込んでくる外気が、これほどまでに心地良くないのはいつ以来だろうか――。
機体を降りた明人は勝者――RE-RG01と神代優也を見る。あちらはこちらと違ってピットが盛り上がっている。
前期も負けた時に似たような光景を見たが、その時とは相手の喜び方が大人と子供かというくらい違うし――何よりも、明人の心境が違う。
「――世界を獲れるやつと、獲れないやつの差、か……」
ヘルメットを脱ぐと、明人はそのまましゃがみ込む。
――床に落ちる水滴は、汗だけだと思いたかった。