11.戦いの合間に~それぞれの想い~
大遅刻、申し訳ございません。
「――まるで、昨年までの『彼』のようだね」
子供のように手を叩き、楽しそうに言うミハエルにレオナルドは「ふん……」とだけ反応する。――不愉快、だった。
「――それが、君が求めたものか、ユウヤ……」
――まるで、変わらない。
――昨年までの彼と、変わらない。
――自分達を捨てて、裏切って……それで得たものが、それなのか……?
「――不愉快だ」
思わず口に出してしまい、レオナルドは「ちっ……」と舌打ちする。それを見ていたミハエルが苦笑しているのも、不愉快だった。
「正直だねえ、レオ」
「うるさい」
「正直なのは良いことだよ。うん。実に良い」
いつも通りの、芝居じみた仕草。それが今は、いつも以上に鬱陶しいし、腹立たしい。
「――それにしても、面白いね、あの機体。まるで、君が作った機体のようだ」
「――」
――『あの男』の、流れを汲む機体。
たしかに、似ている。外見ではなく、その動き、雰囲気が。――きっとユウヤは、慣れ親しんだ愛機のようにあの機体を操っていたことだろう。……途中の、追撃を躊躇したのは解せなかったが。
「……帰るぞ」
「はいはい……でも、これで決勝が楽しみになったよ」
「………」
――楽しみなものか。
レオナルドは、内心で舌打ちする。
思い知らせるつもりだった。――こんな国では、お前の力は活かせないと。お前の力を引き出し、活かせるのは自分達だけなのだと。……そう、突きつけるつもりだった。
――しかし。
動きの精度こそ、まだ拙い部分があったが――きっと、調整できるだろう。彼のピットに居た、あのふたり……ブライトマン兄妹がいるのだから。
彼らがチームを辞めると言い出した時、冗談だと思った。しかし、本気だと分かってからはオーナーと共に説得を試みたのだが、彼らは全く取り合わなかった。契約期間内だから違約金が発生すること、所謂『ガーデニング期間』を過ごして貰わなければならないと説明すれば、彼らはオーナーと別途契約を結び、規定の違約金の数倍以上を支払ってチームを離脱した。――結果、彼らは守秘義務を課せられることにはなったが、こうして今、ユウヤのチームに移籍している。
パイロットとエンジニア、チーフメカニックが優秀なだけでは恐れるようなものではない。――そこに、『あの男』の流れを汲む機体が合わされば……それは、十分な脅威になる。
――きっと、ミハエルは苦戦を強いられるだろう。それどころか、負けるかもしれない。
負けるのは自分ではない――しかし、どうにも面白くなかった。
――かつての友を、悔しがらせたい。
レオナルドは、自分でも驚くほど感情的になっていた。
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「――うん、そこは負担がかかると思っていたから、予想通りかな」
「ダンパーで誤魔化すことは出来るけど、根本的にマテリアルの質の問題ね。――決勝までに間に合うの?」
「今、オーナーが掛け合ってくれてる」
チームのファクトリーでは、機体を前にして皆瀬とシェリルが脚部のパーツに関して話をしている。
「機体のスペックを引き出すというか、絞り出すように使うからね、君は。優しくも出来るけど、なかなかそうはしない……君ってば、酷い男だ」
「悪意のある評価だなそれは、ジーン」
「ふふ……君の女性に対する扱いと似ているじゃないか?」
「もっと悪意あるな、それ……」
「自覚がない男は嫌だねえ……」
「え、いや……嘘……?」
はっはっは、と笑って去って行くジーンの背中を見送りながら、「え、本当に……?」とショックを受ける優也。――え、女性に対して酷いのか?
「あんがとな、優也」
呆然としていると、背後から声をかけられる。――轟だった。
「轟さん」
「お前さんがいなかったら、チームはどうなっていたか……本当に、助かった」
頭を下げる轟に、優也は「やめてくださいよ、そんな」と頭を上げさせる。
「……俺は、皆瀬――なつきの父親とこのチームの立ち上げから組んでいてな……なつきのことも、産まれた時から知っている」
そう言って轟はシェリルと身振り手振り加えながら熱論している皆瀬を微笑みながら見る。
「あいつの親父が亡くなった時――俺もチームも、どん底だった。奴はデザイナーとしてだけじゃない、俺達にとって柱だったんだ。その柱を失い、俺達は迷走した。奴が残した家族を心配しつつも、最低限以下のことしかやってやれなかった」
「………」
轟の顔には、悲しみと――後悔の色が見えた。
「――こうして、なつきが元気にやってくれているのを、俺は嬉しく思うと共に……歯痒く思うよ。どうして、俺は出来なかったんだろうな……ってな」
「――思っていても、どうにもならないことはありますよ」
優也は実感を込めてそう言った。それに対して轟は「違いねぇ」と苦笑した。
「後悔したところで、だな……。とにかく、お前さんという希望の光が舞い降りたことで、事態は好転した。お前を中心に、色々変わってきた」
「僕は、ただRGを操るだけですよ」
「ふん……カリスマってやつは、当たり前のことをしているだけで人を集めるんだよ」
「カリスマって……そんなんじゃ、ないですよ」
「自覚がない天才ってのは怖いな……ああ、コワイコワイ」
「なんですか、それ……」
苦笑し合うふたり。
「――とにかく、こうしてなつきもチームも、やる気と元気を取り戻せた。……この礼は、再考のバックアップという形で返させてもらう」
「……期待してます」
「おう」
じゃあ、仕事が残ってるんでな……と離れる轟を見送り、優也も装備品を自分のロッカーに片付ける。
「――次は、準決勝」
次の相手は、ワークスだ。優勝候補の『エドガー・フェニックス』――世界大会の経験豊富な、強豪チームだ。優也自身も世界大会で戦ったことがある。
「しっかりやれば、負けないだろうけど……油断は隙を生むからね……」
自分に言い聞かせ、ロッカーを閉じる。――世界へ行くために……かつての仲間と戦うためにも、負けられない。
「やれることを、しっかりと……ね――」
ロッカーの扉をコツン、と拳で叩くと、優也は試合を振り返るためにミーティングルームを目指した。
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――正直なところ、驚いている。
良子は取引先との交渉を終え、椅子の背もたれに身体を預けながら天井を見上げた。
「――うちのチームが、こんなにも強くなるなんて、ね……」
スタッフがこれまで手を抜いていた、とは思わない。ただ、低迷し続ける成績にモチベーションが下がっていたのは確かだ。――それを、神代優也というパイロットは劇的に変えてしまった。
時代遅れのハチクロ――アスカ八九型六式で勝ち上がり、チームに勝つ喜びを与えてくれた。仕事への手応えを感じさせてくれた。それは、とても大きな影響だった。しかし、何よりも大きかったのは――なつきを変えてくれたことだろう。
皆瀬なつきは、良子にとっては妹分のような存在だ。チームと共に過ごし、互いの父親が仕事仲間というだけではなく、友人として家族ぐるみで接していたから良子にとっては家族同然の存在だ。――そんな良子でも、なつきの中にある悲しみや闇というものを払拭してやれなかったことは、今でも良子の中に苦い思いとして残っている。そんななつきを、優也は変えてくれた。
「――ふふ。あの子の、微笑ましい怒り方……何年ぶりかしらね……」
優也に怒っているなつきは、本人は嫌がるかもしれないが、とても可愛らしい。それは、ここ数年――いや、彼女の父親と、良子の父親が亡くなって以来……見たことが無かったように思う。
「良い方向に、風が吹き始めたということかしら……」
良子は窓を開け、入ってくるそよ風に瞼を閉じる。――気分は悪くない。いや、良いと言った方が正確だろう。
「次は、準決勝か……」
チームとして、初めての準決勝進出。かつて――あの事故の直前、行きかけて……辿り着けなかった場所。
「――私も、頑張らないと……ね」
良子は窓を閉じ、気合いを入れるとデスクに向かう。――チームオーナーとして、皆が満足に戦える環境を作らねば。それが、オーナーとしての良子の『戦い』だから。
それは、低迷が続いて資金繰りも危うくなってきた時とはまた違うしんどさを感じたが、前を向いている分――良子はやりがいを感じ、笑みを零していた。




