10.第4回戦――『ファントム』
マツダ ライトニング『インパルス 06』のパイロット、元国浩次は焦っていた。
「――っくしょ!」
事前に確認した過去の試合――今回の相手、『RE-RG02』レベリオン 2ndの動きは取るに足らないもので、いくらパイロットが世界王者に変わったとはいえ大きく戦力アップするとは思えなかった。それは、ハチクロを操ってここまで勝ち上がってきたことを考慮しても、問題ない範囲だった筈なのだ。
――しかし、現実として今、元国は予想を遥かに上回るレベリオン 2ndの動きに圧倒されていた。
《距離を取れ! そのままじゃ、嬲り殺しにされるぞ!》
「わかってる!!」
――わかっていても、どうしようもない。
こんなにも化けるのか、と。驚きは恐怖にも似たものとなっていた。パイロットでこれ程までに変わるのであれば、自分たちの小さな努力など――
「――って、諦めてたまるかよっ!」
折れそうになる心を、奮い立たせる。機体を実際に動かしているのは元国だが、ここまで動けるようにしてくれたのはチームの皆だ。そしてそれを支えてくれるスポンサー、ファンだ。――それを、台無しになど出来ない。
ファクトリーのパイロットとしてデビューしたものの、成績不振で解雇された元国を拾ってくれたマツダ ライトニング。オーナーもスタッフも、ファクトリーとは異なる職人としての実力、プライドを持ち、そして温かかった。自分のために、自分が輝けるようにと空回りしたファクトリー時代、けれども今は、チームと応援してくれる人たちのために戦える。――そこから、元国は成績を上げていった。そして、国内で優勝して世界に行くことも出来た。
元々強いチームだった。そこに加わるプレッシャーもあったが、元国にはファクトリーパイロットだったというプライドがあった。それを修正し、良い方向に導いてくれたオーナーのためにも優勝を――そう思って勝ち抜いてきた。
「俺だけが負けるなら、良いけどよ――俺が負けたら、チームの負けになっちまうからなっ!」
機体に鞭打ち、無理な動作で攻撃を避ける。負荷はかかったはずだが、しっかりと応えてくれる『インパルス 06』は良い機体だ。歴代のパイロットと、チームが経験を重ねて仕上げてきた機体。世界王者にはなれなかったが、世界レベルで戦うことも出来た。――だから、こんなところで簡単に負ける訳にはいかない。
「――?!」
反撃を――そう思った元国の眼前から、レベリオン 2ndが消える。
「下――いや、後ろかっ?!」
振り向こうとした時には、遅かった。『インパルス 06』は背部ブースターを破壊され、前転した。
「ぐっ――!!」
激しい衝撃と、前転による強烈なG。コクピットは保護されているが、それでもGというものには振り回されてしまう。
「くそっ……!」
《大丈夫か、浩次!》
心配する通信が入るが、それよりも早く機体を立て直さねば追撃が――そう思いながら機体を動かしたが、レベリオン 2ndは構えたまま追撃してこなかった。
(――トラブルか?)
事情は分からないが、命拾いした。機体のステータスを確認しつつ、距離を取る。
機体はかなりのダメージを負っており、機体が停止するのは時間の問題と言えた。止まるか、TKOで止められるかのどちらか――ここからの逆転は、不可能に近い。
「――それでも」
元国はランスを構え直し、戦闘を継続する。――自ら諦めることは、出来ない。
《浩次、さっきの衝撃でフレームまで逝ってやがる――だから、気をつけろ》
きっと、もうどうにもならないことはピットも把握済みのはずだ。――皆、プロだから。それでも、「気をつけろ」しか言えない状況で、それを正直に言うチーム――オーナー兼監督である松田に苦笑する。
「精一杯、気をつける」
《……すまんな》
「反省は、終わってからにしましょうや」
ふっ――と笑ってから、元国は悪あがきの最後の一撃をするため、集中する。
ゆらり――レベリオン 2ndの姿が揺れて、消える。
「――?! この動き……っ!!」
空振りに終わるランスの一突き。――次の瞬間、『インパルス 06』は衝撃を受け、転倒した。
大会本部からの通知がモニターに表示され、『インパルス 06』のKO負けが宣言された。
「……っ。ごめん、負けた」
悔しさにヘルメットを乱暴に脱ぎ捨てたかったが、それをやると通信が出来なくなる上に、大会規則違反だった。
《勝てる機体を用意できなくて、悪かった。――俺達の、完敗だ》
悔しそうな松田の声。
「――いや、『インパルス』は良い機体だよ。負けたのは……悔しいけど、パイロットの差だ」
《お前は、良いパイロットだよ。低迷しかけた俺達を、世界にもう一度連れて行ってくれたじゃないか》
「まだ、一度だけじゃないか……」
そう、大会上位に食い込めるが、世界に行けたのは元国が移籍してからは一度だけ。――それが、パイロットとして悔しいのだ。
「――来期こそ、勝ち残ってみせる」
《……ああ。もう一度、世界に行こう。それで、優勝だ》
松田の熱い想いが伝わってくる。――元国は、泣きそうになるのを堪えた。
大会スタッフによってコクピットが開けられ、外に出るとピットへと戻るレベリオン 2ndの背中が見えた。
(あの動き――)
元国が世界大会に出た際、生で見たとある試合――そこに出ていた、後に『絶対王者』と称されることになる機体とパイロットを元国は思い出していた。
「――あの機体だけじゃないんだな、あんな動きが出来るのは。それとも……」
考えたところで仕方がない。敗者は去るのみ――そして、次の戦いで失ったものを取り戻さなければならない。
「やってやるさ、皆と――」
ピットで悔しがっているチームの元へ、元国は悔しさと決意を胸に戻るのであった。
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「ちょっと足りないけど、まあまあのデータは取れたよ」
優也がピットに戻るとジーンが笑顔でそう話しかけてきた。
「一気に決めそうになった時はおいおい……って思ったけど、ちゃんとデータ取りを忘れていなくて安心したよ」
「相手を馬鹿にしているみたいで、嫌な感じになっちゃったけどね」
「新型のトラブルとでも思ってもらえるさ。君は考えすぎなんだよ」
「そうかねぇ……って、RE-RG02は新型じゃないよ」
「似たようなものだよ。これは、今まであったRE-RG02じゃない、真のRE-RG02なのだから!」
大げさな手の振りでそんなことを言うジーンに「ジーンて、本当に妙な言い回し知ってるよね……」と感心する。日本人でも、日常会話でそんな言い方しないのでは? と思う。
「お疲れ様。マイナートラブルがなくて嬉しいような、不安なような……」
ドリンクを手渡してくれた皆瀬が困り顔でそんなことを言う。
「まあ、出るなら早く出ろって思うよね。本当に無いのかどうかって、結構悩ましい部分だよね」
「うん……自信を持って大丈夫! って言いたいところなんだけど、この子に関しては急に改修しちゃったから、検証もできていないし……」
「大丈夫だよ、僕達がしっかりバックアップするから!」
皆瀬の肩を笑顔で叩くジーン。
「ま、及第点じゃないかしら」
タブレットに何やら入力しつつそう言うシェリル。
「『ファントム』の再現が出来るくらいだもの、この機体の完成度は高いわ」
「ファン……トム?」
シェリルの言葉に皆瀬が「なにそれ?」という顔をする。
「『ルシファー』内で勝手に名前がつけられた、機体動作のことだよ。上手く制御して動作に緩急をつけると、ゆら~……って感じの状態から急に消えたみたいに相手から見えるんだ。幻とか幽霊とか、結構適当に呼ばれていたけどね」
「あぁ……背後を取った時と、最後のアレね?」
「う~ん……背後を取った時のは失敗かな。たぶん、『消え方』が不十分だったと思う」
「え……そうなの? 同じような動きに見えたけど……」
「微妙にね。モニター越しだと、見え方も変わってくるから」
「ふーん……?」
よくわかっていなさそうな皆瀬に苦笑しつつ、優也は片付けを始める。
「――そういえば、シェリル」
「――何?」
どこか不機嫌そうに返事をするシェリル。
「試合前に言っていたこと――あれ、何?」
「――腹立たしいから、今は言わない」
「えぇ……? 何でさ……」
よくわからないが、ご立腹らしい。優也は釈然としないものを感じつつ、ドリンクを口にする。
「――とりあえず、勝ち残った」
目標は、優勝。けれども、今は目の前の試合ひとつひとつに勝たなければ。――優也達は、チャレンジャーなのだから。
「――楽しいね、うん」
優也は、心から笑った。
8/19
11話、書き終わらなかったので日曜辺りに更新します。数少ない読者の方々、ごめんなさい。
8/22
8/23配信予定に変更します。。。