6 彼の案
「クリスティアン、あなたが?どうやって?」
「僕を君の全ての副業の経営者にすればいい。副業の本当の経営者が君であることは、国に知られていないんだろう?仮の経営者を立てているのだったら僕が経営者になればいい」
アンバーとヘンリーの顔が一気に「怪しい」という表情になった。
「あなたを経営者にしたら副業のことを隠せても、我が家は書類上赤字のままよ。結局陛下の愛人になって望まぬ施しを受けざるを得ないじゃないの」
「書類上裕福な僕と結婚したらいいじゃないか。陛下にはお金の苦労はなくなりましたって報告すればいい」
「はあっ?」
今度叫んだのはヘンリーだ。
アンバーは執事のヘンリーがそんな声を出すのを生まれて初めて聞いた。
「オホン。失礼いたしました。あまりに突拍子もない提案だったものですから」
「突拍子もなく聞こえるだろうけど、よく聞いて。いい案だから」
クリスティアンは二人を前にして自分の考えを説明した。
「僕は平民だ。その平民が君の副業の商売を書類上次々買収する。今まで各店舗は違う経営者を立てているんだから君との繋がりは特別な調査でも入れない限りばれない」
「それで?」
「僕はいろんな商売をしている裕福な人物になる。そして困窮しているはずのこの家の婿養子になる。君は全ての副業を正式に自分の物として届けられるし陛下の愛人になるのも防げる。僕は美人で商才のある妻を書類上手に入れられる。全て丸く収まるじゃないか」
「なるほど」
「お嬢様!『なるほど』ではありません!何を感心していらっしゃるのですか。クリスティアン様が副業の収益を全て持ち逃げ、または店舗を売却したらどうするのです!それなら税金と延滞金を納めて今のまま商売を続けるほうがましです」
「ううん。正直に届け出たら罰金を払うだけじゃ済まないかもしれない。降爵と領地替えはありうるわ。何代にも渡って領民たちはよく働いてくれていた。領地替えされたら彼らのところにとことん税を搾り取るえげつない領主が来るかもしれないじゃない」
「それに僕は持ち逃げなんてしないよ。信用できないなら僕を婿養子にしたその日のうちに名義をアンバーにすればいい」
「お嬢様!この方は指も動かさずに伯爵家の地位とお嬢様を手に入れられるのですよ?こんな話、おかしいではありませんか!」
「結婚はしないわよ。婚約でいいじゃない。再婚なんてお断りだわ。でも婚約ならいずれ解消すればいい。私の経歴が悪くなるだけ。再婚しないんだから経歴なんてどうなってもいい。婚約して彼に贈られた財産を受け取って婚約を解消しました、それでいいんじゃないかしら」
「僕の方はそれでいいよ。行き倒れていた僕を助けてくれた君に恩返しができるわけだし」
「そうね。それじゃあなたは婚約者ということにしましょう。届けを出しておくわ」
「お嬢様!」
アンバーは書類に向かい続け、アンバーの副業の書類上の経営者は雇われの平民からクリスティアンへと次々に移された。
更にクリスティアンは平民なので形だけアンバーの母方の親戚の養子となり、親戚同士の婚約となった。養子にしてくれた親戚にはたんまりと礼金を弾み、クリスティアンはクリスティアン・アンカーソン伯爵令息となった。
王家には「この度、婚約が成立し、婚約者が経済的な支援をしてくれるので『陛下付きの侍女』は感謝を添えてご辞退申し上げます」という旨の返事を出した。
古参の使用人たちには「婚約はしましたが都合により当分結婚はしません」と告げた。使用人たちは皆(何かご事情がおありになるのだろう)と互いに頷きあった。
こうしてアンバー・オルブライトとクリスティアン・アンカーソンは婚約した。二人が初めて連れ立って夜会に参加したのはそれからすぐである。
七月十五日
クリスティアンは着飾らせるといっそう見栄えがした。
どこからどう見ても育ちの良い貴族だ。背が高く輝く金髪にすみれ色の瞳。仕草も洗練されていて、アンバーと二人で夜会に参加すると、入り口に登場しただけでクリスティアンは参加者たちの注目を浴びた。
たくさんの視線の中には夫に逃げられて早々に美しく『裕福な』若い男性を手に入れたアンバーへの妬みの視線もあった。妬みの視線の先鋒が伯爵夫人のブレンダ・ガーネットである。
「あらアンバー。久しぶりね。夫に駆け落ちされて寝込んでいるんじゃないかと心配していたのよ?」
「ブレンダ、心配してくれてありがとう。今日は私の婚約者を皆さんにご披露しようと思って参加したのよ。ブレンダ、この人が私の婚約者のクリスティアンよ。クリスティアン、こちらはブレンダ・ガーネット伯爵夫人。お子さんが三人もいらっしゃるようには見えないでしょう?」
「はじめましてガーネット伯爵夫人。クリスティアン・アンカーソンと申します。あなたのようなお美しい方と知り合えたことに感謝いたします」
クリスティアンはそう言ってたいそう優雅にブレンダの手にキスをした。
「ま、まあ!」
ブレンダは(アンバーは平民のお金に目がくらんで婚約したのだろう)と馬鹿にしてやるつもり満々で話しかけたのだが、クリスティアンの美丈夫っぷりに動揺した上に優雅な所作で手にキスをされたものだから慌てていた。
「アンバーのお友達ならまたどこかでお会いすることもあるでしょう。どうぞアンバー共々よろしく」
クリスティアンは顔を少し斜めにして強い色気を漂わせる流し目でブレンダに挨拶をし、すぐに離れた。
「クリスティアン、やりすぎ。あんな人、友達じゃないから。それに色気を振りまき過ぎ」
「ええ?だって君が言ったんじゃないか『面倒な女が近寄って来たら美しいその顔で黙らせろ』って」
「言いました、言いましたけど、あんなに色気を振りまけるとは思わなかったのよ」
ふたりがコソコソと会話している間にも、周囲にはクリスティアン目当ての女達がジワジワと集まって来ていた。
(まるで誘蛾灯ね)と苦笑しつつ、アンバーはクリスティアンの提案した案はなかなか良かったと満足していた。
ブランドンが消してしまった我が家の財産は自分がもう一度築き直せばいい。祖父と父の血が自分にも流れている。きっと大丈夫。
(それにしてもブランドンは一度も不思議に思わなかったのかしら。あんなに赤字を積み上げても使用人がほとんど減らず、領地の税率を上げずに我が家の経済が回っていたことを。まあ、使用人の管理権は彼にはなかったし、そこに気づかないような人だからあんな大赤字を重ねられたのだろうけれど)
やっと大波を回避した夜のワインはことさら美味しかった。