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54 公爵夫人の寄付


 十一月十二日


 フラワーズに一通の手紙が届けられた。


「フラワーズ経営者アンバー・オルブライト伯爵様


 この度、私は修道院に入り、神の教えに従い、神に身を捧げ、信仰の日々を送ることといたしました。

 よって手持ちのドレスをそちらに全て寄付したいと思っております。

 夫との思い出のあるドレスゆえ、処分するのはためらわれ、かといってそのまま知り合いや身内に手渡すのも気が引けておりました。

 なのでそちらで新たなドレスとして生まれ変わらせて二度目の役目を果たさせることができれば嬉しく思います。


 ローズ・アンダーソン」


 

「ローズ・アンダーソン様って、去年未亡人になられたアンダーソン公爵夫人よね?」

「で、ございますね」


 ヘンリーが手渡された手紙を読んで返事をする。


「ありがたいことだわ。寄付ですって。でも全くお礼をしないわけにはいかないわよね?」

「ローズ様が入られる修道院に寄付をなさればよろしいのでは?」

「そうね。そうしましょう」



 アンバーはオーウェンを抱いて話をしていた。オーウェンは良く飲み良く眠る子で、ひと月足らずの間にどんどん大きくなっていく。赤ん坊とはこんなに成長が早いのかと、初めての子育ては驚くことばかりだ。


 カーラは一度家に帰ったが、またこちらに来るという。


「離婚されたらされたでいいのです。私の残り時間がそんなに長く残っているわけでなし。好きなことをして生きたいの」


 なにやらサッパリした顔で帰って行った。


 クリスティアンはとにかくオーウェンが可愛くてしかたないらしく、寝顔を飽きもせず眺めたり、オーウェンが目を覚ましたと言えば抱いてウロウロと歩いたりしている。


 オーウェンは屋敷の皆に愛されて、長泣きしない手のかからない赤ん坊だった。


 柔らかい頬、作り物のように小さな手足。何度見ても見飽きない。すんなりと高くなりそうな鼻は夫に似ている。ホヤホヤと生えている髪にわずかにウェーブがあるところは自分に似ている。二人の特徴を併せ持つ我が子が奇跡のように思える。


「こうして無事に生まれてきて生きているだけで私をこれほど幸せにしてくれるのね」


 クリスティアンの父や自分の両親は、そう思ってくれたのだろうか。自分はこの幸せを長い間望んでも得られなかったけれど、簡単に手に入れられた人は我が子に更なる願いを押し付けてしまうのだろうか。


「あなたはあなたのために生きなさい」


 そっとそう話しかける。

 貴族だからしがらみも多いだろうけれど、この子には、この子にだけは自分やクリスティアンの味わった苦労をさせたくない、と思う。親の願いに押しつぶされるような子供時代にはさせるものか、と今から心に誓う。





 ローズ・アンダーソン公爵夫人に「ありがたく受け取らせていただきます」と返事を送ると、すぐに「数が多いので馬車で届けます」と返事が来た。




 十一月十九日



 馬車は六台来た。積んでいるのはドレス。アンバーは玄関ホールの外に出迎えに立ち「まさか六台とは。さすがは公爵家」と口の中だけでつぶやいた。





「あなたが始めたドレスのリメイクは素晴らしい仕事だと思っているの。ほとんど傷んでいないドレスを皆さん処分なさるでしょう?贅沢をして財力を見せつけるのも貴族の役目とは言え、いくらなんでもね……」


「私もそう思います。ドレス一着を仕上げるのにどれだけの労力が必要か。絹糸を取るために蚕を育て、糸を紡いで布にするところから考えたら途方もない人手がかけられておりますもの。今回のご寄付、尊いことと思っております」


「そう言ってもらえると嬉しいわ。話は変わりますけど、あなたの旦那様は素晴らしい絵をお描きになるのでしょう?修道院に入ったら、そうそう絵画鑑賞はできなくなるの。もしこのお屋敷にあなたの旦那様の絵が置いてあるのなら、今、是非拝見したいわ」


 さて困った、とアンバーは忙しく頭の中で家にあるクリスティアンの絵を思い出す。今すぐ公爵夫人にお披露目できる絵は寝室の小ぶりな絵と乳を与えている絵、あとは息子オーウェンの絵だ。


「今すぐお見せできるのは結婚前の私と、息子にお乳を与えている絵と、息子の絵ですが、どれがよろしいでしょう」


「全部見せていただける?」


「はい、それはもちろん」




 そこでヘンリーに声をかけて家にあるクリスティアンの絵を全て運んでもらった。



「これは……なんて神々しい」



 公爵夫人が声を震わせて絶賛しているのはアンバーが微笑みながらオーウェンに乳を含ませている絵だ。


「聖母子像だわ」


(そんなですか?褒めすぎではないですか?いえ、絵は素晴らしいですけども!私がモデルですよ?)


 御年五十歳の公爵夫人は客間に並べられた五枚の絵のうち、乳を含ませている絵の前で祈らんばかりに感動している。



「私がもうすぐ入る修道院は聖アグナリウス修道院なのです」


 聖アグナリウス修道院は王国の中でも一番古く格式が高く、入っているシスターたちは貴族の令嬢がほとんどだ。公爵夫人が入ると聞いて、納得の場所である。


「オルブライト伯爵、お願いがあります。これと同じものを、修道院に入る私の心の拠り所としてあなたの旦那様に描いてはもらえないかしら」


「は、はい。それはもうありがたくお受けいたします。全くこれと同じでよろしいのでしょうか?」


「背景を少し変えて修道院の壁に飾るのにふさわしい絵にしてもらえれば尚嬉しいわ。ああ、大きさはこれと同じかもう少し大きくてもよろしくてよ」


「必ず夫にそう伝えます」


「ありがとう。ドレスをあなたに託して本当によかった。こんな素晴らしい絵と出会うことができたのですもの」



 ローズ・アンダーソン公爵夫人は満足げに微笑んでオルブライト家を後にした。


 




 この日の二人のこの会話が王国で後々語り継がれる名画「聖母子像」誕生のきっかけとなるのは、もう少し先の話である。


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