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51 クリスティアンの母

 輝王歴六百四十七年二月二日



 アンバーとクリスティアンが結婚して三ヶ月。二人は今、クリスティアンの母カーラと三人でマシューの実家の応接室にいた。


「母上、ご無沙汰しておりました」

「カーティス……」


 カーラは言葉が続かない。十六歳になる直前に家を出て行った息子は今、二十九歳になって目の前にいた。十三年ぶりの再会である。


 あの頃の優しげな雰囲気は残っているものの、すっかり大人になって美しい妻を連れて会いに来てくれたのだ。息子の顔を見た瞬間に涙がこぼれ、なかなか滑らかに言葉が出てこない。


「会ってくれてありがとう。こんな私をどうか許してちょうだい」

「全ては過ぎ去ったことです。それに、母上が父上に逆らえなかったことはわかっていますから」


 カーラは(そうじゃない)と思った。あの時、たとえ自分がどんな目に遭わされようとも夫を止めるべきだった。


 身体のあちこちの骨が折れるまで我が子を模擬剣で殴りつけ蹴り飛ばす夫を止めなかったのは夫が怖かったからで、つまりは自分可愛さだった。


「いいえ。全ては私のせいよ」

「それは違います、お義母様」


 アンバーがたまらず口を挟んだ。


「私は自分の母に抑圧されながら育ちました。人間は抑圧され続けていると反論する気力さえも奪われるものです。私がそうでした。ですからお義母様が何も言えなかったのはお義母様の責任ではないと思います」


「アンバーさん……」


「父上にはなんと言って出てきたの?大丈夫なの?」

「エセルバートには伯母のお見舞いと言ってきたわ。最近はほとんど会話もないの。あなたの廃嫡の件以降、彼を信用できなくて」


 マシューの母親はカーラと親交があり、こっそりとあの日のことを知らせていた。エセルバート前辺境伯が兵士を送って法律家デニスを襲わせようとしたことと、息子を取り戻すために廃嫡報告書を取り返そうとしたことを。


「私のあの家での役目はもう無いわ。残りの人生を信用できない夫と暮らすのはもうやめようと思っているの」


「母上、それなら王都で暮らしませんか。今の僕なら母上の住まいを用意して生活の面倒を見ることもできます。怯えながら生きる必要なんてもうないんです」


「……」


 カーラはその魅力的な提案を受け入れるのはあまりに申し訳なく、自分にはその資格は無いと思った。自分は息子を守れなかったのだから、と。


「あの、もしご迷惑でなければ我が家で一緒に暮らしませんか。私も色々ありまして、母親というものをよく知らないのです。ですからお義母様と一緒に暮らせたらと思っております」


 そこでまたカーラは泣いた。どんなに罵られても恨み言を言われても息子に会えればそれでいいと思ってここに来たのだ。それなのに息子も息子の妻も思ってもいなかったような優しい言葉をかけてくれる。ありがたくて申し訳なくて、ただただ涙が溢れる。


「カルヴィンの意見もあるでしょうから、今ここで決めなくてもいいのです。ただ、母上が一緒に住んでみたいと思ってくれたら、僕たちはいつでも手を差し伸べたい、それだけご理解くだされば」


「ありがとうカーティス。いえ、今はもうクリスティアンだったわね」


「付けていただいた名前を変えてしまったことは申し訳なく思っています」


「いいの。いいのよ。私たちはあなたからたくさんのものを奪ってしまったのだから。あなたに幸せな子供時代を与えてあげられなかったこと、本当に済まなかったと思っているのよ」



 クリスティアンと義母が互いを思いやってやり取りする会話を聞きながら、アンバーは自分の両親のことを思い出していた。


 早々と神の庭に旅立った両親がもし生きていたら、こんなふうに互いを思いやって関係を修復することができただろうか、と。


(たぶん無理ね)


 父は一人娘の自分にほとんど興味が無かったし、母は歪んだ形でしか自分に関わらなかった。両親が生きていたらいっそう親子の溝が深くなっていただけの結果しか想像できない。


(でもクリスティアンとお義母様は違う。やり直せるものならやり直して、クリスティアンに母親の愛を手に入れてほしい)


「お義母様、私は我が家に一緒に住んでいただけたらと思っております。社交辞令じゃありません。彼のために、どうか前向きにお考えくださいませ」


 アンバーの言葉にカーラが弱々しくうなずいた。


「母上、僕の妻になった人は素敵な人だよ。きっと母上も彼女と仲良くなれる」





「そろそろ帰らないと」と言ってカーラはマシューの実家を後にした。馬車の窓からずっと手を振り続ける母に手を振り返しながら、クリスティアンはもう片方の腕でアンバーを抱き寄せた。


「あの人が僕を産んでくれたおかげで君と出会えた。それだけであの人には感謝してもしきれないよ」


「ありがとう。そうね。私もその点は母に感謝しないとならないわね。あなたに出会わなかったら私、一生帳簿と睨めっこして暮らしていたような気がするわよ」




 アンバーたちが王都の屋敷に戻ってすぐ、クリスティアンの母から手紙が来た。


「王都にしばらく滞在してこの先のことを考えたい」という内容だった。オルブライト家ではなく、宿に泊まってゆっくり考えたいということだった。


「クリスティアン、あなたは仕事が立て込んでいるでしょう?お義母様のお相手が必要な時は私に任せて」


「いいの?助かる。頼むよ」

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