5 国王陛下からの手紙
六月二十五日
『アンバー・オルブライト女伯爵殿
過日、所轄官庁から伯爵の離婚申し立ての書類が送られてきた。それを読み、初めてブランドンの不始末を知った。ブランドンの不始末は我が王家の血筋の不始末である。
ブランドンがオルブライト家に与えた経済的損失についても併せて報告があった。重ね重ねの不始末、胸が痛む。
そこで王家はブランドンの生家、オルコック侯爵家と協議の上、アンバー・オルブライト女伯爵を国王付きの侍女として招聘したいと考えている。その対価としてオルブライト女伯爵に年間金貨五百枚ずつを支給しよう。
せめてもの謝意としてこの招聘を受けてくれることを願う。
十二代国王 ナサニエル・アークライト・パーシヴァル』
「はあああっ?」
アンバーは思わず大声で叫んだ。
ブランドンの実家オルコック侯爵家が王家の親戚であることはもちろん知っている。アンバーの父は財を成し、次に高貴な血筋を求めたのだ。
オルコック侯爵家の先代の侯爵夫人は先代国王の末の妹だ。つまり現在の陛下と侯爵は従兄弟同士になる。
そして尊い血筋の侯爵家からブランドンがオルブライト伯爵家に婿養子に入り、本人も実家も経済的な恩恵を受けていたのだ。
今回の件は、契約通り財産管理を任せたのにも関わらず侍女と手に手を取って出ていったブランドンに非がある。この場合、オルコック家が慰謝料を払うのが慣例だ。だが無い袖は振れないだろうとアンバーは慰謝料の請求をしなかった。あちらの家への思いやりである。
「あちらへの思いやりに対するお礼が陛下付きの侍女って!」
陛下付きの侍女というのは侍女仕事にとどまらない。世間の者は貴族も平民もみな知っている。それは侍女という名の愛人である。たとえ実際は夜伽の役目がなかったとしても、世間はそうは見ない。
「おそらくオルコック家は金銭はなくても山より高いプライドがあるのでしょう。お嬢様を陛下付きの侍女にしてその給金を王家に出してもらえば慰謝料で借りを作らずに済むと思ったのでは?」
「冗談じゃないわ」
執事のヘンリーは、アンバーが怒りのあまり握り潰して床に叩きつけた手紙を拾って丁寧に手紙のシワを伸ばして中を読み、口元をわずかに歪めた。
「私はやっと夫の尻拭いから解放されたのに。今度はあの人のせいで陛下の愛人をやらなきゃならないっていうの?しかも名誉も自由もプライドも失う対価が金貨五百枚って。我が家は副業も合わせたらそんな額よりよっぽど稼いでるわよ」
「お忘れですか、お嬢様。オルブライト家は副業からの収益を貴族税務院に報告しておりません。当家はブランドン様が与えた損益による赤字のみを報告しております」
「あっ!」
怒りの表情から一転してアンバーは絶望と恐怖をつき混ぜたような顔になった。
「六年前からですので『うっかり副業の名義変更を忘れた』は通用いたしません」
「そうだったそうだったそうだったわ!ヘンリー、どうしよう。これから少しずつ経営者の名義を自分に変えようと思ってたのに!目立たないように変えていこうと思っていたのに!」
「正直に報告して追加の税金を払うしかないかと」
アンバーは頭を抱えて床にしゃがみこんだ。
「だめよ。『ブランドンに財産管理を全て任せる約束だったはず、契約違反だ』と侯爵家からどんな無理難題を言われるかわからない。それに名を隠して商売していたのも悪質と取られる」
わかってます、というようにヘンリーが頷く。
「それでもお嬢様が陛下付きの侍女になるよりはましです」
「だめ。絶対にだめ。あなたや侍女たちが賃金を減らされた挙げ句に寝る時間を削って働いてくれたからこそ我が家は破産せずにやってこられたのに。それに正直に報告して山のような税を払っても、降爵と領地替えをされない保証なんてないわ。そこは陛下の胸ひとつで決まるもの。陛下はブランドンの親戚なのよ?そもそも私たちは仕方なく働いたのに!」
「お嬢様が近年上げている収益は、もはや『仕方なく』の範疇を超えております」
「だって、税金を払うためにブランドンに収入を知らせていたら間違いなく賃金も払えないままあなたたち全員を解雇する羽目になったわ」
だが、悔しいけれどこれは夫の行動の先を読めなかった自分の責任でもある。
「じゃあいったいどうすれば良かったの。いえ、そうじゃないわ。泣き言を言ってる場合じゃない」
乱れた髪のまま起き上がり、アンバーが必死に対策を考えようとするが、あまりに急で案が浮かばない。ブランドンがとことん赤字を積み上げた挙句に家を出ていくなんて想定してなかったのだ。
目先の火消しに追われて火元を見てなかった。自分の手落ちだ。
副業は店舗ごとに仮の経営者を立て、賃金を支払っていて、平民が経営していることになっている。
それぞれの店の利益ごとにちゃんと税を納めてはいるが、平民の本業より貴族の副業の方が税率が高い。更に、たくさんの業種による利益をひとつにまとめてしまうと収益額に応じて税率も高く変わる。それを隠していたのだから意図的な税逃れと言われるのは間違いない。
「これは私の責任だわ。なんとかする。なんとかしてみせるから」
コンコンッ!
ドアをノックする音でハッと我に返り、ギギギと顔を動かすと、クリスティアンが開いたドアのところでこちらを見ていた。
「クリスティアン。いたの?」
「ごめん。君の声が大きいから聞こえちゃった」
「その、どこから聞いていたのかしら?」
「ヘンリーの『お忘れですかお嬢様』からかな」
つまりほぼ最初からだ。
「ええと、クリスティアン。これには色々訳があってね」
「うん。それもだいたいわかった。どう?僕と組まない?僕を使えば上手く切り抜けられる手があるよ」