49 結婚と夜会
本日二回目の更新です
十一月一日
今日はついに、アンバーとクリスティアンの結婚式だ。
アンバーの結婚が二度目なことと、クリスティアンの側の親族がいないことから式は使用人たちとエレン、マシュー、コニー、書店のハリスのみで行われた。
教会の礼拝堂に並び立つクリスティアンとアンバーはたいそう似合いの二人だった。
普段はあまり感情を見せないヘンリーとマーサが号泣して周りを驚かせたが、アンバーも嬉し泣きをしてはエレンに「お化粧が崩れる!」と叱られている。
クリスティアンはどこの国の王子様だと言いたくなるほどの美丈夫っぷりを見せている。長く伸ばした金髪はひとつに結ばれていて、この日のために用意された黒の正装によく映えた。
アンバーは自分でデザインした白いドレスで、肩を出し体のラインに沿った細身のドレスは裾を長く後ろに引いたスタイルだ。クリスティアンが「女神そのもの」と褒めてくれた。
コニーは終始泣き笑いでハリスに「泣きすぎだよ」と苦笑されている。
ライラは初めて参加した結婚式に大はしゃぎで「アンバー様はお姫様になったの?」と真面目な顔で周囲に尋ねて回っていた。
アンバーの髪と肌はベッキーが全力で磨き上げ、もともと透き通るような色白の肌は全身輝かんばかりに手入れが行き届いている。
エレンは「おめでとう。クリスティアンにはよくよく目を光らせておかないと泥棒猫が寄ってくるわよ」とからかったが、クリスティアンに「アンバー以上に素敵な女性はいないから大丈夫」と真顔で返されて苦笑して引き下がった。
誓いの言葉の後で交わされる口づけに、アンバーの目からハラリと涙がひと粒こぼれ落ちた。クリスティアンは指先でその涙をすくい取って微笑みかける。
その美しさに参加者全員がホウッとため息をついてしまう。エレンが「歌劇の一場面を見るようだった」と繰り返すことになるのはもう少し先のことだ。
夜は全員にピンク色の焼き菓子が配られた。
もちろんコーディーを中心とする料理人たちの力作だ。アンバーには冷たく冷やされた梨のシロップ煮も運ばれた。二人は冷たいデザートを食べて「夢みたい」「僕もだ」と言い合った。
「これからずっと君と一緒に生きていけるんだね」
しみじみとクリスティアンがつぶやいた。
十一月三日
その日の王家主催の夜会は公爵家、侯爵家、伯爵家の中でも格が高い家が招待されているようだった。
アンバーは「私、場違いじゃないかしら」と心配していたが、驚いたことに会場に入るなりあちこちからクリスティアンに声がかかった。皆、絵姿や肖像画を依頼した家か、順番待ちをしている貴族たちだった。
全く臆することなくそれらの高位貴族たちと笑顔で会話しているクリスティアンは相変わらず美しく、年頃の若い女性たちはあちこちで「あの方はどなた?」と囁き合っている。
やがて開始時間を少し過ぎて国王陛下、王妃殿下が登場した。
陛下の簡単な挨拶のあと、国王ご夫妻がダンスを披露して、そのあとは参加者一同がフロアで踊る。クリスティアンとアンバーは二人ともそつなくダンスをこなし、互いに顔を寄せ合って楽しい時間を過ごした。
「君と夫婦として踊れるなんて」と踊っている最中に何度もクリスティアンが独り言を言う。
「ちょっと飲み物を取ってくるよ」とクリスティアンが離れると、それを待っていたように陛下の従者に声をかけられ、アンバーは一段高い場所にある陛下の元へと案内された。
何事かと緊張しているアンバーに国王陛下が笑顔で絵本専門店「小さな門」のことを話題にした。
「ジェームズからオルブライト伯爵が経営している絵本専門店のことを聞いてね。城の者に買いに行かせたよ。絵本を広い層の国民に手に取ってほしいという趣旨に王妃がいたく感動したようだ」
「画伯の絵本、素晴らしかったわ。王子がまだ八歳だから、とても気に入って何度も読んでいるのよ。新作が出たら絶対に手に入れたいわ」
王妃殿下はそう言って「今後も絵本を買いに行かせるからよろしくね」と微笑んでくれる。
「ありがとうございます。新作はこちらからお届けいたします。光栄でございます」
恐縮するアンバーに国王陛下は
「王室御用達の札を後日届けさせよう。店の入り口にでもかけておいてくれ。伯爵の夫が描いた絵のおかげでスカーレットと隣国の王子がとても親しくなれたようでね。勝利の女神に早く会いたいと頻繁に手紙のやりとりをするようになった。これは君たち夫婦へのちょっとしたお礼だよ」
と言ってアンバーの瞳を潤ませた。
最上級の礼をしてホールに戻るアンバーの背中を見ながらマーゴット王妃は
「まさにあなたの好みのタイプよね?」
と綺麗な笑顔を崩さないまま国王に話しかけた。
「そうかな?」
「まあ!とぼけて。あなた付きの侍女の話を断られて残念だったわね?」
「何を言うんだマーゴット。侍女にしたとしてもそれだけだったよ。それ以上のことなんて何もなかったさ。私には君がいるじゃないか」
「そうね、そう言うことにしておきましょう」
国王夫妻のやりとりを、背後で聞いているジェームズは苦笑いである。
「アンバー、陛下になんて言われたの?大丈夫だった?」
「私の絵本専門店に王室御用達の札を掲げるお許しが出たわ。あなたの絵のお礼だって」
「わぁ……それは、すごいな」
「あなたのおかげよ。ありがとうクリスティアン」
「君が頑張ってあの本屋を開いた結果だよ」
二人は仲睦まじく「あちらのジュースがとても美味しいらしいよ」「あっちのお菓子が美味しかったわ」などとくつろいで会話していた。楽しくて幸せで、気をつけないとはしゃぎ過ぎてしまう。
そんな気持ちだったから、突然背後から声がかけられた時、アンバーはうっかり笑顔のまま振り向いてしまった。
「ずいぶん楽しそうだなアンバー。君がそんなふうに人前ではしゃぐなんて驚きだよ」
笑顔で振り向き、そのまま笑顔が凍りついた。
「ブランドン……」
かつての夫がそこにいた。






