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4 元使用人ベッキー

 六月十五日


 クリスティアンが滞在するようになって一週間が過ぎた。


 クリスティアンはその美貌にも関わらず腰が低い。人当たりが柔らかいから使用人の女性はもちろん男性の使用人たちとも親しくなっていた。


 アンバーは彼と食事を一緒にすることもあるが、クリスティアンより仕事のほうがよほど関心がある。なので一応のもてなしはするが彼への態度は一線を引いていた。今は新しく美容専門の店を開く計画に夢中だ。



 裕福な平民用のドレスの店を経営してわかったのだが、大きな商家の妻や娘はお金を使いたがっている。夫や父親も自分の妻子を美しくするためにお金を使いたがる。成功した男の楽しみなのだろう。


 裕福だが過剰な贅沢を好まない質実な家で育てられ、商才のない夫に連れ添った自分はそんなことをされた経験がないので最初は驚いたものだ。



 ドレスに比べたら美肌、美顔、美髪の技術を施すのは利幅が大きい。腕の良い技術者を雇うことができれば、そして顧客を確保すればドレスのように流行に囚われることもなく利益を上げ続けられるだろう。


「問題は技術者よねぇ」


 手っ取り早いのは腕のある技術者を雇用することだ。オルブライト家にもかつてはマッサージ担当者がいたのだが、彼女が結婚して退職を希望した時は夫が財産を水で流すように減らしていたのもあり退職に応じた。


 しかし今思えば彼女は我が家の財政に遠慮してやめたのかもしれない。


「ベッキーは今どうしているかしら。何か知ってる?」


 ヘンリーを呼んで退職した技術者ベッキーについて尋ねた。


「ベッキーはこちらを退職した後に結婚しました。が、その後色々あって離婚し、今は女手ひとつで働きながら子供を養っているようでございます」


「まあ、なんてこと。ヘンリー、あなた彼女と今も連絡を取っているの?」


 ヘンリーは少し気まずそうな顔だ。


「はい。勝手をいたしまして申し訳ございません。その、ポケットマネーで時々食べ物などを差し入れておりました」


「ヘンリー……」


 ヘンリーはアンバーの父親が領主だった時からの使用人だ。フットマンから昇進して執事になったのはアンバーが領主になった時だ。アンバーが生まれた時には既にこの家で働いている。今は五十歳。白髪もだいぶ目立つようになったが、身のこなしは軽く、思慮深い人柄だ。


「私が不甲斐ないばかりにあなたにもベッキーにもしなくていい苦労をかけたわね」

「アンバー様、それはおっしゃらないでください」


 いいえ、と言うようにアンバーはゆっくりと頭を振った。自分はどこかで夫から財産管理の権利を取り上げるべきだったのだ。


 ただ、あの頃は十四歳も年上の夫に立ち向かうことなどできないと思っていた。婚姻時の条件もあったし、彼は夫であると同時に保護者だと勘違いしていた。


「ベッキーを呼び戻すことはできるかしら。彼女をまた我が家で雇いたいのだけれど」

「それはもちろん可能です。ベッキーも喜びましょう。ずいぶん苦労したようですので」





 六月十八日


「お嬢様、お久しぶりでございます」

「ベッキー。あの時は申し訳なかったわ。不甲斐なかった私を許してね」

「とんでもございません!お嬢様がどれほど苦しんでいらっしゃったか、私は存じております!」


 アンバーの知っているベッキーは溌剌とした女性だったが、今目の前にいるのは生活苦が染み込んだ疲れた顔の女性だった。年齢はアンバーより五歳年上の三十二歳だったはずだが、荒れた肌と髪のせいで四十以上に見える。アンバーはたまらずその手を握り頭を下げた。



「お嬢様、おやめください。お嬢様が悪いわけではないのです」

「また私の家で働くのは嫌かしら。あなたの技術が必要なの」

「お嬢様。ありがとうございます。子供と二人で生きていくのがやっとでございました。こちらで雇っていただければ、娘にひもじい思いをさせずにすみます。どうか、よろしくお願いします」


 二人でしばらく泣いたり笑ったりしたあと、アンバーがベッキーに屋敷に移り住むことを提案した。


「ここに住めば家賃なんて払う必要がなくなるわ。そうしてくれる?」

「ありがとうございます。ありがとうございます。この御恩は一生忘れません」




 ベッキーと娘のライラは翌日には引っ越して来ることになった。引っ越しはオルブライト家の使用人がほぼ全員で手伝った。少ない家財はあっという間に処分されたり運ばれたりして、ベッキーの引っ越しは短時間で終わった。


 夜、使用人たちと一緒に食事をしていたベッキーの娘ライラは、テーブルに並んだ夕食を見て目を輝かせた。


「すごいご馳走!今日は誰かのお誕生日なの?」


 その日の夕食はライラのためにデザートこそ追加されていたが、いつもの食事だった。なので使用人たちはたちまち目と鼻の頭を赤くした。ベッキーは赤くなって恐縮している。


「いつでもこんな風なんだよ。腹一杯食べな。お代わりはどうだい?」


 コーディーは涙を誤魔化すようにライラにお代わりを勧めた。


「食べます!全部美味しいです!」




 ライラは茶色の髪と茶色の瞳が母にそっくりだ。五歳にしては小柄で痩せていて、今までの苦しい生活を想像させる体つきだった。ベッキーもこの屋敷にいた頃よりずいぶんと痩せていた。


 ベッキーとライラは親子で使う部屋と清潔な衣類を与えられ、新しくこの家の一員になった。万事が上手く回っていた。



 そんなオルブライト家に王宮からとんでもない手紙が送られてきた。

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書籍『女伯爵アンバーには商才がある!やっと自由になれたので再婚なんてお断り』
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