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37 廃嫡と改名

 三月一日


 辺境伯家の長男カーティス、現在のクリスティアンに対する廃嫡報告書は直ちに王都の貴族籍管理局に届けられた。


 受付の男性は目を血走らせたデニスの様子に驚いたが、書類の項目を点検して不足がないことを確認すると受付印を押して受理書をデニスに手渡した。


 デニスは同時にクリスティアンが廃嫡前に平民としてアンバーの親戚の養子となった事情を説明する書類を提出して審議に委ねた。






 三月十日


「通りました!廃嫡前に平民として養子縁組したことに対する罰金は付きますけど、クリスティアン様は無事に、法的に、正式に、アンカーソン家の養子と認められました!ついでに改名も認められました!」


 デニスの声が明るい。

 命懸けの仕事は初めてだったが、やり遂げた満足感で高揚しているのだ。

 報告を聞いたアンバーとクリスティアンは抱き合って喜んだ。



「おめでとうございます。クリスティアン」

「ありがとうアンバー。ありがとうデニス。本当に助かった。マシューやエレンにもお礼を言わなくてはね」


 その夜、アンバーとクリスティアンは(良かった、誰も死ななかった)と密かにお祝いをした。ヘンリーは襲撃のことを聞いて腰を抜かしそうに驚いていた。


「なんとまあ、恐ろしい。親であることよりお家が大事ということなんだろうとは思いますが……」



 デニスには「命をかけて職務を全うしてくれたお礼に」とアンバーから規定料金の数倍の支払いがなされた。デニスは遠慮したが「受け取ってくれないと私の気が済まないから」と言われてありがたく受け取った。


 マシューにもアンバーから危険手当がたっぷりと手渡された。そしてクリスティアンからは剣を持って戦っている姿の素描を贈られた。


「お前、仕事が忙しいんだろう?あちこちから声がかけられているそうじゃないか。俺の絵は今じゃなくてもよかったのに」


「いや、記憶が新しいうちに描いておきたかったんだ。十五歳で剣を手放した僕とは違って、マシューの剣さばきは素晴らしかったよ」


 マシューの絵は使用人たちにも披露され、皆がその勇ましく力強い姿に見惚れた。


 絵の中のマシューは低い姿勢から斜め上へと剣を薙ぎ払っている。眼光鋭く相手を睨み、全身から殺気が放たれている様子が緻密に描かれている。


「マシュー様、素敵ねえ」

「鬼神のようとは、このことだわ」

「逞しくて見惚れてしまいます」


 若い女性の使用人たちは皆うっとりした顔で絵を眺めている。


「クリスティアン、みんな俺じゃなくて絵の中の俺に見惚れてるぞ。どうしてくれる」


 マシューのぼやきに思わずアンバーやコニーが吹き出した。

 

 その夜はなんの憂いもなく皆で笑って過ごした。

(良かった。クリスティアンに違法なことをさせずに済んだ)


 ワインを飲みながらアンバーはしみじみそう思った。




 三月十二日



 他の仕事の合間に奔走していた努力が実って、アンバーの小さな絵本専門店は近日のオープンが決まった。内装の手入れも昨日で終わり、あとは本棚に絵本を並べるばかりである。


 だが本を並べているアンバーのそばで、エレンとコニーが店の中を見回して不安そうな顔だ。


「足りないわね。かーなーり、絵本が足りない」

「そうだけどエレン、徐々に集めるから。とりあえずはクリスティアンの絵本を並べられれば……」

「甘い!最初に少ない品揃えでお店を開いたらお客にがっかりされるわよ」


 高価な絵本は金銭を惜しまなければ集まる。

 問題は安価な絵本の方だった。子供向けの安価な絵本がそもそも出回っていない。


 山脈と古城の絵を買った画商に相談して絵本を描いてくれる若手の画家を探してもらっているが、絵本はストーリーあってこそ、である。エレンが自分の他に原作者になってくれそうな作家を現在進行形で探している。


「本棚の一番上の段は全部空いちゃうわね」


 アンバーはそれでも仕方ない、販売開始間近のクリスティアンの絵本を大量に買い付けて並べられればいいと思っていた。するとコニーがおずおずと一つの提案をした。


「あのぅ……以前クリスティアン様が新年の贈り物で描いてくださったお屋敷の皆さんの絵を一番上の段に飾ったらいかがでしょう。空っぽのままにしておくよりも、絵本専門店らしい楽しい雰囲気になると思うんです」


「いいかもしれないわね。皆、働いている場面だったし、堅苦しくなくていいかも」


 そこで急遽屋敷の使用人たちに頼んでしばらく彼らの水彩画を貸してもらうことになった。楽しい雰囲気になるようなシンプルな額を買い集め、それらに入れて本棚の一番上の段に飾ることにした。





 三月十五日



「いい!楽しい雰囲気になったわ」


 アンバーとコニーが満足してそれらの絵を眺めていると、チリリンとドアベルの音がして、一人の男性が入ってきた。アンバーはその男性に見覚えがあった。


「こんにちは。忙しそうですね」

「あなたは画家の……セオドア・ギビンズさん?」

「はい。先日から書店が開くのだと思って楽しみにしていたんです。そうしたら伯爵様のお姿が見えたものですから。おや?絵も売るのですか?」


 セオドアが興味深げに本棚を見上げる。


「これはまた面白い構図だ。誰の作品です?あっ、確か婚約者様が画家でらっしゃいましたね?」

「絵は飾っているだけで非売品なんです。絵本が足りないので、こうして空いた場所に絵を飾って塞いでいるんです。おっしゃる通り、この絵は全部クリスティアンの作品ですわ」


 セオドアが絵からアンバーに視線を移した。


「なるほどなるほど。ふうむ。伯爵、もしよろしければまだ空いている場所に私の絵も置かせてはいただけませんか。私のは販売可という扱いで」


「それは助かります。絵のお値段はギビンズさんが決めてくださいね。それとは別にギビンズさん、絵本の絵を描く気はありませんか?」

「絵本?」

「ええ。廉価版の絵本が足りないのです。絵本に触れたことのない子供たちのための低価格の絵本を新たに作って売りたいのですが、描き手が足りなくて」

「いいですよ」


 セオドア・ギビンズはあっさり了承した。

 


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