33 汚い手を使うのもやぶさかではない
二月二日
今、アンバーの執務室にはアンバーを含めて四人が集まっている。
アンバー、クリスティアン、マシュー、ヘンリーだ。一番グッタリしているのはヘンリーだ。仕事柄、心の内を表に出さないのが常のヘンリーも、さすがに今回は心労が顔に出ている。
「どうしてこうもお嬢様には次から次へと問題が起きるのでしょうか。まさかクリスティアン様が辺境伯家のご長男とは。しかも未だ廃嫡されてないとは。廃嫡されているかいないかを調べることはなさらなかったのですか?」
「すまない、ヘンリー。だが貴族の戸籍を調べようとすれば身分証明書が必要だろう?僕は身分を証明するような物は敢えて何も持っていなかったんだ。五年間生死不明なら死亡とみなして葬儀を出すのが規則だから、まさか十二年間も療養中になっているとは思いもしなかった」
「だから俺が言う通りに辺境伯の権力でアンカーソン家との養子縁組に関しては取り消してもらえばいいだろうが。なんとでもなるさ、消息不明をご両親が隠していたことも、法的に問題があった養子縁組のことも」
それを聞いてクリスティアンは苦しげな顔になるが、何も言わない。
「マシュー。クリスティアンはご両親の権力に縋りたくないんだと思うけど。でもこのままにしておくわけにはいかないわね。養子縁組に関しての不正が公になる前に手を打たなくちゃ」
部屋に重い空気が立ち込める。が、しばらくしてそれまでグッタリしていたヘンリーがポン!と手を叩いて明るい顔になった。
「お嬢様、良いことを思いつきました。お二人で辺境伯領においでください。そして正直に事情を説明してクリスティアン様を廃嫡していただくのはいかがでしょう」
他の三人が沈黙して頭の中でヘンリーの提案を吟味する。
「俺は賛成だ。十二年も音信不通だったんだ。顔を見せて生きてることがわかれば辺境伯様も安心なさるだろうしな」
「なるほど。マシューの言う通りかもしれないわね。クリスティアンのご家族に彼の元気な姿を見せて差し上げられるし、私もご挨拶ができるし」
四人のうち三人が「あーやれやれ、これで解決」と満足していたが、クリスティアンだけは浮かない顔だ。
「クリスティアン、あちらに行きたくないの?」
「そうじゃないよアンバー」
「ならいいけど」
そこでいったん解散となり、部屋にはアンバーとクリスティアンが残った。
「で、本当は?私には本当の気持ちを言って欲しいのだけど」
「僕のことは死んだことにしようと思う」
「え?マシューの話ではご両親はあなたのことで後悔なさっているんでしょう?」
クリスティアンは暗い顔で笑った。
「マシューの話は彼の父親からの又聞きだ。どう考えても父はマシューが言ってたような優しいことを考えそうにない。僕を十二年間も療養中としていた父ならば、僕が生きてるとわかれば黙っていないだろう。僕を取り戻そうとして君を巻き込むことになるような気がするんだ。君の良心に訴えて別れさせようとするかもしれない。とにかく君を巻き込みたくはない。そのためなら僕は汚い手を使うこともやぶさかではないよ」
思いがけない言葉にアンバーは驚いた。
「汚い手って?」
「家を出てから十二年間の間には、いろんな仕事をする人たちとも関わりがあった。彼らに頼めば書類上僕が死んだことにしてくれるよ」
アンバーはじっくりその方法を考えてみた。
「ううん、それはどうかしら。あなたがこの先画家として有名になれば、その人たちはあなたを脅してお金を脅し取ろうとするわよ。私が悪い人ならそうする。裏社会の人に自分の秘密や弱みを握らせるのは正しい方法とは言えないわ。私にも少し考えさせて」
ここはやはり法律に詳しい人に頼るべきだろうとアンバーは思った。素人が下手なことをして墓穴を掘るようなことにはしたくない。オルブライト家には契約している法律家がいるが、クリスティアンの生まれ育ちを知らせたくない。だからオルブライト家の法律家に頼るのは最後の手段にして、他を頼りたい。
「エレンに聞いてみようかしら……」
二月四日
「どうしたの。二人揃って私に会いたいだなんて」
エレンはアンバーから「どうしてもすぐに会いたい」と連絡をもらって時間を作った。
アンバーがこんな頼み方をするのは初めてだ。なので昨夜遅くまでかかって仕事を仕上げてから二人を迎えたのだ。
「実は僕の身元のことで困ったことが起きたんだ。君も感づいているだろうけれど、僕は貴族の出身なんだ」
「ええ、そうでしょうとも」
エレンは少しも驚かず、ゆったりとお茶を飲んでいる。
そこでクリスティアンは自分の十二年前の出来事を正直に話して聞かせた。話し終えたクリスティアンの顔をあんぐりと口を開けたエレンが見つめた。
「なんですって!辺境伯?長男?十二年間の療養扱い?そんなことある?」
「あったんだよ。僕は父がなぜそこまでして僕を生きていることにしたか想像がつく。もちろん家のためだ。そして僕が恐れているのは父が家を守るためにアンバーを何かしらで巻き込もうとすることだ。それだけは避けたい」






