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32 その後の辺境伯家

 一月三十一日


 翌朝早くに目が覚めると、隣で眠っていたはずのクリスティアンの姿がない。既にシーツに体温も残っていないから随分前にベッドを出たらしい。


 さて、マーサたちに何と言ったものかとアンバーは考える。だが良い言い訳を思いつく前に寝室のドアがノックされてマーサが入ってきた。


 アンバーは慌ててシーツで身体を隠して

「えーと、マーサ、色々と事情があるのよ」

とお粗末な言い訳をした。


「ええ、ええ、事情のひとつもなければ私どもも困りますよ。『婚約者』のクリスティアン様はマシュー様とお話があるとかでお出かけになりました。湯浴みの用意をしてありますのでお湯が冷める前にどうぞ」


「ありがとう」


 こんなに気まずいのは十六歳で結婚した日以来だ。シーツを引きずりながら浴室に向かうアンバーの背中にマーサが声をかけた。


「お嬢様、今度は言いたいことをちゃんと言える奥様になってくださいね」


 ゆっくり振り返ると、マーサは続けて

「そして今度こそちゃんと幸せになってくださいね」

と言って慈母のごとき笑顔を向けていた。




 熱いお湯の中でゆっくりと手足を伸ばして目を閉じる。再婚なんてしないとクリスティアンの前で言い切ったのは確か国王陛下からの手紙が来た時だ。あれからおよそ七ヶ月か。


 こんなことになるとは予想もしなかったけれど、クリスティアンと自分は上手く暮らしていけるような気がする。


「今度こそうまくやれるわ。たぶん」




 アンバーは無理矢理頭を切り替えて、もうすぐ内装が終わる本屋に並べる絵本の手配のことを考えた。高価な絵本はお金さえ払えばいくらでも手に入るが、安価な絵本は市中に出回っていない。


「無いなら作るしかないわよねぇ」


 原作者と画家の確保、紙の選定と印刷所の確保もしなければ、と頭が回り始める。









「マシュー。朝早くからすまない」

「ああ、いいさ。入れよ。きっと来るだろうと思ってたんだ」


 マシューはクリスティアンを招き入れて台所に向かい、熱いお茶を二杯淹れた。


「朝飯は食ったか?」

「僕なら要らない」

「そうか。なら俺は食いながら話を聞かせてもらおうか」


 そう言ってマシューは台所でハムを焼き始めた。


 たっぷりの朝食をテーブルに並べて椅子に腰を下ろすと、マシューは食べながら「で?話は何だ?」と聞いてきた。



「僕のことはあちらには伝えないで欲しいんだ」

「それは……約束できない。せめてお前が生きていることだけでも伝えてやるのが人情だろうが。ずーっと心配させておくなんて残酷だろ?」


 クリスティアンが苦い顔になる。


「残酷、か。それなら俺は死んだと伝えてもらうべきだろうな。今更無事に生きてますなんてどんな顔して言える?それに僕が生きていると知ったら両親は黙ってはいないだろう」


 マシューがカチャリとフォークを皿に置いた。


「お前、自分が出た後のこと、何も知らなかったなんて言わないよな?」

「何をだ?僕が逃げ出した後の実家のことならほとんど何も知らないが」




 マシューはクリスティアンの知らなかった『その後のこと』を話して聞かせた。


「俺も父上からの又聞きなんだが。当時の辺境伯は表向きはお前を見限ったとおっしゃりつつ、爵位を早期に譲ってお前の行方を捜すことに専念なさった」  


「えっ」


「奥様は指示された通りにお前の描いた絵を全て燃やさせたことをずっと悔やんで、一時期は寝込んでいらした。それだけじゃない。お前、自分の婚約者がカルヴィンと恋仲だったことは知っていたんだろう?」


「……カルヴィンと彼女が恋仲?」


「やれやれ、本当に何も知らなかったんだな。ディアナ嬢はお前の弟のカルヴィンと恋仲だったんだよ。当人たちは隠してるつもりでも使用人たちにはバレてた。そんな話はすぐに当主に伝わるさ。それを知っていて辺境伯様は家柄などを考慮してお前の婚約者に選んだんだ、それもご夫妻にとっては後悔の種となったんだ」


「そんなこと誰も何も言わなかったが」


「言えるかよ!あなたの婚約者は弟のカルヴィンを愛しているんですよなんて、使用人が言えるわけないわ!ディアナ嬢の両親はカルヴィンとの関係をお前の失踪後に知って、親の監督不行届と娘の不始末だからとディアナ嬢を修道院に入れる勢いだったんだ。カルヴィンの懇願でそれは回避されたがな」


「俺だけが何も知らなかったのか……」


「辺境伯家は皆、お前がディアナ嬢と弟のことを全て知って耐えられなくなって初恋の相手に救いを求めて逃げたんだろうと今でも思っているそうだ。特にディアナ嬢はお前が失踪したのは自分のせいだと自分を責めたらしい」


「そうだったのか……。でも、今は弟とうまくいっているんだろう?」


「ああ、夫婦円満だそうだ」


「良かった。それでマシュー、俺は廃嫡されているんだろう?十二年が過ぎているんだからまさかそのままってことはないよな?」


 この国では貴族に関しては五年間の生死不明は貴族籍管理法で死亡とされる。


「いや、そのまさかさ。お前は失踪後、病になって家に戻り、そのまま寝たきりで療養していることになっている。つまり今も辺境伯家長男だ」


「なん、だ、と……」





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