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女伯爵アンバーには商才がある! やっと自由になれたので、再婚なんてお断り 【書籍化・コミカライズ】  作者: 守雨


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31 クリスティアンの過去(2)

「先生はベッドで横たわったまま上機嫌で遺言を口にした。『これから夫に会いに行く。やっと夫に会える。自分が死んだら夫の絵を一緒に埋葬してくれ』と」


「そして思い出したように『あなたのことはかけらも愛したことがない。あなたの気持ちは迷惑だった。あなたはさっさと自分に似合う人を見つけて添い遂げなさい、自分や夫のように早死にしてはいけない、長生きしなさい』って。そこまで言って、疲れたから眠ると言ったまま先生は二度と目を覚まさなかった」


「遺言通り旦那さんの絵が棺に入れられて貧民街の人たちと同じ共同墓地に埋葬されて、先生は旦那さんのところに行ってしまったよ。そこからは僕が生きる目的は絵だけになった。五年間、あちこちを旅しながら絵を描いて、絵を売ったり日雇い仕事をしたり施しを受けたりしながら生きてきたんだ」


「無名な画家の絵はほとんど売れなくてね。食べずに歩いて移動していたら意識を失って倒れた。それがこの屋敷の近くだったんだ」


 アンバーは黙って聞いていた。


「僕は絵を描かずにはいられなくて、初恋の人も諦められなくて、両親も弟も婚約者も次期辺境伯としての責務も全て放り出した、そんな男なんだよ」


「後悔しているの?」


「いや。弟は僕より野心家だ。僕より上手く辺境伯をこなしているだろう。両親は怒っただろうが僕を失敗作の役立たずと断言していたからね。役立たずは消えた方が家のためさ。婚約者は……申し訳なかったが」


「で、あなたとマシューとは知り合いなのよね?」


「彼の父親は王国軍の軍人で、辺境伯軍と何度も共に戦っていた。彼の父親は僕の父とも顔見知りだ。戦争がない時に僕の家に家族で泊まりに来たことが何度もあるんだ。それで、どうしてアンバーと彼が知り合いなの?」


「彼はエレンの従兄弟なのよ」


「……そうか。エレンか。思わぬところで繋がっていたんだね」


 クリスティアンはそこまで話し終えると、背中を丸め、膝に肘をついた両手に顔を埋めて長いため息を吐いた。


「あなたのご両親は?」


「旅先で聞いた話だと隠居したらしい。今は僕の弟が辺境伯を継いでいるはずだ。噂では僕の婚約者だった人と結婚したらしいよ」


 


 彼の過去は彼が描いた絵本よりずっと重い話だったのだ。


「あなたは……つらかったわね」

「僕の苦しみなんて、どうだっていいことだよ」

「どうでもよくない。あなたが苦しむのは私がつらいもの」





「君に契約上の結婚を提案した時、こんな人間でも役に立てると思ったんだ。役に立てたことを確認したら出ていこうと思ってた」

「そう……」

「でも、あと少し、あと少しとここに居続けて、そうしているうちにヒューズ家の仕事が舞い込んだ。君の絵を、春の女神を描き終わるまでは出て行けなかった」

「春の女神、描き終わってしまったわね」



 クリスティアンは何も言わない。アンバーも何も言わない。暖炉の薪が燃える音だけが聞こえる部屋で、アンバーはそのダンス講師のことを思った。



 きっと彼女はクリスティアンを愛してしまったのだ。だが辺境伯の嫡男と十五歳年上の婚姻歴のある女性では、二人の愛が許されるはずもない。その女性は彼の将来を守るために姿を消したのではないだろうか。




『あなたのことをかけらも愛したことがない』


 何と哀しい愛の告白だろう。

 アンバーはそっと目を閉じて神の庭にいるその女性のことを思った。二人の男性に愛されながら苦労続きの人生を走り抜けた人。そして彼女が最後の最後にクリスティアンに贈った言葉を噛み締めた。




 アンバーはうつむいて動かないクリスティアンの背中にそっと手を添えた。


「先生の旦那さんが先生の絵を描いたように、今度はあなたが私の絵を描いてはくれないかしら。私と添い遂げて私が自分の人生を確かに幸せに生きた証拠として絵に描いてくれたら嬉しいのだけれど」



 緊張して返事を待つ時間が長かった。




「アンバー。僕は君の隣にいる価値があるだろうか。今はとても……とてもそうは思えない」


「あなたがここに居てくれることを私が望んでいるし、ヘンリーもマーサもコーディーもコニーもライラもベッキーも、みんなあなたが大好きだもの。あなたは初恋の女性をとことん愛した人。そしてオルブライト女伯爵に愛されて大切にされる前途有望な画家だわ」



 後戻りはできないことを承知でアンバーは自分から告白した。そしてクリスティアンの顔を両手で挟んで自分に向け、そっと唇を重ねた。


「控えめでもなく、慎ましやかでもない女だけど、愛してもらえるかしら?」


 間近で見るクリスティアンは疲れていて目の下にはクマができていたが、それでも彼は美しかった。かつては剣だこで硬くなっていたであろう彼の大きな手は、今は滑らかだ。


 その大きな手がアンバーの顔を挟んで今度はクリスティアンが唇を重ねてきた。そっと唇を離したあとで、少し眉間にシワを作って話し出した。


「お披露目でたくさんの人が春の女神を見て賞賛していたよ。とても誇らしくて、少し腹立たしかった」


「ええ?」


「君の絵を今後も描き続けたい。でも今後は人に見せる君の絵は、ドレス姿だけにしようと思う」


 ふふふ、と笑ってアンバーはクリスティアンにもう一度口づけた。


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書籍『女伯爵アンバーには商才がある!やっと自由になれたので再婚なんてお断り』
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