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23 アンバーのお気に入りの場所

 十二月三十日


 朝から買い物であちこち回る。

 ライラ、コニー、使用人たちへの新年の贈り物を買う。ライラには新品の絵本。コニーには化粧品をあれこれ。他の使用人たちにはハンドクリームと上等な暖かい毛糸の靴下を三足ずつ。


 クリスティアンにもひとつ贈り物を買ったが、贈るかどうかは決心がついていない。

 自分には人気店のリキュールボンボン。


「さて、帰りますか」

「はい、アンバー様」


 付き添いはコニー。

 すっかり使用人のような態度だが、「あなたはお客様よ」と言っても聞き入れないのでもう諦めている。コニーが嬉しそうだから良しとすることにした。


 帰りの馬車の中でコニーが思いがけないことを言い出した。


「アンバー様、ライラちゃんの家庭教師の他に外で働いてもよろしいでしょうか」


「何もかもあなたの自由で構わないけど、それは何のために働くの?」

「私の住む場所を借りるためにお金が必要なんです」

「なるほど。では、忙しくて疲れている女伯爵の住み込みの秘書というのはどうかしら。ちゃんと賃金は世間並みに出せますよ?」


 コニーが下を向いて口を開けたり閉めたりしている。


「それとも一人で自由に羽ばたいてみたい?それなら私はそれを応援するわ」


 コニーが顔を両手で覆って深呼吸している。泣きだすのを堪えているようだ。


「ありがとうございます。ほんとに、ありがとう、ございます。私、どうやって伯爵様の御恩に報いれば良いのでしょう」


「そうねぇ、お礼はあなたが幸せになって笑ってくれること、かしらね。十六歳の時の私が笑えなかった分まであなたが笑ってくれたら、私は幸せだわ」


 コニーはこらえていた涙がやっぱりこぼれてしまった。





 同じ日の午後。


「クリスティアン、一緒に気分転換に出かけない?」

「いいの?疲れてない?それと、それは丸一日貸し切りの時間から引かれるの?」


 同い年のはずのクリスティアンが可愛くて思わず笑ってしまう。


「疲れを取りに出かけたいのよ。それと、このお出かけは貸し切りの内に入らないわ。貸し切りのおまけ、かしら。馬で行くから着替えてね」

「わかった」


 クリスティアンが乗馬できるかどうかは聞いてなかったが、おそらくできるだろう。彼は平民だと言い張っていたが、貴族の出だろうから。それともああまで頑なに出身を隠すのは庶子だから、とか?


 アンバーは乗馬服に着替えて厩へと向かった。クリスティアンはもう来ていた。


「アンバー、乗馬服がとても似合うね!」

「あなたもね」

「これ、君が用意してくれていたんだね。サイズがぴったりだ」


 アンバーはそれには答えずに笑って、馬にまたがり腹に合図を入れた。馬は嬉しげに走り出した。クリスティアンも遅れずについてくる。やがて道が広くなるとクリスティアンは自分が乗る馬をアンバーの馬の隣に並ばせた。


 馬車の少ない道を二頭の馬は走る。冬の冷たい空気の中、白い息を盛大に吐きながら快走する馬と笑顔で騎乗する二人。


 やがて馬たちは高い崖に到着した。

 崖の下は海だ。はるか遠くで水平線が柔らかなカーブを描いている。


「こんな場所があったんだね」

「ええ。一人になりたい時、いつもここに来ていたわ」

「それはいつのこと?」

「馬に乗れるようになった十歳の頃からずっとよ」

「一人で?」

「ええ。家の周りをぐるぐる歩くだけだ、と嘘をついてね」



 馬を自由にしてアンバーが敷物を広げ、綿入りの袋に入れて持ってきたスクリューキャップの水筒から熱いミルクティーをカップに注いでクリスティアンに差し出した。


 しばらくの間二人は無言で海を眺めていた。両手で包んだカップが冷えきった手を温めてくれる。


 少しずつミルクティーを飲みながらアンバーは考え事をしていたが、クリスティアンが沈黙を破った。


「君は、対価を要求しないんだね」

「対価って?」

「誰かに何かをしてやる時に、君は引き換えに何かを要求することがない。不思議だなと思って」


 対価ねえ、とアンバーは考え込む。


「対価は受け取っているわ。行き倒れた人が元気を取り戻して笑う顔、苦しい暮らしをしていた人の荒れた手が柔らかく綺麗になること、いい匂いの子供に懐かれること、使用人たちがご機嫌で働いてくれること」

「それが対価?」

「そうよ。私の心を豊かにしてくれるもの」


 クリスティアンがお茶を飲みながら首をかしげる。


「僕は家を飛び出してから、どこへ行っても対価を求められた。住む所や食べ物への対価はもちろん、相手が勝手にくれた笑顔や優しい言葉にすら対価を求められた。そういうものだと思って生きてきたから、驚くことばかりだよ」


「あなたは美しいから。美しい人はその美しさゆえに求められてしまうのかもしれないわね」


「君も綺麗だ。君も求められた?」


(この人は何を言っているのかしら?)


「この国で綺麗ともてはやされるのは、美しい顔で金髪の小柄な妖精のような女の人、では?」

「そして男の婚約者の家に乗り込んで『彼を解放しろ』と要求するような?」


 アンバーは苦笑してケイティをかばう。


「あの子がああなったのは親のせいもあるだろうし」

「君の両親はどうだったの?きっとしっかり育ててくれたのだろうね」


 それを聞いて思わず『ふっ』と苦い笑いをしてしまった。


「アンバー?」

「私の父は領地の管理と資産を増やすことに夢中だったわ。私の母は、美貌自慢の自分に全然似てない娘に、呪いをかけ続ける人だった」

「呪い?」


 クリスティアンの眉間にきついシワができる。


「ひたすら『お前は誰にも愛されない』と言いながら私を育てたわね。最近になってやっと乗り越えられてきたところよ」

「それはまた……」

「意地悪でやっているのではなくて、心からそう信じているのが逆に始末が悪かったわ」


 敷物に置かれたアンバーの手に、クリスティアンの大きな手が上から重ねられた。


「そうか。君はそんなに美しく魅力的なのにね」

「ふふ、ありがとう。でも、私は見た目に軸足を置いてないから。慰めなくてもいいのよ」

「そんな。ねえ、絵が完成したら僕の描いた春の女神を見てほしい。女神の君がとても美しく微笑んでいるんだ」


 今度はアンバーの眉間にシワが刻まれる。


「……それ、想像しただけでのたうち回りたいほど恥ずかしいんだけど」

「プッ。なにそれ。恥ずかしくなんかならないよ。とても素敵な君が微笑んでいるんだ」


 そう言ってクリスティアンは満足げな笑顔で海を見下ろした。



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