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22 妖精の来訪(2)

 息を切らしてクリスティアンが部屋に飛び込んで来た。


「アンバー、どうした。何があった」


 そう言ってからクリスティアンは妖精の様子に気づいたようだ。一瞬ポカンとしてから泣きじゃくる妖精に話しかける。


「ケイティ嬢。どうして泣いているんです?」

「クリスティアン様!わたくし、わたくし!」


 妖精はそこでまた盛大に泣き出した。

 クリスティアンは「落ち着いて」と妖精をなだめながらアンバーに(どうした?)と目顔で聞いてくる。


 アンバーがどう説明したものかと迷っている間に、ガラガラと馬車の音がしてヒューズ伯爵が駆けつけた。丁度良いタイミングだ。


 ヒューズ伯爵は事情を聞かされてやって来たので部屋に入るなりアンバーに頭を下げた。


「オルブライト女伯爵様、この度はうちの娘が誠に失礼なことをっ!」

「お父様!これは、これはその……」

「ケイティ!なんて馬鹿なことを!あれほど言って聞かせただろうが!」


 妖精の父親はまともな人間のようだった。助かった、と安堵する。クリスティアンもやっと事態を把握したらしい。


「ケイティ嬢、私は何度もお話しましたよね?あなたのお気持ちには応えられないと」


「それは、女伯爵様に恩義を感じていらっしゃるからでしょう?クリスティアン様、いつまでも恩義に縛られるべきではありませんわ!」


「違います。恩義から婚約しているのではありません。私とアンバーのことはあなたには全く関係がないことです。口出しは無用に願います」


「関係が……無い?」


「そうです。そしてヒューズ伯爵、大きな仕事を頂いたことは感謝しております。しかし、」


「いや、心配はいりません。我が家のあの絵はヒューズ家の大切な宝です。ケイティのことは気になさらず、完成させてください。そして女伯爵、私の躾が不十分なばかりにあなたに不快な思いをさせたこと、深くお詫び申し上げます」


 そう言うと再び頭を下げ、従者に命じて、まだ泣きながらごしゃごしゃと何かを言っている妖精を部屋から連れ出させた。


「遅くにできた娘なもので、甘やかしすぎました。本当に申し訳ありませんでした」

「ご理解いただけてホッとしました」

「娘は春の女神が誰をイメージして描かれているのか、あなたにお会いしてもまだわからんらしい。いや、お恥ずかしい」


(あっ……誰をイメージしたか、ヒューズ伯爵にもわかるような絵なんですね?)


 アンバーは動揺を悟られないよう貴族的な微笑を作って伯爵に質問した。


「ヒューズ伯爵、今後、仕事中のクリスティアンの環境はどうなりますか」


『あなたの娘はちゃんと管理されるのか』と言いたいのを素早く無難に言い換えた。


「今後は娘がクリスティアンに付きまとわないよう本人に命じますし見張り役の使用人も付けます」


 クリスティアンも礼を述べた。


「ありがとうございます。あの絵は、私の今までの作品の中で最高の出来です。なんとしても完成させたいのです」

「おお、それは嬉しいことを。私はあなたに壁画を依頼して本当に良かったと思っています」




 ヒューズ伯爵は繰り返し謝罪して帰って行った。それを見送ってからアンバーはぐったりとソファーに体を預けて目を閉じた。


「伯爵様!大丈夫ですか?」

「あら、ライラ。せっかくクリスティアンとお散歩してたのに悪かったわね」

「あの人、いやな人だった!」

「恋は盲目だからね」

「こいはもーもく?」

「そうよ」


 コニーがライラに話しかけた。


「ライラちゃん、私とお絵描きしましょうか?それとも絵本を読む?」

「読みます!」

「わかったわ。さ、行きましょう」


 コニーはライラの勉強を見てくれている。 

 根気強く優しいコニーはライラと仲良くなって、文字や数字の読み書きを教えている。今も気を利かせてライラを連れ出してくれて助かった。


「ねえコニーさん、こいはもーもくってなに?」

 廊下を歩くライラの無垢な声が遠ざかって行く。


 


「アンバー。悪かったね」

「あなたは悪くないわ。強いて言えばお顔が良すぎるくらいで」


 冗談のつもりだったが、クリスティアンは笑わなかった。


「顔だけ見て寄ってくる女性など、うんざりだよ」


 小さな声だったが、声の暗い調子に驚いて顔を見上げると、クリスティアンが心底忌々しそうな顔をしている。


 なるほど。

 見た目を否定されながら育った自分には想像がつかないが、美形には美形の苦しみが散々あったに違いない。


「彼女は、自分の存在価値に疑問を抱いたことなどないのでしょうね。私は小さい頃から何のために生まれてきたのか、繰り返し悩んだものだけど。いっそ羨ましいわ、あんなふうに自分の考えを疑わずに生きている人が」


 立ったままだったクリスティアンが近寄ってきて、ソファーに座るアンバーを後ろから抱きしめた。


「彼女が自分を疑わないのは頭の中の風通しがいいからじゃないか?」

「あら、あなたがそんな毒舌も吐けるとは意外だこと」

「僕の腹の中は真っ黒だからね。普段は君に嫌われないようにいい子にしてるだけだ」


(嫌われたくない?ならどうしてこの屋敷を出たの?なぜその理由を説明してくれないの?)


 ここで問い詰めたら答えてくれるだろうか。いや。賢い女性は彼が自分から話してくれるまで待つものなのだろうか。帳簿のように正解がないことは判断が難しい。


「美形にして腹黒のクリスティアンね……最高にタチが悪そう」


 クックックとアンバーが笑うとクリスティアンも笑った。


「笑うと怒りは鎮まるものね」

「怒ってくれたんだ?僕はてっきり君は『あらそう、では好きにすれば?持ち帰ればいいわよ』って僕をあっさり手放すんじゃないかと怯えたよ」



 アンバーはそれには答えずに自分を抱きしめている腕を優しくポンポンと叩いた。


(どうか私の心臓の鼓動が伝わってませんように)


 そう願うアンバーは、自分のうなじや耳が真っ赤なことに気がついていない。

 


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