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16 不自然な親子

 十二月五日


 その日、自分が経営しているドレス店に経理のチェックで訪れたアンバーは、不思議な親子連れを見た。


 ショーウィンドウに手の跡が残っているのでゴシゴシと拭いていた。人を呼んで拭かせるより自分で拭いた方が早い。侍女頭のマーサには「使用人の仕事です。おやめください」と言われるだろうが、ここにマーサはいないから大丈夫、とせっせと拭いていた。


 その親子連れとは母親と娘二人、なのだと思う。なぜ断言できないかと言うと、母親と妹らしい娘は高級な布地を使った流行のドレスを着ているのに、後ろからついて歩く姉らしい娘は平民用の安い生地の流行遅れのワンピースドレスを着て鞄を二つも持っていたからだ。


(あれは、前の二人のカバンよね。そしてあの子は服装から見ても侍女じゃないわよねえ。三人の顔も似てるし)


(母とその娘、先妻の娘という組み合わせかしら。でも髪の色は三人とも赤っぽい金髪で同じよね。それにしても随分な扱いね。気の毒に)



 後ろを歩く娘には生気がない。

 前を歩く母と妹は楽しげに笑い合って歩いているのに。


 

 アンバーは一人っ子なのであの手の姉妹間格差は無かったが、世間ではたまに聞く話だ。後ろの娘の、抑圧され続けた人間特有の覇気のない表情が気になった。人間は幼い頃から抑圧され続けると自分のように鬱屈するか、心が死ぬか、爆発するかだ。


(人間て残酷だわ)


 アンバーは精神的に強かったから無事にこの歳まで生き延びたが、あの娘からは生命力が感じられなかった。





「アンバー様、今月分の帳簿のチェックをお願いします」

「はい、いつもご苦労様」


 平民用のドレスの店は売り上げが好調だ。良心的な値段と最新の流行が人気の秘密だろう。



 十二月十一日


 ある日、その店にあの親子連れの姉娘が来た。

 たまたま店にいたアンバーは娘の接客に出た。


「いらっしゃいませ」

「あ、あの、ドレスを一着……」

「はい。どのような用途のドレスをお探しですか?」

「従兄弟の誕生会で着るつもりです」


 それは変だ。


 この娘は貴族だ。貴族の家の誕生会に参加するなら、それなりのドレスを用意するものだ。


 アンバーの店は「平民がおしゃれしてお出かけ」の時の品揃えである。先日の三人の様子といい、一人で供も連れずに若い娘が来店したことといい、この娘は家庭でまともな扱いをされてないことはわかる。


「わかりました。ご予算はどれくらいをお考えでしょうか」


 娘が真っ赤になって小声で告げた金額は一番安い普段着レベルのものしか買えない額だった。


 一瞬唖然としたが、もちろん笑顔は崩さない。アンバーは俄然やる気になった。


「わかりました。わたくしにお任せくださいませ」


 他の客の対応は店長と店員に任せ、アンバーは彼女を試着室へと案内した。そして一着の象牙色のドレスを運び、「これをご試着くださいませ」と彼女に手渡した。


 彼女の着替えを手伝いながらあちこちのサイズを確認する。その娘は身長がアンバーとほぼ同じでサイズは少しアンバーより細い。


(これなら私のドレスを少し詰めれば大丈夫そうね)


 着替えを手伝いながら名前を尋ねると「コニー・ハクサムです」と言う。ハクサムとは、たしか子爵家だ。


「妹さんはドレスをどうなさるのかしら」

と尋ねると

「妹のことをご存知ですの?」

と驚かれた。


「先日、この店の前をお母様と三人で歩いているのをお見かけしましたの」

と言うと真っ赤になった。どの時のことかわかったのだろう。


「妹は母があつらえたドレスを着ます」


 つまり妹はオーダーメイドのドレスを着るが、コニー嬢は平民の普段着を自分で買って来い、と。


(ふうん。なら私が目にもの見せてくれようじゃないの)


 アンバーがにっこり笑ってひとつの提案をした。





 十二月十六日


 コニー・ハクサムの来店から五日後。


 試着したドレスに驚いて頬を上気させているコニーがいた。


「こんな高価なドレス、とても私の持ってきたお金では……」


 アンバーがにっこり笑って

「この店では貴族の御令嬢が『もう着ないから』と処分するドレスを買い取る商売も始めましたの。ですのでハクサム様のお手持ちの代金でぴったり間に合いますわ。もちろんそのままではなくてリメイクしておりますので、誰が着ていたドレスかを知られることはありません」

と微笑むと、コニーは目を潤ませて何度もお礼を言う。


「喜んでいただけたならドレスもドレスを手放した方も本望ですわ。それと……」


 アンバーはコニーの耳元で小さく何かを囁いてからスッと離れ、「ありがとうございました」と頭を下げた。


 コニーは驚いた顔でアンバーを見つめていたが、頭を下げて帰って行った。




 


 コニー嬢が帰った後、これは案外いい商売になるのではないかと思った。


 着道楽の貴族女性には一度着たドレスは二度と袖を通さない人もいる。


 そこまでではなくても二、三度着たら着ない人は多い。着まわしていることを知られると困窮しているのかと陰口を言われるから皆嫌がるのだ。


 その手のドレスを安く引き取ってリメイクしてから売りに出したら、正規の値段ではとても手が出ない低位の貴族や平民たちに喜ばれるのではないかと思いついた。


 ちなみにコニーが買ったベージュのドレスはアンバーが十代の頃に着ていた高級なドレスである。襟のカットを今風に手直ししたのだが、袖をふんわりしたシフォンに変えたことで細身のコニーを華やかに演出してくれる良いドレスとなった。


「あの子が喜んでくれたから、クローゼットで眠っていたドレスも浮かばれるわね」


 商売のアイデアも浮かんだことだし、いい仕事したわ、とアンバーは満足した。


 そのドレスがコニーの生き方を変えることになったのを知るのは、もう少し後のことである。

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