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第一話 猫と老人と少女と……

 美しい金色の長髪に深く蒼い瞳は昔見たフランス人形よりも美しい。


「なんと美しいんじゃ……良い冥土の土産ができたわい」


 老人は眩しく煙る景色の向こうに佇む女性を見ながらそう呟いた。


「ニャー!」


 その時に抱えていた三毛猫が大きく鳴き、老人は日が差し込んでいる縁側で目を覚ました。

 老人の名は三毛村みけむら 茂三しげぞう


 真面目だが出会いがなく天涯孤独、定年退職してから10年以上猫と一人と一匹暮らしを続けている何の変哲もない老人。

 飼い猫のミケはどこからともなく現れ、彼の家に住み着いた三毛猫で三毛村老人の唯一の家族であった。


「さて、そろそろ夕飯の買い出しにでも行くかな」


 三毛村老人は日が傾く前にと財布を持ち、ミケへ留守番を言づけて家を出る。

 これもいつもの日常。

 何年も、毎日繰り返してきた平凡ながら穏やかな日常であった。

 しかしこの日、彼は美しい夢を見たことで、いつになく上機嫌で出掛けていく。

 足取りは軽く、いつもよりも速足で商店街へと向かう。

 そんな上向きな気分とは裏腹に平凡な日常が終わりに近づいていることを彼はまだ知らなかった。



 彼がいつもの商店街から10分も早く家の玄関までたどり着いたとき、いつもの風景に違和感があった。

 普段はしっかりと占めてあるはずの戸が少し空いているのだ。


「おかしいのぉ? あまりに浮かれて閉め忘れてしまったのか……」


 三毛村老人が首を傾げながら家に入ると、明らかに誰かに荒らされた跡があった。


「な、なんじゃこれは⁉ 急いで警察に連絡せんと!」


 三毛村老人が慌てて電話の所へと行こうとしたその時――


ガンッ!


 後頭部に大きな衝撃が走り、三毛村老人はその場に倒れこんだ。


「どうなってんだ! お前が毎日17時までは出掛けてるって言ったんじゃねぇか!」


「お前こそ! さっさと逃げれば良いものを何で爺さんを殴り殺す必要があるんだよ!」


 朦朧とする意識の中で二人の若い男の声が聞こえてくる。


(なんじゃ……強盗か? ミケは? ミケは無事なのか?)


 動かない身体にもどかしさを感じつつも、三毛村老人はミケの心配をする。

 三毛村老人にとっては金品を盗まれることなんかよりもそちらの方が気がかりであった。


「こうなっちまったら仕方ねぇ! この家ごと燃やしちまえ! 上手く行きゃあ事故で片付くかもしれねぇぞ!」


 一人がそう言うと、強盗達は台所へと入って行く。

 裏口が開く音が聞こえて数分後には台所から火の手が上がった。


(なんてことだ。あの夢が本当に冥土の土産になってしまうとは……せめて、ミケだけでも無事に逃げ延びてくれればそれで良いが)


 黒い煙が充満する中で三毛村老人が静かに目を閉じようとした時、あの夢から覚ました時の様な大きな鳴き声が耳元で響いた。


「ニャーン!」


「ミ、ミケ! 何をしておるんじゃ。このままではお前まで焼け死んでしまうぞ! わしの事は良いから早くお逃げ!」


 老人が必死に叫んでもミケは傍を動こうとしない。

 次第に火は家全体に回り、家の柱がどんどんと焼け落ちていく。


「逃げろと言っておるのが分からんのか! お前を死なせたくないんじゃあ!」


「ニャー!」


 二人がそう叫び合うと同時に、頭上から火の点いた天井が落ちてくる。

 こうして穏やかな日常は突然に終わりを迎えたのである。



 ※

 とある山道を一人の少女が駆け抜けていく。

 ぼろきれの様なマントを深々と被る少女は何かに追われているように木陰に身を隠した。


「どうやら……もう追って来ないようですね」


 少女はその場に腰を下ろすと息をふっと吐く。

 何時間も走り続けて来たであろう素足は血が滲み、息も絶え絶えだ。


「なんで……こんなことに」


 少女は蹲り、声も上げずに泣き出す。

 彼女の身に降りかかったことはあまりにも唐突でいまだ自分の状況が需要出来ていない様だった。


ガサガサ


 少女の前の茂みが騒めく

 咄嗟に構えようとするが、一度止まってしまった身体は疲労と焦燥から上手く言うことを聞いてくれない。


「まさか、こんな山奥まで追って――」


 少女が身を震わせながら覚悟を決めた時、茂みからは三色の毛並みを持った小さな獣が飛び出した。


「これこれ、ミケ! 勝手に進んでは迷子になるぞ!」


 獣を追うように少女が見たこともないような服装をした老人が出てくる。

 その光景にあっけにとられていると老人は少女へと語りかける。


「ありゃ? こんな山奥に子供が……一体どうなされた? 足を怪我しておるようじゃが?」


 ただただ唖然とし腰を抜かす少女を老人は抱え上げ、来た道を戻ろうとする。


「よっこらしょ。何だかここに来てから身体が軽いような気がするのぉ」


「な、何を?」


「この先に川が見えた。とりあえずはそこで傷を洗いましょう。ばい菌が入ったら大変ですからの」


 困惑していた少女も老人の柔和な雰囲気に身を任せることにした。

 何より、少女は疲れ果てていて指一本さえも動かない程であったのだ。


「あ、あなたは一体?」


「わしは三毛村と言う者ですが、気が付いたらこの辺りに――それとそこの猫はミケと言いますのじゃ」


 三毛村老人は先導する様に歩くミケを指して紹介したが、少女はピンと来ていない様子だった。


「ネコ? ミケ? あの獣の名前ですか?」


「いやいや、名前はミケの方ですが……お嬢さん、猫を知らんのかね?」


「ネコという獣は見たことも聞いたこともありませんでしたわ。それにこの服……もしかしてとても遠い所から来なさったのかしら?」


 これは可笑しなこともあるものだと三毛村老人は思った。

 言葉が通じているから外国というわけでもなかろうに、猫を見たことも聞いたこともない人がいるとは――

 さらには自分が来ているのは一般的な洋服のはずなのに、何が変だというのだろうか?

 そんな疑念を抱きながら三毛村老人は川まで辿り着き、少女を下ろす。


「さて、お嬢さん。川の水で傷を洗っていらっしゃい。わしは何か食べられるものを探して来よう」


 そう言うと少女は大人しく、川へと足を付けた。

 それを見届けた三毛村老人は三毛を伴って再び森へと入って行く。


「しかし、ここはどこなんじゃろうのぉ、ミケよ。わしら火事で焼け死んだと思っておったが、いつの間にこんなところに? 服も身体も無事なようだしのぉ」


「ニャー」


「そうじゃのぉ、お前に聞いてもわからんか。あの世なのかとも思ったが、あの子供ともいまいち会話が噛み合わんしのぉ……不思議なこともあるもんじゃぁ」


 三毛村老人が一通り納得した辺りで、ミケが低い位置に生っている木の実に興味を示した。

 ミケは前足を器用に使い、その身を落とすと食べ始める。


「それは食べられるのか。教えてくれてありがとうよ。いくつか取ってあの子の元へ戻るとしよう」


 一人と一匹は協力して実を集めると、それをポケットに入っていたビニール袋へと入れ、川へと戻る。

 そこにはマントで足を拭く少女の姿があった。

 その姿を見た三毛村老人は思わず目を奪われる。

 美しい金色の長髪に深く蒼い瞳は昔見たフランス人形よりも美しい。

 そう、その少女は夢で見た女性にそっくりだったのだ。


「本当になんとも不思議なことがあるもんじゃぁ」


 少女は老人が帰ってきたのを見ると、急いでマントで身体を隠す。

 マントの下には汚れて擦り切れてはいるものの、高貴そうな欧風なドレスを身にまとっており、それを見られたくない様だった。


「足の具合はいかがですかな?」


 三毛村老人は動揺しているのを悟られぬように声をかけると、老人に向き直った少女は立ち上がる。


「大したことはないです。先程はお見苦しい姿を見せてしまいました」


 気丈にもそう言う彼女ではあったが、とてもやつれた様子に三毛村老人は無理をしない方が良いと座らせた。


「ところで、お嬢さん。あなたのお名前を窺ってもよろしいですかな?」


 木の実を食べ、落ち着いたところで三毛村老人が切り出す。

 少女は少し戸惑った様子を見せたが、しばらくして答えた


「私は……リ、リベラです!」


「リベラちゃん……お父さんかお母さんが外国の方なのですかな?」


「い、いえ……私の両親はどちらもこの国出身ですが?」


 三毛村老人はリベラの言葉を聞き、動揺した。

 見た目からもリベラは日本人ではなく、さらに名前まで。

 ハーフでもないとすると――


「い、一応確認させてほしいのじゃが、ここは――日本なのか?」


 恐る恐る質問する老人にリベラは首を傾げた。


「二ホン? いえ、ここはグリアノス王国ですが――」


 三毛村老人は頭が真っ白になった。

 日本を知らない少女に聞いたこともない国名。

 冗談かとも思ったが、今までの経緯から自分の身に起きていることが常識的には考えられないことである以上、全く理解が追い付いて行かない。

 老人が頭を抱えていると、ミケが何かを察知したかのように立ち上がった。


ヒュンッ!


 次の瞬間、唐突に飛来した何かが三毛村老人の右胸を貫く。

 何が起きたかわからないままに、老人は後ろへと倒れこんだ


「三毛村さん!」


 リベラが駆け寄り、ようやく肩の痛みに気づいた三毛村が胸を見ると、そこには矢が突き刺さっていた。


「手間かけさせてくれたな。姫様よ!」


 いつの間にか周囲は鎧を付けた屈強そうな輩に囲まれおり、少女は身体を震わせる。


「さっさとくたばっておけば良いものを――逃げ切れると思っていたのか?」


「だ、黙れ! あなた達こそ! 王国を裏切るなんて恥を知りなさい! あなた達の様な卑劣な奴らにはいつか必ず裁きが下るはずよ!」


「裁かれるのはお前の方だぜ。さっさと連行しろ!」


 一番前に立つ男が指示すると周りの男たちの数人がリベラを押さえつける。


「このジジイはどうしますか?」


「矢は心臓を射抜いている。放って置けばいずれは死ぬし、森の獣たちが後始末をつけてくれるだろう。そんなことよりも一刻も早く姫を新国王様の元へ!」


「御意!」


 男たちは三毛村を無視し、リベラを連れて行こうとする。

 三毛村老人はそんな光景をただ見ているしかできなかった。


(くうっ、せっかく命を拾ったと思ったのにまた死なねばならんのか。目の前で連れて行かれようとしている少女さえ救ってやれんとは……無念じゃ)


 老人が悔しさに歯を食いしばった時、ミケがまた傍らに寄ってくる。


「すまんなミケ。またさっきと同じ状況じゃが、今回は助かりそうもない。無念じゃ」


 そう呟き、ミケの頭を撫でると三毛の身体が光り出す。

 それに呼応する様に老人の身体も光り出し、周囲は眩い光に包まれた。

 光が晴れ、そこに立っていたのは絶世の美女と見紛うほどの美男。

 三毛猫がらの髪に猫耳、猫尻尾を生やした男は悠然とリベラを捕らえた男たちへと向かっていった。


「な、なんだ貴様は?」


 動揺する男たちは剣を抜き、斬りかかるが猫耳の男は軽々とそれを避け、顔面や腹部へと拳を叩き込む。

 その動きのしなやかさはまるで本物の猫の様だ。


「その娘を放せ!」


 次々と兵士たちを打倒しながらついにリベラの元まで辿り着いた猫耳の男はリベラを押さえている兵士たちを回し蹴りで粉砕した。

 リベラが兵士たちの手から逃れた瞬間、猫耳の男はリベラを抱えると軽々と木の上へと飛び上がり、その場を離れていく。


「あ、あの……あなたは一体?」


 またまた状況が理解できず質問をするリベラに猫耳の男はニヤリと笑って答えた。


「何を言っておるのじゃ? わしは三毛村じゃよ!」


「ハァァァァァァァァ⁉」


 追ってくる兵士たちを置き去りに、リベラの絶叫だけが森へと響くのだった。

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