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第一話

 吹き抜ける風が刺すような冷たさを忘れ、ふわりと撫でるような温かさを覚えた、そんな季節頃。


 【ニューボルツ】という国の首都【ガラディン】、その中央にある噴水広場は朗らかな談笑の声に包まれている。現在時刻は、一日の丁度半分を過ぎようとしている頃。景観の良さから待ち合わせ場所として人気の高いこの広場には、飲食構わず様々な店が多く存在し、この時間帯には幾つか出店もやって来る。昼食を探すには持って来いの場所ということだ。


 出店で買った肉を挟んだパンを仲良く食べるカップルだとか、ベンチに座って香り立つ珈琲を飲む中年男性だとか、とにかく誰もが笑顔で暖かな時間を過ごしている。何処の場面を切り取っても、誰もが口を揃えて「平和」と答えそうなそんな一時だ。


 そんな平和な広場にある一軒の店。


 黄や赤といった暖色でカラフルな花々が植えられた鉢が並べられ、鼻腔をくすぐる様な甘い香りを漂わせている。薄い桃色の扉で遮られてはいるが、ガラス窓からちらりと見える箇所だけでも、店先に置かれている物とはまた違った色と種類の花々が確認できる。


 扉の上には【シャーリィ】と彫られた木の板が掛けられている。この花屋の名前である。


 「御免下さいな」


 桃色の扉が開き、鈴がカランカランと音を鳴らす。


 扉を開けたのは、一人の中年女性。花々に負けないような強い香りを放ち、耳や指や首元には、ギラギラと光を放つアクセサリーをこれでもかと身に着けている。華々しさという面ではどんな花々をも上回っているだろう。


 「ああ!申し訳ありません、お待たせ致しましたお客様」

 

 店の奥からパタパタと一人の少女が駆けてくる。森の木々の碧を染み込ませたような髪と、澄んだ大空の青を写し取ったような瞳が特徴的であった。


 「御免なさいねぇ、急がせてしまったようで。お忙しかったかしら?」


 「いえいえ、丁度一段落ついたところでしたから。お客様、ナイスタイミングです!」


 「ふふっ、それは良かったわ。実は夫の還暦祝いのお花を見繕っていただきたくて……」 


 「まぁ、それはそれは!おめでとうございます、奥様!」


 店員の女性は賛辞と共にパチパチと小さな手拍子を贈った。中年女性は誇らしさにほんの少しの照れを混ぜ合わせた、そのような笑顔を浮かべている。


 この世界では、人間は【レベル】という数値によって社会的評価が決定される。レベルを上げるには【エネミー】と呼ばれる生物を殺し、【経験値】を得る必要があり、レベルが高ければ高い程、【魔力】と呼ばれるエネルギーの保有量が高いとされている。魔力はその個人の意思で操ることができ、肉体に作用させることで筋力や瞬発力といった身体的能力を飛躍的に高めることができる。


 しかし、身体能力の高さが重要視されているわけではない。例えば身体能力向上は重いものを運んだりエネミーを殺したりといった面では非常に有用であり、農業や狩猟に携わるのならば高い評価を得るだろう。逆にそれ以外の環境、事務や商業といった場面では有用になる場面は少ない言える。


 ところが、身体能力を向上させるという点から生じたのか、いつからかレベルが高い程脳の活動率が高い、つまり学力が高く、エネミーを殺すという経験は自尊心を高め、社交性を向上させるといった風潮が一般化している。


 つまるところ、高レベル者=優秀な人材であると社会は判断するのである。個々人の能力を丁寧に調べるよりは、数値で判断する方が手早く、何より楽だから。

 

 レベル61という数値は、世界中に一握り程度しか存在しないと言われるほど、そこに至る人間は少ない。凡そ人間が一生をかけて到達できるレベルが70とされているのだから、一般的に言えば、超エリートという言葉が適当である。女性の身に着けている高価なアクセサリー類は、その証と言えるだろう。


 「ふふ、ありがとう。今度我が家でお祝いのパーティを開くのだけれど、そこで飾る用のお花をね、お願いしたいの。あの人、花に金なんぞかけおって、なんて言いそうだけれど、やっぱりお祝い事ですものねぇ」


 「あはは、男の方ですとねぇ、そうおっしゃる方も多いですものねぇ」


 「ですから、小さな花瓶に挿してテーブルの上に飾ろうと思ってまして。ディナーの時間を少しだけ彩る様なイメージで」


 「ふむふむ……テーブルの上にちょこんと……ディナーを彩る様な……」


 少女はぶつぶつと受けた要望を反復させながら、店内に飾られた花々を見渡す。


 (お客様の好み的には白とかよりは赤とか橙の派手な感じがいいかな……花弁が大きくて、香りも控えめなのがいいわよね)


 女性の見た目から好みを推測、食事中に飾られるという点を加味し、少女は最適な商品は何か検討する。女性に細かな要望を尋ねることもできたが、少女はそうしようとはしなかった。それは、少ない問答で、客を満足させた方が格好良いからと少女が考えていたからだった。一度聞いた要望だけで、最適な商品を提供することは、少女がシャーリィで働き始めた時に抱いた目標でもあった。

 

 (ふっふっふ、今回こそ一発で決めてみせます!)


 そうして、少女が手に取ったのはワインを思わせる濃い赤紫色の花。それを数輪手に取り、束ねたものを女性に差し出す。


 「まぁまぁ!赤色の花弁がなんとも綺麗ですこと!」


 「どうでしょう?こちらでしたら、香りも控えめですからお料理の邪魔も致しませんし、数輪だけでも、テーブルが華やかになりますわ」


 「あぁ、その様子が目に浮かぶよう!このお花、頂けるかしら」


 「ありがとうございます!」


 ここまできたら、後はお決まりの手順を踏むだけだ。少女は丁寧にお辞儀をし、手早く花束を包み、女性が差し出した代金と花束を交換する。

 

 そして、女性を笑顔で見送り、姿が見えなくなったところでパチパチと自身に拍手を送った。 

 

 「やったやった、やりましたぁ♪」


 少女がシャーリィで働き始めて、一度の要望で商品を提供できたのは、今回が初めてだった。傍から見れば、なんて仕様もないと一笑される出来事でしかないが、少女にとって自分の決めた目標を達成できたという事実が何よりも重要だった。


 喜びが抑えきれない様子で、小躍りまで始める始末。

身体に鞭打ってでも、更新頑張ります!

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