6話
女王の住むハートの城から少し離れた、領土内の森の中。そこではいつも、昼間にお茶会が開かれている。
横長のテーブルの上には、いっぱいに並べられたお菓子と赤い薔薇。各々が好きなものに手を伸ばし、どんどん口に運んで行く。
主な参加メンバーは三人。大きなハット帽をかぶった燕尾服の男性は優雅に紅茶をすすり、茶色の長い耳をつけた男性は、目の前にある人参のケーキを口に運んでいく。その向かいに座っているネズミ耳の少女は、テーブルの上でスヤスヤと眠っていた。
「今日はいい天気ですね」
「良すぎるぐらいだよ。おかげでマウスは熟睡。半年前だったら、幸福な瞬間だったけどな」
「半年……もうそんなになりますか」
カップから口を離したハット帽の男は、中の赤い液体に映る自身の姿を見つめる。
「女王は大荒れ。うちも機嫌を損ねない様にって必死になってるよ。居心地悪いったらない」
「スリープ家も同じ様ですよ。普段以上に居場所がないと」
「……アリスが見つけば、少しは大人しくなるのかな」
「アリス、マウスたちのこと、嫌いになったのかな」
つい先ほどまで眠っていた少女、マウスは、ゆっくりと体を起こし、ポツリと言葉を漏らした。
「ハッターの準備してくれたお菓子はいつも通り美味しい。だけど、食べても食べても心が満たされない。アリスがいた頃は、そんなことなかったのに」
「あの子は人ではない。戦争に勝利するために作られた女王陛下のお気に入り。我々とは、抱えているものがあまりにも大きすぎる」
ハット帽の男、ハッターはマウスの隣の席を見つめる。
半年前まで、そこには金色の髪の少女が座っていた。甘いお菓子をマウスと一緒に幸せそうに食べていて、彼が進めたシュガリを入れた甘い紅茶をすごく気に入っていた。
「でも、トランプ兵が国中探しても見つからなかったんだろ?だったら国外とかじゃね?」
「マーチ……ケーキ食べすぎ」
「ん?」
「それ、三ホール目」
「マウスも、そのカップケーキ10個目だろ。太るぞ」
「ムッ……太んないもん」
ムッとした表情でもぐもぐとカップケーキを食べるマウス。マーチも「俺だって太んない」とどこか誇らしげに言いながらケーキを口に運ぶ。
いつも通り賑やかなお茶会に、主催者であるハッターも満足そうに笑みを浮かべる。
不意に、二人の耳がピクリと動き、同じ方向を向いた。何事かと思い、ハッターも同じ様に、二人の見つめる方に目を向ける。
わずかに聞こえる足音。それに、マウスとマーチの期待が高まっていく。どんどん近づく足音。二人の体が、自然と前のめりになり始める。
「ヤッホーお三方。元気かな」
しかし、現れた人物に対し、二人の表情は一瞬にして歪み、何事もなかったかの様にケーキを食べ始める。
「やぁチェシャ猫。遊びに来たのですか?」
「まぁね。どこにいてもつまんないし。やっぱりアリスやハンプティがいないと面白くないなぁ」
飄々とした男は、ゆっくりとテーブルに近づくと、そのままマウスの隣に腰掛け、ニコニコと笑みを浮かべる。
「マウス、それ美味しい?」
「……うるさい」
「そんなに食べると太っちゃうよ?マウスは、栄養が胸じゃなくてお腹にいくんだから」
「うるさいっ!」
「マウスをからかいに来たんなら帰れよ」
「そんな邪険にしないでよ」
チェシャ猫は中央にあるフルーツがもられている器の中から柘榴を手にすると、がぶりと赤い汁をこぼしながら食べ、ペロペロと腕を伝う汁を舐めて、満足そうな表情を浮かべた。
「僕は君たちにいいことを教えに来たんだよ」
「いいこと?」
「興味ある?」
グッと、チェシャ猫はマウスに顔を近づける。マウスは彼が嫌いで、会話もしたくないし近づきたくもない。だから、カップを手にしたまま椅子から降り、ハッターの後ろをすり抜けて、マーチの隣の席に腰掛けた。
「ありゃりゃ」
どこかつまらなそうな表情をするチェシャ猫は、残った柘榴を口に運んでいき、全て食べきるとテーブルに肘をついた。
「それで、いいこととは何ですか?」
「ん?あぁ……見つかったんだって」
「見つかったって、何がですか?」
「何がって……」
また、チェシャ猫はいつもの様にニヤニヤと笑いながら、耳をピクピクさせ、尻尾をゆらゆらと揺らしている。
「アリスだよ」
ガタリと、マーチとマウスが勢いよく椅子から立ち上がる。その目は驚きと嬉しさが入り混じった様子で、チェシャ猫よりも激しく耳と尻尾が動いている。
「そうですか……」
「今頃、女王の耳にも入ってるんじゃないかなぁ?まぁ次の戦争も近いし、アリスの奪還は裏で動くだろうけど」
「……なら、少しばかり女王と話をしなければいけませんね」
椅子から立ち上がったハッターは、軽く身だしなみを整えると、側に置いていた杖を握り、出入り口へと向かう。
「女王のところに行くのか?」
「珍しいね。女王嫌いの帽子屋さんが、彼女に会いに行くなんて」
「嫌いですよ。しかし、アリスの事はまた別です。あの子とまたお茶会ができるなら、どんな屈辱的なことでもしますよ」
軽く帽子をあげて挨拶をすると、彼はそのままお茶会の席から姿を消した。
三人はじっとその姿を見つめた後、それぞれ席を立ち、彼と同じ様にその場を後にする。
誰もいなくなったお茶会。テーブルの上には、まだたくさんのお菓子や紅茶が置かれている。しかし、しばらくすると、それらはその場から消えてなくなり、白いシーツをかぶったテーブルだけが、ポツンと置かれているだけとなった。