48話
誰よりも高い場所に立っているハンプティとアリスは、視線を下に向けてトランプ兵やチェス兵、白の国の国民たちを見下ろす。
「今日をもって、長きに渡る【紅白戦争】は終わりを告げる。結果は見ての通りだ。白の国は赤の国に落とされ、両国は赤の国の領土となる」
深々と溜息を零し、落胆する者。逆に、安堵のため息をこぼす者もいた。この結果がいいとは言えないし、悪いとは言えない。国民や兵士それぞれ、捉え方は異なる。
「赤の国の女王が王となれば、幸せな暮らしは約束されるだろう。彼女にさえ、はむかわなければな」
ハンプティは言葉を続ける。
赤の国の現状を。白の国の現状を。うつむく者、目をそらす者。誰もが知ってる、国の腐敗。だからこそ、国が滅んで良かったと思ってる者もいた。どっちが勝とうが負けようがどうでもいい。ただ、今の環境が少しでも変わればと、誰もが願っていた。
「しかし、赤の女王が両領地を手に入れても平和が訪れることはない」
バッと誰もが見上げる。その表情は「そんな」と訴えかけるようなモノで、中には泣いている人もいた。
「むしろ、現状よりも悪化する。戦争に勝利したことで、女王の傲慢と強欲は高まり、今以上に国民は苦しむだろう」
「戯言だ!」
不意に聞こえたその声に、ハンプティは目線を向ける。
向かいの窓、怒りでふぅふぅと息を荒げる赤の女王は、鋭い視線を彼に向けていた。
「そんなものがありえるものか!そのような戯言、聞く耳も持たぬ!」
「心当たりがあるからそんなに怒っているのだろう。赤の女王。お前は王の器じゃない」
「ふざけるな!赤の国は平和だ。この国と一緒にするな!」
白の国に比べれば赤の国は確かに平和だ。だが、それは真の平和とは言わない。絶対的存在である女王の気まぐれにより、国民は苦しむ。彼女にとっての平和は、自分の思い通りに周りが動き、自分に歯向かう者のいない世界のことを指し示している。
「それこそ戯言だ。貴女の傲慢と強欲でどれだけの国民が苦しんだと思う。貴女の気まぐれと癇癪で、どれだけの国民の命が奪われた。貴女のその態度で、貴族連中は顔色を伺いながら生きていき、ただただ腐っていく。それが、白の国と何が違うというのか!」
アリスはハンプティの手を握ると、それに力を込める。
彼女は赤の国の貧民街出身。ハンプティも両親がなくなり、腐った神父のいる教会へと引き取られた。幸福なんて感じなかった。そんな現状が存在するのに、何が平和だと。流石のアリスも徐々に怒りが込み上がってくる。
「赤の国は貴女の権力で苦しみ、白の国は女王の怠惰によって好き勝手に行う大臣たちによって苦しむ。赤の女王、国とはなんだ」
ハンプティに問いかけられる女王は、何も答えない。ただただ鋭くハンプティを睨みつけるだけだった。
不意に、彼女の後ろに白の女王の姿があった。どこか不安そうに、そして申し訳なさそうな顔をする彼女を見て、握っている手に力がこもる。
「でも、俺は白の女王に感謝してます」
優しい笑みを浮かべながら、彼は過去のことを思い出す。
「きっかけはなんであれ、陛下がいたから今の俺があります。普通にいきて入れば、ただ化け物だと、嘘つきだと言われて迫害されていた」
「私も……」
それまで黙っていたアリスは、ゆっくりと口を開いて赤の女王に視線を向ける。目が合った時に一瞬肩がびくりと上がるが、グッと恐怖を抑えて口を開いた。
「陛下と出会ったからあの生活から抜け出すことができて、今を生きてます。色々と苦しいこともありました。だけど、この戦争があったからこそ、陛下があの実験を行って私を化け物にした。そして戦場でハンプティさんと出会うことができた」
「……何が、言いたいのじゃ」
「陛下、貴女には感謝してます。しかし、近いうちに貴女は処刑されます」
「っ!」
「国民の不満により内乱が起き、貴女は国民を苦しめた罪で、多くの人々の目の前で殺されます」
その言葉は淡々としており、まるでその未来を見たかのような口ぶりだった。
「未来視の真似事か……」
「そんなものがなくてもわかりますよ。私はずっと、貴女のそばにいたのですから」
悔しそうに奥歯を噛みしめる女王。アリスは哀れむような視線を向けながら、優しく、なだめるように言葉を投げかける。
「陛下。壊して手に入れるのではなく、互いに協力することは出来ないですか?」
「ハッ!敵対していたものがすぐに手をとりあえるはずもなかろう」
「そんなことはないですよ。実際にやったではないですか。私たちを連れ戻す時に」
また、女王の眉間にシワがよる。
あれは最初で最後の協力だった。しかし、女王にとってはあんな協力はなかったことだと思っていた。連れ戻してすぐ、アリスが白の女王に連れ去られたのだから。
「一度の協力とはいえ、手を取り合ったのは事実。ならそれを正々堂々と行えばいいだろう。互いに手を取り合えば、真の平和は訪れ……」
「道具の分際で勝手なことを言うな!」




