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未来視軍師と紅の剣姫  作者: 暁紅桜
《四章(一緒に……)》
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36話

 鉄格子を挟み、目を合わせるチェシャ猫とアリス。彼はいつも通り、ハッターと同じように楽しそうに笑みを浮かべているが、アリスは体の痛みや疲れで表情を作ることができず、まるで睨みつけるように息を荒げながら彼をじっと見つめる。

 チェシャ猫はゆっくりとまっすぐにアリスの元へと近づいてくる。しかしそのまま進めば鉄格子にぶつかってしまう。それでも彼は歩くのをやめなかった。


「……何しに来たの?」

「別に。城を落とすって聞いたから見学に来たんだ。ほら僕って、別にどこにいても不思議がられないでしょ?」


 鉄格子をすり抜け、チェシャ猫は彼女の顔を覗き込みながらニヤニヤと笑みを浮かべる。

 チェシャ猫は、不思議を形にしたような存在だった。

 いつの間にかそこに居て、いつの間にか居なくなっていて、いつもニコニコ笑って、自由に国を行き来してる。物質をすり抜け、扉と扉を繋いで行き来したり。

 誰かが言っていた。彼は神に近い存在だと。だからどんなことも彼にはできる、だって彼は異なる存在なのだから。

 それを聞いたアリスには、遠回しに化け物だと言っているように聞こえた。だからだろうか、彼には少しだけ親近感が芽生えたが、それは違っていた。


「まだ始まってなかったから、暇つぶしに城内を探索してたらここに君がいてね」

「悪趣味ね……」

「随分やられたみたいだけど何したの?」


 ニヤニヤとした顔で訪ねてくるチェシャ猫。察しがついているのにあえてそう訪ねてくる彼を不愉快に感じ、アリスはわずかに眉間にシワを寄せた。


「わかるでしょ、あの女王が荒れる理由を」

「あははっ、ハンプティ・ダンプティでしょ。まぁ彼も不憫だよね、あの人に気に入られるなんて。僕、あの女王様嫌いなんだよね、いや……嫌いっていうか苦手?」

「チェシャにも苦手なものがあることに驚くよね」

「僕だって苦手なものぐらいあるよ。まぁ、赤の国にはアリスやマウスがいるから、基本あっちにばかりいるから、白には滅多にこないよ」


 にっこりと、たわいもない話をするチェシャ猫。

 アリスも、偶然道端で出会ったかのように彼と話をする。はたから見れば、捕まっている人物と侵入してきた者の会話とは思えない。

  不意に、アリスが激しく咳き込んだ。話しすぎたせいで、息を吸ったときに傷にしみてしまったのだ。

 突然のことで流石のチェシャ猫も驚き、あえて話をそらしていた傷の方に目を向ける。


「傷が痛むの?可哀想に」

「……そう思うなら、もうちょっとそういう表情をしてよ」

「あはは、そうだね」


 笑ってはいるが、チェシャ猫はアリスの姿を見ると少しばかり顔を歪ませてしまう。肌は焼けただれてしまい、刃物で切られた後や打撲痕は、自分は受けていないのに不思議と体に痛みを感じてしまうほどに酷い有様だった。

 珍しく心配そうな顔をする彼に、アリスはクスリと笑みをこぼした。


「そういう顔、マウスにもしてあげればいいのに」

「……できれば苦労しないよ」

「からかってばかりじゃ、嫌われるだけだよ。好きなら、ちゃんと言わないと」

「……うるさいな」


 拗ねたように口元を尖らせるチェシェ猫。

 自分の気持ちを隠すようにいつもニコニコと彼は笑っていたが、彼にも感情というものが存在した。だけどそれを人に伝えるのが苦手なのだ。


「いいんだよ僕は嫌われて。マウスを一番可愛いと思えるのは、アリスと一緒にいる時だ」


 特に好意を抱く相手に、自分の気持ちを伝えるのが。相手を前にすると、小さい子供のように意地悪をしてしまう。


「というわけで、アリスには赤の国に戻って来てもらわないといけないから、僕が助けてあげる」

「いや、いいよ……」


 予想外の返答だったのか、チェシャ猫は大きく目を見開き、乾いた声で笑った。


「まさか、アリスがドMだったなんて……」

「そういうわけじゃないよ」

「じゃあなんでさ!このままじゃアリスは白の女王に殺される!こんな状態みて僕だってわかるさ、いつもより異常だよ!」


 息を荒げながら必死にチェシャ猫はそう言った。

 いつもはヘラヘラして、笑顔を見せない彼がこんなに必死に、激しく言葉を発するのは初めてだった。


「心配してくれてるんだね」

「当たり前だよ……本人にバレてないとはいえ、マーチとかハッターには気持ちの相談はできない。それ以上に、マウスの悲しい顔はもう見たくない」

「……別に死のうってわけじゃやないよ。もう少しすれば、赤の女王がくる。多分、私がいないことには気づいてるだろうしね」

「それまで耐えるっていうの?さっき泣いてたのに」

「うん。大丈夫だよ……私は化け物だから、簡単には死なない」

「……強がりだね」


 ぐっと下唇を強く噛み、両手の拳に力を込め、チェシャ猫は胸の奥からこみ上げてくる感情を押さえ込んだ。


「チェシャ、一つお願いがあるの」

「……なに、僕にできることなら聞いてあげるよ」


 俯いた顔をあげれば、チェシャ猫はいつものようにニコニコと笑っていた。それでも、まだわずかに顔が引きつっていた。


「         」


 暗がりの中、灯る蝋燭の光が二人の横顔を照らす。

 吊るされたアリスにお願いを聞くと、チェシャ猫はニヤリと笑みを浮かべて頷いた。


「仕方ないなぁ。友人である、アリスの頼みだから聞いてあげるよ」

「ありがとうチェシャ」

「……死なないでね、アリス」


 呟くように、少しだけ苦しそうな表情を浮かべながら、チェシャ猫はその場から煙のように姿を消した。


「……死ねないよ、こんなところで」


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