34話
戦が終わり、自国へと引き返したトランプ兵たち。
重傷者、軽傷者、防具や武器が破損した兵たちは、それぞれ治療したり武器を整えたりと次の戦の準備を開始する。
これで終わりではない。終わらせるために、今から敵国へと攻め込むのだ。
女王もいつもより王らしく、それぞれの部隊長に指揮をとっていた。その様子を見て、新入りの兵たちは驚いたり、小さな声で「女王っぽい」と謎の言葉を呟いていた。
「ん? アリスはどうした」
ふと、女王は側にアリスがいないことに気づいた。
戦争が終わった後、どれだけ長く戦場にいようと、すぐに戻ってくるはずの彼女が、今自分のそばにいない。
「いえ、私は見ていません」
「引く前に、戦場にいるのは確認しましたが……」
「戻るところは私も見ていません」
「まさか……」
嫌な予感がした。女王の顔から血の気が引いていく。
兵士たちの顔からも血の気が引いていく。その場にいる全員が、誰か知らないかと慌てて話をする。
テーブルに手をつき、その下にある地図を強く強く握り、くしゃくしゃと握りつぶしていく。
「陛下!急遽ご報告が!」
そんな不穏な空気の中、一人の兵士が敬礼をしながら慌ただしく入ってき、その場にいる全員の視線を集めた。
「なんじゃ……大したことのない報告なら、お主の首をはねるぞ」
ぎろりと睨まれた瞬間、その兵は死を覚悟した。全身を恐怖が駆け抜け、ただ睨まれただけなのに体はガタガタと震え、穴という穴から脂汗が溢れ出てくる。
「アリス様が敵兵に連れ去られるのを、一人の兵が目撃したらしく」
「アリス様が!?」
「そんな、あれほどの方が……」
「いったい誰が……」
「……その兵は、その様子をただただほうけて見てたというのか」
テーブル破壊しそうになるほど強く叩きつけながら、女王は優しい言葉で尋ねる。だがその言葉に重く、激しい怒りが込められているのは、投げかけられた本人も、周りにいた兵士たちも感じ取っていた。
「相手が、相手だったらしく……」
「……誰じゃ」
兵はゴクリと唾を飲みこみ震えながらその人物の名前を口にした。
「純白の甲冑……ホワイトナイトだったと」
「ホワイトナイト、じゃと……」
大きく目を見開き、そのままゆっくりと俯く女王。そして、強く奥歯を噛み締め、再び地図を握りしめた。
頭の中に浮かぶその人物に怒りがこみ上げくる。
「やってくれたのぉ……白の女王……」
ホワイトナイトは白の女王の命令しか聞かない。そんな人物が意味もなく、自分の意思でアリスを連れ去るわけがない。
「人形の分際で、よくも妾のアリスを……」
赤の女王は、白の女王がハンプティに執着していることを知っていた。だから、半年以上も彼が自分じゃない相手と一緒に暮らしていたことに嫉妬を抱くことも予想できていた。
いつか、アリスを捕まえようとするのは女王も可能性の一つとして頭の片隅に入れていたが、まさかこのタイミングではと思ってなかった。
「如何なさいますか、女王様」
「アリス様がいない状態で敵国を攻めるのは……」
「……問題ない」
間をあけて、女王は呟くように言うと、その場にいる兵をみる。だが、彼らは全員女王の表情を見た瞬間、心臓を掴まれたかのような息苦しさを感じた。
「アリスがいなくとも、白の国の兵の数は少ない。今日の戦でそれが明らかとなった。アリスがいなくても、いまの戦力で充分足りるじゃろう」
声は冷静。しかし、浮かべた表情は怒りで酷く歪んでいて、今にも目の前の兵士の首を刎ねそうな殺意を放っていた。
テーブルを勢いよく叩き、女王は殴りつけるように兵士に命令を下す。
「30分で戦の準備をせよ!遅刻は許さぬ!今日中に、白の国を攻め落とすぞ!」
「「はっ!」」
兵たちは返事をすると、そのままその場を後にした。
一人になった女王は、椅子に腰を下ろすと、じっと遠くにある白の国を見つめる。
「妾を怒らせるとどうなるか思い知れ……馬鹿げた嫉妬で、アリスを連れ去るなど……タダではすませんぞ」




