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未来視軍師と紅の剣姫  作者: 暁紅桜
《三章(繋がれた鎖)》
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29話

 ハンプティ・ダンプティの両親は、幼い頃に流行り病で亡くなってしまった。

 身寄りのない彼は、そのまま白の国の領土内にあるいくつかの教会の内、東の端にある小さな教会に引き取られ、生活することとなった。


「やぁハンプティ。今日からよろしくお願いしますね」


 教会の神父が親代わりとなり、大層ハンプティを可愛がった。

 もともとこの教会にいる子供の数は他の場所よりも少なく、その分教会内の絆も深い。子供達は本当の兄妹弟きょうだいのように仲が良く、神父は彼らの本当の父親のように優しかった。


「神父様!」

「どうしました、ハンプティ」

「先程、シスターと街に行ってきて。これを、神父様にお渡ししたくて」

「おや、ブレスレットですか」

「はい。神父様には日頃、お世話になってますから」


 幼いハンプティも、神父にはとてもよく懐いていた。

 しかし時々、女神像の前で思いふけったような表情を浮かべることが多々あった。シスターも、子供達も、そして神父も、そのことには気づいていた。


「ハンプティ」

「……神父様」

「こんなところで何をしているのですか?」

「……神父様、実は……」


 わずかに躊躇いながらも、ハンプティは神父に、誰にも言えないある秘密のことを話した。

 ハンプティには生まれながら、ある特殊な力を持っていた。それは、”人の未来”を視る力。所謂《未来視》と呼ばれるものだった。視界に入った者の未来、その全てを見ることが可能で、力のことは両親にしか話したことがなかった。

 ハンプティがもともと暮らしていた場所は田舎で、人の数も少なかったおかげで力もあまり発動しなかった。しかし、人が多く、不慣れな城下町では力が無意識に発動してしまい、幼いハンプティにはあまりにも負担が大きすぎた。

 表面上ではにっこりと笑みを浮かべて、普通に振る舞っているが、その負担を軽減させるために、夜な夜なこの静かな教会で、詰まった未来の重なりを浄化していた。


「大変でしたね」


 話を聞いた神父は、優しくハンプティを抱きしめる。

 体全体に感じる彼の温もりに自然と肩の荷が下りたように気持ちが落ち着いた。


「……神父、様……」

「気付いてあげられなくてすみません。そういう事情があったなんて……」

「いえ、俺も言えなくて……こんなこと、信じてもらえないと思って」

「おかしな事を言いますね。ここは《ワンダーランド》。ありとあらゆる“不思議”が当たり前の世界ですよ。不安にならなくても、そのような力も当然存在します」


 優しく笑みを浮かべる神父の顔を見て、ハンプティは話して良かったと、少し恥ずかしそうにしながら笑みを浮かべた。


「ハンプティ、ひとつお聞きしてもいいですか?」

「はい、なんですか?」

「貴方はその力が嫌いですか?」


 突然の神父の問いかけに、ハンプティは首をふった。

 確かにこの力で辛いことは幾度もあった。でも、同じくらいだれかを助けた力だった。両親も、流行病にかかるまでに何度も危ないことに巻き込まれそうになった。だけど、この力で何度も最悪の未来を回避することができた。


「いえ」

「そうですか。なら、貴方に一つお願いがあるのです」

「お願い、ですか?」

「えぇ。貴方のその力で、人々を助けるのです」


 言われている意味がわからなかった。だけど、この力がだれかの役に立つというのであれば、ハンプティにとってはこれ以上ない喜びだった。

 だけどそれは、とんだ勘違いだった。


アポスト化身ルス様。我々をお導きください」

「…………」


 ハンプティがやらされたのは、確かに未来視の力を使って人々を助けるというものだった。しかし、それは言葉以上に汚いものだった。


「ハンプティ、教えて差し上げなさい」

「……はい」


 ハンプティは《神の化身》とされ、神のお告げという名で信者たちにこれから起きる未来を伝える。しかし、その信者達は皆、神父に多額のお金を渡していた。

 神のお告げを聞く代わりに、金を出せということらしい。

 最初はそんなこと知らずにただただ信者達に未来を告げていた。だが、身なりがいいことに気づき、シスター達に訪ねた初めてハンプティは真相を知った。


「なぜですか神父様!」

「何を怒っているのですか?」

「お金なんていらない。望むなら、誰の未来だって視る。信者からお金を取るのをやめてください!!」

「わかってないですねハンプティ。お金が入ればこの教会はもっと大きくなり、他の子供達だって美味しいものをおなかいっぱい食べれます」

「そんな汚いお金で得た幸福なんていりません!やめないというのなら、俺ももう未来を視たりなどしません!」

 

 その時、頬に激しい痛みを感じ、ハンプティはそのまま地面に倒れた。何が起きたかわからず、痛みを感じる頬に触れながら神父を見上げた。

 彼の顔は、今まで見たことがないほどに歪み、冷たい目を向けていた。それを見た瞬間、恐怖が体中を駆け巡り、そのまま全く動けなくなってしまった。


「ハンプティ、君は賢い子です。ここを追い出された君に、行くところはあるのですか?」

「それ、は……」

「私のいう事を聞いていれば、住む場所も食事も君に与えます。君はただ信者達の未来を視るだけ。君が苦しむ必要はないのですよ」

「でも、俺は……」


 ハンプティに目線を合わせるように膝をつき、神父はそのまま叩いた頬に触れるが、その表情は笑っているのにひどく歪んで見えた。体がすくみ、カタカタと震えが止まらない。


「今までの恩を仇で返すのですか?」


 悪魔だ。ハンプティは目の前の男が自分の知っている神父とは思えなかった。まるで、悪魔に取り憑かれたかのように、人格が変わっていた。

 

「ハンプティ、わかりましたか?」

「……はい」


 ハンプティは逆らうことができず、神父のいう事を聞くことにした。


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