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未来視軍師と紅の剣姫  作者: 暁紅桜
一章《平穏と焦燥》
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2話

桜蘭スリジエには村だけが存在し、国というものが存在しない。領主もおらず、各村にも村長という人物もいない。ここには、誰一人として治める者は存在しないのだ。

 その理由は、この領土が《神の土地サンクチュリア》とされているからであった。

 この世界を作り上げた神。その神が住んでいた場所がここ、桜蘭スリジエ。その為、赤の国も白の国も、昔からこの場所だけは領土として手に入れてはいけないという決まりがあった。桜蘭スリジエを領土にするということは、神への反逆へとされており、昔より災いが起きるといわれていた。

 桜蘭スリジエのとある村の老婆は口にした。かつて赤の国が決まりを破ったことがあったと。その時、天が砕け、神と多くの使いが地上に降り立ち、世界を作り替えたと。

 それが事実かは、その光景を見た者がいないために、信じることはできない。だが、不思議が当たり前とされているこの世界は、確かに考えてみればおかしいのかもしれない。もしかしたら、本当に神様が世界を作り変えて、不思議が当たり前の今の世界にしたのかもしれない。

 そのような伝承、言い伝えがいまでも浸透していることから、人々は移り住み、共に生活をおくっている。

 領土に来たどちらかの国の者は、各村の人々や一緒に作ろうと誘いあい、一から全てを作り上げていく。

 交流も、村の中だけではなく、大工作業ができるものが村にいなければ、他の村の者に手伝ってもらうなど、お互いに助けあっている。


「「アイリスおねぇーちゃーん」」


 食事を終えて洗濯物を干していたアリスは、声が聞こえて振り返った。

 小さな男女の子供が仲良く手を繋ぎ、空いた片手を大きく振りながらこちらへとやってくる。

 アリスたちの家は湖の上にあるため、村人たちは協力して作った橋を利用して彼女たちの家へとやってくる。頑丈に作られてはいるものの、整備を一度も行っていないために至るところが腐っていたり、場所によっては床が抜けたりしていて危険だった。子供達は、足元に注意しながら橋を渡り、陸地に着けば、互いに顔を見合わせて勢いよくアリスの元へと走って来た。


「おはようカストル、ポルクス。今日も元気だね」

「元気だよ」

「朝、ちゃんと起きれた」

「それは偉いね。ハ……オーウムさんにも見習って欲しい」


 二人と目線を合わせ、アリスは優しく頭を撫でてあげた。嬉しそうに目を閉じて笑う二人に愛おしさを感じて、彼女はそのまま抱きしめた。


「おねぇちゃん。ジャックは?」

「今日ジャックいないの?」

「そういえば、ご飯の後から見てないな」


 三人は、辺りをキョロキョロしながらジャックを探す。すると、湖から勢い良く水しぶきが上がり、必然的にそちらへと目を向ける。


「みてみてお魚捕まえた。お昼これ食べたい」


  自分よりも2回り以上大きな魚を咥えながら、嬉しそうにニコニコと笑うジャック。

 アリスに褒めてもらおうと、魚を地面に置いて彼女の元に駆け寄ろうとするが、アリスの手はカストルとポルクスを抱きしめ塞がっており、望んでいたことができなさそうで、ジャックはしょんぼりしながら側による。


「ジャックだ!」

「ジャックだぁ!」


 二人はそのままジャックの元に駆け寄り、アリスの腕の中からするりと抜け出てくる。


「えっ、あ?」


 左右を二人に挟まれ、あたふたするジャック。ジリジリとカストルとポルクスは近づき、そのまま勢い良く彼を抱きしめた。

 悲鳴をあげ、必死に抵抗するジャック。まるで動物を愛玩するように二人は彼を可愛がる。アリスに助けを求めるが、その微笑ましい光景に見惚れており、何度声をかけても助けてはもらえなかった。


「すみません、騒がしくして」


 少し遅れて橋を渡って来た女性がアリスの側に歩み寄って来た。

 髪の色はカストルと同じで、瞳はポルクスと同じ色。アリスにとっては知り合いで、二人の母親である女性。


「いいんですよ。たまにこうやってこちらにきてくれると嬉しいです」

「あの子たち、毎日のように会いたいと口にするんですよ。貴女をすごく気に入ってるみたいで」

「……ありがとうございます」


 どこか寂しそうな表情を一瞬浮かべた後、アリスはにっこりと笑みを浮かべる。


「それで、どうかされたんですか?」

「そうそう。今朝シュガリを取ってきたの。アイリスさんにお裾分けです」

「わぁ、カゴいっぱいに。ありがとうございます」

「オーウムさんも、確か好きだったでしょ」

「はい。なのできっと喜びます」


 会話の端、未だ聴こえるジャックの悲鳴。視界の端に、二人に追いかけられる彼の姿が見える。

 ここでの暮らしはもう半年が経つ。領土の外の話は全く入ってこない。入ってくるのは、領土内で起きることばかりだった。内容も殺伐したモノではない。どこかの村の男女が結婚した。どこかの村の旦那さんが屋根から落ちた。どこかの村の子供達が、各村で歌を披露している。そんな、平和的なものばかり。


「それじゃあ、私たちはこれで」

「おねぇちゃんバイバーイ」

「ジャック、また遊ぼうね」


 去っていく親子に手を振りながらアリスは彼女たちを見送った。足元には、息絶え絶えのジャックがすり寄っており、アリスは彼の頭を撫でてあげた。


「つかれたぁ」

「お疲れ様」

「思わずアリスって言いそうになった」

「うん……シュガリ貰ったから、今日はおやつ作るね」

「やったぁ」


 嬉しそうに翼を広げ、ジャックは再び勢いよく湖の中に戻っていった。

 楽しそうに水遊びをし始めるジャックの姿を遠目で見て、アリスがカゴを抱えて家の中に戻っていった。


「誰か来てたのか?」


 いつの間にかお湯を沸かし、珈琲を口に運んでいたハンプティ。寝起きにあった寝癖はなくなり、身だしなみもしっかり整っていた。


「マリアさんが来てたんです。シュガリをおすそ分けしてくださって」

「おっ、それはいい。最近甘いものはご無沙汰だったからな」


 アリスはテーブルの横をすり抜け、台所へと足を運び、何を作るか少し考えた。

 ジャムにするか、パイにするか。久々の甘いもので、どちらも魅力的に感じてしまう。


「綺麗な赤だな」


 スッと後ろから手が伸びて来て、シュガリを一粒手にする。そのままアリスの視覚へと消えていき、その犯人は彼女を後ろから抱きしめた。


「あぁ、甘い」

「勝手に食べないでください」

「んっ、先に食べたかった?」

「そういう、意味じゃ、んぐっ!!」


 再び後ろから伸びてきた手はシュガリを一粒取ると、そのままアリスの口の中に押し込んだ。


「美味しい?」


 耳元で囁くようにハンプティは尋ね、俯きながら口元をモグモグするアリスは、小さく首を縦に振った。


「何作るんだ?」

「悩みましたけど、折角なら……」


 ずっと悩んでいた二択。アリスは一粒食べてどちらにするが心の中で決定していた。少しだけ胸をはるように、選んだ方を口にする。


「「パイ」」


 言葉が重なり、それと同時に抱きしめる力が強くなる。ゆっくりと振り返った先には満足そうなハンプティの顔。彼の視界には、不機嫌そうなアリスの顔があった。


「どうでもいい未来を視ないでください」

「今の楽しみはこういうの。だから怒んな」

「もう離れてください。構ってる暇はないんです」


 体を振りほどき、アリスはそのまま戸棚へと足を運び、一番上にあるものを取ろうとした。だけど、手が届かず、背伸びをしたり、軽く飛んだりして必死に取ろうとする。


「アリス」

「何……ですか……ぅ……」

「何かいうことは?」


 ストンっと、取るのをやめて振り返れば、笑みを浮かべるハンプティの姿。まるでアリスが答えを言うのを待ってるように、じっと彼女を見つめる。それが腹立たしくて、ムッとした表情を浮かべながらアリスは戸棚の方を向いた。


「……い」

「ん?」

「手伝ってください!……んひゃ!」


 不意に体がふわっと持ち上がり、一瞬戸惑いはしたが、すぐに戸棚のものに手を伸ばし、自分の方に引き寄せる。


「もう降ろしていいですよ」


 しかし、ハンプティは一向に降ろさなかった。アリスはその行動に「またか」と小さく呟き、彼の手に触れる。


「ハンプティさん」

「えっ、あぁ……悪い」


 ゆっくりと床に降ろされると、アリスはそのまま何事もなかったかのように作業を始める。

 ハンプティはその後ろ姿を見つめ、ゆっくり手を伸ばすが、すぐにその手を引っ込める。


「なぁアリス」

「なんですか」

「散歩に行かないか」


 不意に手が止まり、アリスはハンプティの方を振り返る。

 彼はそっと彼女に手を差しのべる。その姿はあの日と同じだった。

 大雨の戦場。二人の出会いの場所。二人が戦場から逃げ出す瞬間の光景。

 アリスはそれを拒むことができなかった。ゆっくりとその手を握れば、彼は満足そうな笑みを浮かべ、彼女の手を引いていった。


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