26話
白の国を攻め落とす戦争が行われる前日、アリスは城を抜け出し、城外にある森へと足を運んだ。
森の中を進んでいくと、道中で草木や鳥たち、動物たちがあいさつをする。中には驚いている者もいた。
人為的に作られた道を進み、終着点に着くとアリスは足を止めた。
「アリスっ!」
そこは、【帽子屋のお茶会】の会場。長テーブルに白いテーブルクロスが敷かれ、その上には綺麗な赤いバラと、たくさんのお菓子と紅茶が並べられている。鼻をくすぐる甘い香り。そして、テーブルを囲んでいる友人たち。
「アリス、アリス……心配したんだよ……もう、会えないかと思った……」
「マウス……」
小柄なネズミ耳に尻尾の生えた少女、マウスは誰よりも早く駆け出し、勢い良くアリスを抱きしめて頬ずりをする。目からボロボロと涙を流し、何度も何度も鼻をすする。
心配をかけて申し訳ないという気持ちもあったが、そんな彼女の様子を見て、少しだけ羨ましいとも思った。
「明日、最後の戦争になるかもだから、その前にこようと思って。ごめんね、今まで来れなくて」
「いいんだよ。またこうやって、アリスがここに来てくれて」
「ふふっ、アリスくるとマウスがニコニコしてくれて嬉しいな」
「それな。もっといちゃつけ……ハグでもいい、できればキス!」
マウスに手を引かれ、テーブルの近くに行くが、アリスは彼の姿を見て足を止めた。
「やぁアリス、いらっしゃい」
いつも通り、優しい笑みを浮かべるハッター。だけど、アリスの顔は歪む。
どうして、そんな風にいつも通りでいられるのか。罪悪感も何もない、謝罪の言葉もない。アリスには、彼の心が全く見えない。それに、少しだけ恐怖を感じる。
「どうしていつも通りなんですか」
「謝ってほしいんですか?だったら謝りますよ」
「そういうことを言ってるんじゃないんです……」
彼の後ろを通り過ぎ、アリスはマウスの隣の席に腰掛け、もぐもぐとお菓子を胃袋に詰め込んでいく。
「喧嘩でもしたのか?」
「別に、そういうわけじゃない……」
「連れ戻す際に少しばかり」
「ハッター、まさかアリスに怪我させたんじゃっ!」
マウスが勢い良くテーブルを叩き、前のめりでハッターに尋ねる。それに対し、アリスは無言。ハッターは苦笑を浮かべる。
「まぁまぁマウス。聞いたところで過去のことだし。せっかくアリスが来たんだし、いつも通りまったり過ごそうよ」
「ムッ、チェシャ猫がまともなこと言ってる……」
「珍しいな、お前がマウスをからかわないなんて」
「えぇー、マーチ酷いなぁ」
ニマニマとするマーチに対し、どこか怒ったように笑顔を浮かべるチェシャ猫。マウスは隣で黙々とお菓子を食べている。
半年ぶりに参加するお茶会は、何一つ変っていなかった。
「……美味しい」
「えへへっ。アリス、それ好きだよね」
「うん」
「じゃあパイも食べる?」
「……うん、ありがとう」
「あー……いい、いいわぁ」
女の子同士、はたから見れば姉妹のような二人は、仲良くお茶をする。その光景を、真正面から幸せそうに見つめるマーチ。この様子も、何一つ変わっていない。
半年前と同じ、戦場のことを忘れられる幸せなひと時。
「あははっ、マウス口の周りにお菓子いっぱいついてるよ。子供だなぁー」
「ムッ、子供じゃないもん。チェシャあっちいって!」
またチェシャ猫がからかい、マウスが怒る。その光景もいつも通りだ。
「マーチ」
「ん?」
「チェシャは、まだ……」
「半年じゃ変わらないって。それに、マウスがそれどころじゃなかったし。わかってるだろ」
「……そうだね」
「アリス、お茶のおかわりどうぞ」
騒がしさは、ハンプティたちと暮らしていた時よりも賑やかで、少しだけ楽しい気もする。
だけど今ここで感じる幸福は、あの時とは違う。
「アリス?」
違う、この声じゃない。そう思うと、頭の中にハンプティの声が響く。彼に触れられたところが、ひどく暑く感じてしまう。
「どうしたの?体調悪いの?」
「……なんでもないよ」
心配そうに見上げてくるマウスにぎこちない笑みを浮かべて、アリスは紅茶を一口飲む。口に広がる甘さが、ひどく感情を高ぶらせる。
彼の声が聞きたい、彼に触れられたい。遠くにいるハンプティを、もう二度と会うことはない彼を、不思議と求めてしまう。
ドキドキと心臓が痛いくらい疼く。今までに感じたことのない感情。これに名前はあるのだろうかと、アリスは考えた。
頭の中で、今まで読んだ本の知識の中からその感情と合致する言葉を探した。
酷く脳が糖分を求め、手の届く範囲のお菓子を夢中で食べ進めていく。
「ア、アリス?」
「すごい食ってる……」
どれだどれだと探り探りではめていく。
(あっ……)
不意に手が止まる。その言葉と感情が、ピッタリとハマったからだ。その感情は、書庫にあった誰かが書いた恋愛小説の一文にあった言葉。
--------- “愛”




