25話
ガチャガチャと激しい音が聞こえ、アリスは閉じていた瞼をゆっくりと開いていった。薄暗い地下室の様子が目に入り、アリスはその時やっと夢を見ていたのだと気づいた。
出入り口から入って来た兵士がゆっくりと近づいて来て、アリスの拘束を解く。どういうことだと思って彼を見るが、兵士はそのまま牢屋を出ていってしまい、代わりにゆっくりと外にいたスノーが近づいてきて、軽く頭を下げた。
「女王陛下がお待ちです」
お風呂に入り、身だしなみを整え、半年前の姿に戻ったアリスはスノーに連れられて、女王の待つバルコニーに足を運んだ。
「待ちかねたぞ、アリス」
少しだけ外が騒がしく、一瞬女王から目線をそらした。十数人という人間ではない。数百という人間の声が広場から聴こえた。
「久しいのう、この姿のアリスは」
「……何をなさるおつもりですか?」
「見ていればわかる。そろそろ、この戦争にも終止符を打たなければならんからのう」
不敵な笑みを浮かべながら、女王はゆっくりとバルコニーの奥へと進み、広場に集まる民衆の前に姿を表す。アリスも、一歩下がった位置に立ち、集まった彼ら彼女らの姿を目に入れる。
「ぁ……」
多くの民衆の中、アリスの視界に自分を捨てた父と姉の姿が写った。
結局あの日から彼らに会いに行ってはいない。行く事も出来たが、二人のことを思い出した時には、すでに彼女は【紅の剣姫】と呼ばれており、家族の愛情を求めるような感情はなかった。
「聴け、民衆よ!」
女王の声があたり一帯に響き渡ると、先ほどまで騒がしかった声が、一気に静まり返る。
彼女に目を奪われているというよりも、ここで喋ってしまったら首を飛ばされるという恐怖から、民衆は緊張しながら女王に目を向けていた。
「長らく行われた【紅白戦争】。優秀な兵たちのおかげで、今や我々の勝率は群を抜いて高い!」
内心、一部の兵士は思った。それは、アリスがいたから。それは、白の国の軍師であるハンプティがいないから。理由をあげれば腐る程出てくる。決して、女王が胸を張るようなこと、我が物顔でいうような誇らしいことではない。
「そこで、この戦争に終止符を打つため、次の次の戦争で我々赤の国は白の国に攻め入ることにした!!」
その発言は、女王以外の全員が驚いた。とっさの思いつきか、それとも前々から考えていたのかは、口にした本人以外にはわからなかった。
「詳しい作戦は後日兵士たちに通達する。しかし、我々が勝利を収めれば、赤の国の領土は広がり、国民たちに今以上の豊かな暮らしを与えることを約束しよう!」
民衆は歓声をあげる。各々心の中で思っていることは多々あるだろう。しかし、女王にさえ逆らわなければ、この国では裕福に、幸福に暮らすことができる。
「民衆よ。勝利の知らせを心して待つがよい」
ニンマリと笑みを浮かべると、女王はその場を後にする。アリスも彼女に続き、春コニーを後にして女王の後ろをついて行く。
「次ではないのですか?」
二人っきりの廊下で、アリスは尋ねる。
足を止め、振り返った女王は窓に背を預けた。
「次までは白の戦力を落とすのに専念してもらう。あちらは今や人員不足。戦場に出ているのは、税金が払えずにいる一般人じゃ」
「……そうですか」
「主には次の戦場に出てもらい、戦力を大幅に削いでもらうぞ」
ゆっくりとアリスに近づいた女王は、恍惚とした表情でアリスの頬を撫でる。
「お主がどうして今生きておるのか、誰のおかげなのか、わかっておるじゃろ?」
「……はい」
「うぬ。良い働きを期待しておるぞ」
女王はそのまま廊下を進んで行く。一人残されたアリスは、その場にしばらくの間、ただただ立ち尽くしていた。
*
戦場には悲鳴が響き渡り、地面に多くのチェス兵の死体が転がっている。
女王の命で、勝利は当然、多くのチェス兵を殺すように言いつけられていた。今回の戦争でどれだけ敵兵を殺せるかで、次の戦の勝率が変わってくる。
逃げ惑う兵士をアリスは殺してまわる。彼女の姿をみるなり、彼らは情けなく悲鳴をあげて逃げ惑う。当然だ。目の前にいるのは、赤の国の最強の兵士。そして自分たちは最近まで戦闘経験のない一般人だったのだから、死にたくないに決まっている。
「やっぱり出てきたか!」
嬉々として聞こえた声に、アリスは振り返る。
そこには先日、桜蘭で対面した白の国の兵士、ライオネルとユニーア。ライオネルは恍惚とした表情を浮かべ、ユニーアは鼻血を流しながらずり下がったメガネをあげ直した。
「ははっ。あの時は色々と条件があったから本気で殺れなかったけど、またあんたと戦場で殺し合いができて嬉しいぜ」
「……うるさいな」
ボソリと呟いたアリスは、ゆるりと体を動かす。
一瞬。瞬きをしたときには、すでに目の前にアリスの姿があった。
「っ!」
「ライオネル!」
アリスの重い拳がえぐるようにライオネルの腹に入り、そのまま後方へと飛ばされ、すかさず体をひねったアリスはユニーアの頭に重い蹴りを入れて地面に叩きつけた。
痛みに顔を上げる二人。しかし、肌に感じた殺気に思わず身がすくんでしまった。
「マジか……」
森でやりあった時とは違う圧倒的な戦闘力と殺気。ハッターの放ったものとはまた違った、静かなのに冷たくて、触れるとそのまま命を奪われてしまいそうな感覚。
地に這いつくばる二人に剣を向けるアリスの目には何一つ感情はなかった。




