24話
ハッターに連れられ、アリスは城外の森の中へと足を運んだ。
まだ貧民街と城内以外の場所のことをよくわかってないアリスは、彼の後を恐る恐るついて行きながら、あたりをキョロキョロする。
道中、草花や動物、甲虫たちがハッターに気軽に声をかけたり、アリスの姿を見て挨拶をしたりしてきた。
「ここですよ」
そう言われて彼の後ろからその先の光景を覗き込む。
少しだけひらけた場所。長テーブルに白のテーブルクロスが敷かれ、その上には綺麗な赤いバラが生けられた花瓶、そしてたくさんのお菓子が並べられている。
「こちらへどうぞ」
いつの間にか席についているハッターに呼ばれ、アリスも彼の近くの席に腰を下ろす。
城内でもあまりお目にかかれないほど、テーブルを覆うほどのケーキの数。アリスはあまり表情にはでしていないが、目をキラキラと輝かせてそれらを見つめている。
「どうぞ」
ハッターがアリスの前に出したのは真っ赤な紅茶だった。じっと水面に映る自分の姿に目を向けたあと、恐る恐るそれを口に運ぶ。
「美味しい……」
「気に入ってもらえたようで嬉しいです。お菓子は自由に食べて大丈夫ですよ」
テーブルに広がるケーキ。アリスは目の前にあるカップケーキに手を伸ばし、もぐもぐと口に運ぶ。あっという間に一つを完食すると、もう一つ、もう一つと手が伸びていく。
「すみません、アリス。一応上官という立場なので、あのように手荒い真似をしてしまいました」
「……ハッターさんは、女王様と仲が悪いんですか?」
「えぇ。あの方は強欲で傲慢です。そのせいで、あんなくだらない戦争が開始されてしまいました」
「戦争……」
「私は、ここで楽しくお茶をしたいんです。友人たちを誘って、おかしく、楽しくね」
ハッターは目の前に置かれたクッキーに手を伸ばすと、それを一口でたえらげる。アリスもクッキーに手を伸ばし、彼と同じように一口で食べる。
「女王に、戦場を去る条件として、君の教育係を任されたんです。せめて、私の代わり以上の戦力になるように育てろと」
だから甘やかしたり、手加減するわけにはいかないとハッターは苦笑する。話を聞きながらも、アリスは黙々とお菓子をたえらげていく。しかし、不意に手が止まり、手にしていたシュガリのパイをお皿の上においた。
「ハッターさんの事情はわかりました。私も、自分の力に自惚れてました……私は、戦争に勝つための道具でしかありません。そのために私は人をやめました。ちゃんと、自分の役割を果たすつもりです。だけど……」
皿の上においたパイを再び手に取ると、そのまま口の中に勢いよく押し込んで、ハッターの方を向く。
「たまに、このお茶会に参加してもいいですか?」
口元をパイで汚しながら、彼女は感情のない表情でそう尋ねる。それに対し、ハッターはにっこりと笑みを浮かべながら、彼女の口元を拭いた。
「もちろんですよ、アリス」
*
ハッターとの日々の訓練により、アリスは着々と戦場に出る準備を整えていた。
「殺す手段は全て覚えておいて損はありません。剣や短剣、銃。どんな状態でも瞬時に対応できるように、使える武器の幅は広げる」
武器を握った時、体に少しだけゾワゾワとした感覚が走る。これを人に切りつけたり刺したりすれば死ぬ。引き金を引けば相手は動かなくなる。頭の中を死のイメージが駆け回る。
記念すべき初の戦場は、それから一ヶ月と経たないうちに訪れた。
「ひぃいいいいい!」
「たっ、助けてくれぇ!!」
剣を手に、アリスは戦場を駆け回る。
初めて殺した相手は、三十代後半のチェス兵だった。剣から伝わる肉をえぐる感覚。普通なら吐いてしまうかもしれないだろう状況に、アリスは眉ひとつ動かす、深く深く剣を差し込み、一気に引き抜いた。
「はぁ……はぁ……」
戦場を走るたびに剣をふるって敵兵を殺し、足元を自国と敵国の死体が転がっている。しかし、アリスはそんなことどうでもいい。気にしていられないというように、戦場をまるで踊るように走り回った。
戦場で人を殺すこと。それが、自分の役割。ここが自分の居場所。今この瞬間だけが、自分の存在価値を引きたてる。
何度も、何度も、戦争が開始されるたびにアリスは戦場を駆けていく。敵国の人間を殺し、返り血を浴び、自身を赤く染め上げながら。
「…………」
遠くから戦争終了の合図がなり、ピタリと動きを止めたアリス。引いていく敵国。死体から武器を奪う自国。その光景を、アリスはただ無感情に見つめ、心はどこか空っぽになったかのように無気力だった。
「シャワー浴びたいな……」
城に帰れば、女王はご機嫌でアリスを褒める。いつもいつも、他の兵士には聞けせないような甘い声で。
だが、初めてここに来た時とは打って変わり、今の彼女に感情というものは消えてしまっていた。瞳はどこか虚ろで、表情もどこか固く、まるで感情を持たない肉でできた人形のようだった。
「アリス、人であることを捨てるのじゃぞ。主はもう……まぎれもない化け物なのじゃから」
「……はい、女王陛下」
やがて、今のアリスの姿が当たり前となっていく。アリス自身も徐々に感情がわからなくなり、どうやって笑っていたのか、どうやって泣いていたのか、どうやって怒っていたのか。鏡を見ても、映るのは今の自分の姿だった。
まるで、知らないうちに感情だけが迷子になったかのように、記憶のどこを探してもその方法がわからなかった。
「……お菓子、食べたいな」




