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未来視軍師と紅の剣姫  作者: 暁紅桜
《三章(繋がれた鎖)》
24/56

21話

 赤の城の地下牢。

 そこから聞こえるのは、激しい鞭の音。

 いくつも並べられた牢屋の奥の奥。そこに鎖で吊るされたアリスは、目の前にいる赤の女王に激しく鞭を打たれていた。


「逃げ出したことへの罰!人間に戻ろうとしたことの罰!妾を裏切ったことへの罰!」


 激しい怒りに駆られた女王は、何度も何度もアリスに鞭を打ち付け、次から次へと彼女に罰を与え、体に痛みを植え付けていく。

 体中に痛々しく浮かべ上がる傷跡と痣。息絶え絶え、アリスはゆっくりと彼女に目を向ける。

 女王は鞭を打つ手を止めると、そのままアリスの首を掴み、俯いていた顔を上げさせる。


「なんじゃその目は……妾に逆らうつもりか……」

「……そんな、つもりは……ありません……」

「そうだな。お前には、戻る場所などもうどこにもない。お前の居場所は、戦場だけじゃ。幸福など、お前には与えられると思うな。自分の生まれた意味を理解しろ」


 言われるまでもない。アリスは内心そう呟いた。

 自国に戻ってきた時点で、アリスは女王に逆らうつもりはなかった。逃げ出すつもりも、なかった……。もう二度と、あそこに戻ることはできないとどこかで察していたからだ。


「……あぁ良い目だ。それでこそアリスじゃ。妾の、可愛い可愛いAエース……」


 陶酔した表情で、女王はゆっくりとアリスの頬を撫でる。そして、ゆっくりと抱きしめ、耳元で囁いた。


「妾からは、逃げられんぞ」


 脅しのような、呪いのような言葉。それは、いつどこにいても頭に中で再生される。

 見られているのではないか、近くにいるのではないか。それは、アリスを人間にさせないための、恐怖のろいの言葉。


あの時の感覚が、少しずつ蘇ってきて、アリスはまた……半年前の彼女に戻ろうとしていた。


「後は任せたぞ、スノー」

「はい」

「主はアリスを苦手にしているからのぉ……逃すとは思っておらぬが、もしもの場合は容赦せぬぞ」

「わかっています、女王様」


 牢屋の出入り口は固く閉ざされ、鍵は白髪に同じ色のうさ耳をつけた少年、スノーに渡される。

 女王はそのまま、付き添わせた兵士と共に地下牢を後にし、彼はそれを見送った。

 アリスのいる牢屋の向かい側に置かれた椅子に腰掛け、鎖で宙釣り状態になっているアリスを見つめる。


「痛いですか?」

「……うん」


 一目でわかる問いかけをスノーはアリスにし、それに対して怒ることもなく、彼女は力なく答える。


「女王様は、それだけあなたを大切にしてるんです。少しは自覚してください」

「……あの人は、実験の成功体だから……私を、大切にしてるだけだよ……」

「そうですよ。だから、自覚して欲しいんです」


 鉄格子を挟んで、アリスとスノーは会話をする。

 スノーはどこかアリスに対して緊張した表情を浮かべ、彼女は体中に感じる痛みと虚無感でぼーっとした意識の中で会話をする。


「外の暮らしは、楽しかったですか?」

「……んっ、楽しかった」

「どんな、感じでしたか?」

「……ここじゃ、味わえない……幸福があった」


 頭の中に、桜蘭スリジエでの生活の光景が浮かび上がる。

 足元に擦り寄るジャック。眠そうに部屋へとやってくるハンプティ。

 三人一緒に食卓を囲み、一緒の食事をする。

 普通の、当たり前のことが幸福を知らないアリスには、たまらなく暖かくて……。


「アリス……?」


 ポタポタと、アリスの目から涙が溢れこぼれだす。本人も自分が涙を流していることに気づいていなかったのか、スノーが指摘して初めて気がつき、そのまま顔をさっきよりも深く下げて見せないようにした。

 その様子にスノーは戸惑い、思わず駆け寄ろうとするが、鉄格子に手をかけようとした時、そのまま手を止め、再び椅子に戻った。

 最初はそれなりにスノーとアリスは言葉のキャッチボールを行った。しかし、日が経つにつれ、彼女の口数は減っていき、最終的には何も喋らなくなってしまった。


「それで、マウスとチェシャ猫が」

「……」

「その後ですね……」

「……」


 アリスが喋り続けなくなっても、スノーは鉄格子を挟んで彼女に喋りかけ続ける。しかし、やがてそれが苦痛になり、彼は奥歯を噛み締め、ポタポタと涙を溢れさせ始めた。


「ごめんなさい……ごめんなさいアリス……」


 両手で顔を覆い、体を震わせながら何度も何度もアリスに謝罪をする。

 しかし、鉄格子を挟んで向こう側にいるアリスには彼の言葉は届いてはいなかった。

 スノーはどこか怯えた表情を浮かべながら泣いていた。罪悪感に押し潰れさそうで、何度も嗚咽混じりの咳をする。


「僕は、あなたが苦手です……だけど、僕は……貴女を見るたびに、罪悪感で押しつぶされそうになる……これは“罰”なんです……僕が、貴女をそうさせてしまった事への、罰なんです……」


 地下牢に響き渡るスノーの鳴き声。

 辺りに灯された蝋燭の灯りがわずかに揺れ、涙を流しながら顔を上げたスノーの横顔を明るく灯した。


「あの日、貴女が僕を追いかけなければ、貴女は女王様と出会うこともなく、今こうして苦痛を感じることもなく、貧民街で孤独に死んで、どこかで生まれ変わって幸せに暮らしていたかもしれないのに……」


 俯き、スノーは再び顔を覆って泣き始める。

 無反応だったアリスは少しだけ顔を上げて、鉄格子で泣き続けるスノーの姿を見つめた。


(あぁそうだ……本当ならあの場所で、私は死んでいたはずだったんだ……)


 遠い過去のことを懐かしみながら、アリスはゆっくりと瞼を閉じ、久々に自身の幼少期の記憶……まだ、人間だった頃のことを思い出した。


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