14.5話
「…………」
「お久しぶりですね、ハンプティ・ダンプティ」
アリスがライオネルとユニーアと対面している頃、同じ森の中で、ハンプティとハッターは対面していた。
そこは、前にアリスと共に来た吹き抜けの花畑だった。
近くにいる草花は寒さのせいでガタガタと震えているが、関わらないようにと身を縮めていた。
「怖い顔をしないでくださいよ。戦場以外でお会いするのは初めてですね」
「アリスなら一緒じゃないぞ」
会話を楽しもうとするハッターだったが、それに反してハンプティは彼を睨みつけ、すぐに本題に入った。
彼の未来視の力でハッターがアリスを連れ戻しに来ていることは見えていた。彼と彼女を会わすわけにはいかないと思い、ハンプティは彼らがいる方へと姿を現した。
この先の未来は見えている。だが、先ほどのジャックの言葉を思い出す。
《何かがきっかけで未来が変わるかもしれない!》
ハンプティは決意を持ってここに立っていた。自分の身を犠牲にしてでも、彼をアリスに会わせてはいけないと。
「まぁ私がいることはわかっていたでしょうね、当然。ここに来たのは、私とアリスを会わせないためですか?」
「わかっているなら、答える必要はないだろ」
「おやおや。能力だけで軍師の地位にいる貴方が、私に勝てるとでも?」
「抗ってみせる。アリスのために」
懐から銃を取り出したハンプティは銃口をハッターに向ける。焦りや怒り。ハッターに敵意を向けるハンプティ。それに反して、彼は変わらず笑顔をハンプティに向け、控えている兵士たちに目を向ける。
「手出しはしないでくださいね」
「しかし……」
「問題ありません、すぐに済ませますから」
再びハンプティと目を合わせるハッター。互いに、自分からは動こうとしない。まるで時が止まったかのように静寂が空間を支配する。木葉の揺れる音だけが、嫌にはっきりと聞こえる。
「っ!」
先に動いたのはハッターだった。それを察知したハンプティは、すぐに彼の移動した方に銃口を向ける。それを何度も何度も繰り返すが、獣のように俊敏に動き回るハッター。徐々にハンプティがそれについていけなくなり始める。
「うぐっ!」
それからはあまりにも圧倒的だった。ハッターが何度も何度もハンプティに蹴る殴ると攻撃をする。ふらふらになりながらも、必死に抵抗しようとした。
「あまり、手洗いことはしたくないんですが……」
背後から感じた殺気に、身体中の警報が鳴り響き、すぐに振り返ろうとするが、それよりも先に彼の蹴りが頭に直撃し、ハンプティはそのまま雪の上に倒れこむ。
「ぐ……」
「随分とアリスにご執心のようですね。たった半年ともに生活しただけの貴方が」
倒れるハンプティのそばにより、地面に這いつくばる彼をハッターは見下ろす。その目はどこか冷たく、目の前の相手に一切の興味は抱いていないようだった。
「まぁ……な……この半年、いろいろ、あったしな……」
「その愛情を女王にも注いで差し上げれば、さぞお喜びになると思いますよ」
「ハッ……こっちの事情は知ってるってことか」
結果。予知通りになってしまったと、ハンプティは内心悔しがる。このままハンプティはハッターに引きづられ、アリスのいる場所へとたどり着く。そこで二人は対面し、自分が人質になって、そして二人は自国へと連れていかれる。
わかっていたことだ。それでも、きっと未来は変わると、どこかで期待していた。
「あの子はあなたのそばで平和に暮らすのではなく、戦場で戦い続ける必要があるのです」
「……あんたの代わりにか?」
ハンプティの発言に、今まで彼に興味を抱いていなかったハッターの表情が変わった。その少し驚いた表情に、ハンプティは苦痛を感じながらもニヤリと笑みを浮かべた。
「別に俺があんたを嫌ってるのは敵対国の人間だから、苦手な人間だからじゃない。お前が……アリスをあぁしたからだ!」
憎悪に満ちた瞳。それを見たハッターは小さな声で「そうですか」と呟いた。
「あなたも、こちらの事情をご存知のようですね」
「あいつは化け物じゃない。戦場が居場所なんて馬鹿げてる。あいつは人間で、普通の甘いものが好きな、ちょっと素直じゃない……俺の大事な……」
言葉の途中で、ハッターは勢いよくハンプティの頭を踏みつけた。
その行動はまるで、それから先の発言は許さないというような、苛立ちと怒りの行動だった。
「んっ、んぶっ!」
「あなたごときが、私の友人を語らないで頂きたい。彼女は、私の知ってる彼女は……あなたが知ってる彼女とは違う。私の知ってる彼女を消そうとしないでほしい」
ぐっと力を込め、どんどん雪の中に顔を押し込んでいく。
息ができず、ハンプティは地面でじたばたと暴れまわる。その度に地面の雪が辺りに散らばり、その下から白い小さな花が姿を現した。
「自国に戻れば、貴方は二度とアリスには会えないでしょう。あの白の女王のことです。貴方はずっと、部屋で監禁状態でしょうね。よかったですね、情熱的に愛してくれる方がいて」
ハッターはハンプティの頭を踏みつけたまま、彼の手にしている銃を回収し、銃口を彼へと向ける。
「アリスのことは忘れなさい。どうせ彼女も、貴方のことを忘れるのですから」
二発の銃声が響き渡り、それに驚いて鳥たちが空へと羽ばたく。
打ち出された弾丸はそのまま彼の背中と足に当たり、暴れていた体はピタリと止まり、ハンプティは力無く地面に倒れこんでいた。
「少しやりすぎでは?」
戦いが終わり、控えていた兵の一人がハッターにそう尋ねてきた。
振り返らず、兵に背を向けたまましばらく動かないハッター。しかし、しばらくすれば、くるりと振り返り、笑顔を浮かべる。
「仕方ありません、捕まえるには仕方がないことですから。それに、作戦の中には【生きたまま捕獲】となっていましたが、【無傷】とはなってませんでしたよね」
鋭い視線が白のチェス兵に向けられる。肌を刺すような視線に、無意識に背筋が伸び、礼儀正しく「はい」と大きな声で返事をした。その返しに満足したのか、ハッターはにっこりと笑みを浮かべ、地面に倒れるハンプティの襟首をつかむ。
「さて、私たちの目的の人物ではありませんでしたが……もしかしたらお二人の方にアリスがいるかもしれないので、探しましょうか」
ふうっと一息つくと、ハンプティを引きづりながら、ハッターは同行している兵たちと森の中を歩いていく。
道中、寒さに震える草花たちに話を聞きながら、別れた彼らを探し歩いた。
そしてようやくたどり着いたが、目に移るその光景に、ハッターは思わず笑みを浮かべてしまう。
息絶え絶えのライオネルとユニーア。地面には多くの兵士が血を流して倒れている。そして、それらの原因である人物は、血に濡れた剣を握り、目の前にいる二人に今にも切りかかりそうな勢いだった。
「ハッター様?」
ドキドキと心臓が激しく脈打つ。一歩、一歩と足が前に進んでいく。そして、声をかけずにはいられなかった。
「ずいぶん苦戦しているようですね」




