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未来視軍師と紅の剣姫  作者: 暁紅桜
二章《引き戻される死の匂い》
19/56

18話

「これ……」

「いきなり酷いですね」


 腹部を刺されたというのに、ハッターは苦しむ様子も口調も、変わらずアリスに声をかける。

 手に感じる感覚は確かに何かを刺したような感覚。だけど、それは戦場で感じる人体……人間の肉とは違うものだった。

 

「あぐっ!」


 頭の中でいろいろなことを考えている間に、ハッターの手がアリスの首を掴み、じわじわと力を込めていき、ゆっくりと地面から足が離れていく。

 もがき苦しみ、必死にハッターの手を離そうとするが、想像以上の力にどうすることもできなかった。


「友人に行うような行動ではありませんね……しかし、保険をかけておいて良かったです」


 刺され短剣を抜き取り、そのまま地面に投げ捨てると、ハッターは自身の服を捲りあげて傷がないことをアリスに確認させる。めくる際に何かが落ちるが、すでに自分が何を刺したのか、アリスは理解していた。


「シュ、ガリぃ……」

「えぇ、貴女が大好きな。逆側を刺されていたら流石に危なかったです」


 ぐっと手に力を込められ、アリスはもがき苦しむ。口から漏れるのは聞くに絶えない苦痛の声。呼吸がまともにできず、空中でただ無様にジタバタするだけ。徐々に意識も遠くなっていくが、それを引き戻すために下唇を噛み、痛みを脳に送る。


「あぁ、この声たまんない……もっと近くで見て聴きてぇ……」

「あのクリムゾン剣姫プリンセスが何もできずにただ抵抗するだけ……ふむっ、また戦場で冷静を保つための材料が」


 遠く、二人のやりとりを目にしながら歓喜の声をあげるライオネルとユニーア。

 その目はどこか歪んでおり、ライオネルは息絶え絶えに荒い呼吸をし、ユニーアはぼたぼたと鼻血を流していた。

 そんな二人のことなど眼中にないように、ハッターはただ目の前で苦しむアリスをじっと見ていた。


「さすがです、アリス……自分のために友人ですら殺す。そして今も、そうやって自分を傷つけてまで私に抗おうとしている」


 ハッターは口の端から流れる血を指で軽く拭き取り、小さなため息をこぼし、少し哀れむような表情を浮かべる。


「確かに貴女は飛んだ化け物だ。白の国の兵がそう簡単に勝てるような存在ではない」

「ぅ……ガァ、あ……ぁぐ……あっ、が」

「でもアリス、忘れてはいませんか?その化け物になりうる根本的な戦闘能力は誰が教えたのか……」


 トドメを刺すように、またグッと首を掴む。苦しみ、喘ぐ声が大きくなり、より一層暴れる動きが激しさを増していく。


「元上官に対する行いとは思えませんよ?」

「あっ……だ、ざぁ……」

「んっ、なんですか?」

「がれ、お……ごろざ……ない、で……」

「……それは、私の仕事ではありません。彼のことは、白の国がどうにかするでしょう」

「あの、じとは……あ、だじ、の……」


 それ以上喋らせないように、ハッターは強く力を込める。


「やっ、めろ……」


 意識を失っていたハンプティは、ゆっくりと体を起こしながらハッターに停止の声をあげる。しかし、ライオネルに強く踏みつけられ、また地面に伏せってしまう。

 彼の言葉など気にせずに、ハッターはそのまま首に指を食い込ませるように締めあげる。

 もがき苦しむアリス。血と唾液が混ざりあいながら地面にポタポタと流れていく。

 

 「すみません、アリス」


 深く、重い拳をねじ込むように腹部を殴られ、アリスはそのまま少し先へと勢い良く飛ばされる。

 雪の上で倒れこむアリスは、何度か激しく咳き込むと、徐々に意識がなくなり始め、

世界がぼやけ始める。


「ハ……プティ……さ……」

「ア、リス……ぅ」

 

 互いに薄れゆく意識の中手を伸ばし合い、手を取り合おうとする。

 もう一度その手を取りたくて、どんなに離れていても互いに伸ばして、別れ際に少しだけ名残惜しく感じた相手の手を取ろうとした。

 だけど、気持ちに反して体は限界を迎え、二人はほぼ同時に意識を失い、伸ばした手は虚しく、雪の上に落ちて行った。


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