16話
雪の上。転がる兵の死体など御構い無しに、踏みつけたり盾にしたりしながら二対一で戦闘を行う。
アリスが手にしている剣は、一般兵に持たされた大量生産型。一方ライオネルとユニーアの武器は、それぞれの特性に合わせたオーダーメイド。その性能は一目瞭然、既にアリスの手にした剣は三本以上が折れ、手にしている剣もボロボロになっている。
しかし、そんなもの関係ないという風貌で、息ひとつ上がっていないアリスと、楽しそうに笑みを浮かべているものの、息絶え絶えのライオネルとユニーア。
「半年も戦場を離れていたやつの動きじゃないぞ……」
「これが、紅の剣姫……」
「本物の化け物だ」
白く美しい雪は、いつの間にか足元を転がる死体の血で赤く染まっている。
まるで足元の小石でも踏むように、死体の上を通り、剣を片手に二人に近ずく。
「それだけの実力があんなのに、どうしてそんなにも戦場を離れたがる」
足元にいる自国の兵の頭を踏みつけた時、彼女はその足を止め、苦笑するライオネルに目を向ける。
苦し紛れの言葉の投げかけ。それでも、彼女が足を止めたことに彼は心の中でニヤリと笑みを浮かべる。
「あんたは戦場でしか生きられない。剣を交えて俺はずっと前からそれを知ってる。戦場でしかその存在の価値はない。それ以外で、あんたの価値はあるのか?」
手にした剣の柄をぐっと握りながら、アリスは言葉を飲み込む。必死にこみ上げて来る感情を抑え、黙ってそれを耳にする。
「あんたは俺と同じだ。戦場が、自分の居場所だ!」
「……貴方に、私の何がわかるというのですか」
手にした剣を翻し、刃先を下に向ければ、勢い良く死体の頭に突き刺し、そのまま頭を踏みつける。全体重が乗り、死体の頭蓋骨が中で砕け散る感触を足で感じる。
「貴方のいう通り、私は戦場でしか存在を認められない。だからこそ私は、その手をとった」
自分の与えられた場がひどく虚しく、乾いて、いつしか考えるようになった。
自分は過去を捨ててまで今を生きたかったのかと。こんなばかみたいな戦場に立つために、自分は自分を捨てたのかと。
「貴方たちはここで私が始末してあげます。例えもし、自国に連れ戻されてまた戦場に立つことになった時、貴方たちは邪魔になる」
自らが死体に突き刺した剣を引き抜き、そのまま白い雪上を踏みしめて剣を振るう。
(これでいい、これでいいんだ)
ライオネルとユニーアとの交戦中、アリスは気取られないように必死に立ち回る。
ここで彼らを足止めすれば、ハンプティやジャックは無事に洞窟にたどり着くことができる。最悪、自分が捕まっても、彼らが逃げ切れればそれでアリスにとっては十分いいことだった。
(ただ、願いを叶えてあげることができなかったのは少し寂しいな……)
どんな戦場でも、一度として笑みを浮かべたことのなかったアリスは、不意に優しいく微笑みを浮かべた。それを見て、ライオネルの動きが一瞬遅れる。その隙をつき、アリスは左から右に降った手を、瞬時に戻す。すると、一歩出遅れたライオネルの服を剣の先端が切りつけ、びりっという音を立てて服が破れてしまった。
「あっぶねぇ……」
「油断するなライオネル」
「悪い悪い、思わずな」
いつも通りの軽いノリ。しかし、内心では動揺を隠すことができない。少しでも気を緩めば殺される。彼女から伝わる殺意は本物で、戦争ではないと軽い考えで挑めば、簡単に頭は胴体と離れ離れになる。
「さすがに二人で紅の剣姫を相手にするのはきちぃわ」
「最初からわかっていたことだろ」
「そうだけどさ、流石に実力差がありすぎる」
額から汗を滲ませながら、ライオネルは次の手を考える。
頭の中で戦闘のシミレーションをするが、パンプティのように確かな未来が見えるわけではないが、どのパターンもたやすく彼女に防がれる未来しか見えなかった。
徐々に二人の手に汗がにじみ、ジリジリと後ろに下がる。
(いけるっ!)
内心、アリスは勝利を確信しながら、強く雪上を踏みしめる。
「ずいぶん苦戦しているようですね」
不意に聞こえるその声に、アリスの体がピタリと止まる。
聞き覚えのある声。その声に、ガタガタと体を震わせながら、彼であって欲しくないと強く願った。
「派手にやりましたね。美しい雪景色が、地獄絵図のようだ」
優しく、落ち着いた敬語口調。嫌という程知っているその声に、アリスはゆっくりとその主の姿を目に捉える。
黒い燕尾服に大きなハット帽。片手には杖が握られており、浮かべる表情は笑顔だった。
「お久しぶりですね、アリス」
「……ハッターさん」
まるでお茶会に出迎えるように、彼は軽くハットをあげ、優しい笑みを浮かべて挨拶をした。




