15話
「久しぶりだな、【紅の剣姫】。元気にしていたか」
親しくもないのに、ライオネルは気さくにアリスに声をかけながらゆっくりと近づいてくる。
目をそらすことなく、睨みつけながらじっと彼らに視線を向ける。
アリスの頭の中に嫌な予感がよぎる。それが真実でないことを祈りながら、動揺する心情を必死に隠し、彼女はライオネルに言葉を投げかける。
「要件は何?」
「冷たいなぁ。知らない仲じゃないだろ」
「戦場で何度か剣を交えただけでしょ。それ以外で貴方と仲良くしたつもりはない。さっさと要件を言って」
「はぁあ。別にあんたに用事はないんだよな、残念ながら。俺らはさ、ハンプティさんを探してんの」
「そう……ならほかをあたって。見ての通り、私は一人だし、私に用があるのは自国のトランプ兵だけよ」
「確かに確かに、そうだよなぁー」
特に残念そうでも、悔しそうでも、動揺する気配もなく、ライオネルは軽い口調で話を進める。しかし、隣にいたユニーアは一行に進まない話に頭を悩ませ、軽く咳払いをして、彼の代わりに端的に話を進める。
「貴女がハンプティさんと行動を共にしてるのはすでに把握してます。アリス・A・カーマイン。我らが元上官、ハンプティ・ダンプティはどこにいるのですか?」
やはりと内心アリスは納得する。自分とハンプティが一緒にいるのを知っているから、敵国同士だというのに、こうやって行動をともにしているのだと。
どっちの提案かはわからないが、恐らくは互いのためにと赤の女王が白の国に案を持ちかけ、秘密裏に二人の捜索が進められていたと。
「知らないわ。途中で別れてそれっきりよ」
「本当ですか?」
「嘘を言ってどうするの。私には、なんのメリットにもならないわ」
あの時、彼が別れようと言ったのはこの未来が見えていたからだろう。確かに、ここには白の国の主力と言っていいほどの戦力が揃ってる。戦闘のできない彼がいては、簡単に捕まってしまう。
「そうですか。しかし、貴女の身柄は拘束します。一応作戦上、赤とは手を組んでるので。対象をみすみす逃すわけにはいけません」
「断ったら、どうなるの?」
「そうですね、実力行使しかないでしょう。我々としては、あまりお勧めしませんが」
「……そうね。ここで争いなんて、馬鹿げた話よね」
ここは中央領土。誰の手にも入らない神の土地。そんな場所で戦争を起こせば、神の反感をかってしまう。自ら望んで、神の怒りをかいたいと思うものはいない。
アリスは大人しく両手を上げ、抵抗しないことをアピールする。
「武器もなしで、貴方たちに勝とうなんて無理な話よね。情けない……」
ユニーアの指示で、兵士たちはアリスに近づいて拘束しようとした。
「あーあ、これで任務完了か。つまんねぇーの」
「まだ終わってない。我々の目的はハンプティさんの確保だ。今は、赤への土産ができただけだ」
「せっかく紅の剣姫に会ったのに……見た瞬間、かなりテンション上がったのになぁ」
「自国に戻れば、絶対に戦場に出てくるだろ。それまでの辛抱だ」
「おっ、それは確かに。いやぁ楽しみだな……」
不意に、二人の間を裂くようにチェス兵が一人後方へと飛んでいく。二人の視線は、そのまま兵が飛んできた方に向けられる。
彼女の周りを取り囲んでいた兵は一人残らずその場に倒れていた。分厚い雲の隙間から漏れ出す陽の光を浴びたアリスの手には、兵から奪った剣が握られている。
雪上に広がる赤い染み。剣を伝う赤い雫。浮かべるその冷たい表情に、無意識にライオネルの口元がつり上がる。
「やっぱり、大人しく捕まるっていうのは柄じゃない。武器も手に入ったし、実力行使といきましょうか」
「ははっ……そうこなくっちゃ」
小さくそう呟きながら、ライオネルとユニーアは、腰に携えた剣を抜き、雪を強く踏みしめた。




