13話
「ハンプティさん?」
「ハンプティどうしたの?」
足を止め、全く動こうとしないハンプティに、アリスとジャックは声をかけた。
しばらくして彼は振り、アリスに抱きかかえられていたジャックを地面におろした。
「ここからは三手に分かれる」
「えっ……」
「ジャックはこのまま進んで洞窟に行け。俺は西から。アリスは南から」
「ちょっと待ってください!!」
勝手に話を進めるハンプティに割って入り、アリスは彼の両肩を掴む。
「何が見えたんですか?」
「このまま固まってても足手まといになるだけだ」
その言葉の意味をアリスは瞬時に理解した。
ハッキリとは言わなかったが、ハンプティのその発言から、ここで争いが起きるとアリス察した。彼女は前線にいたために戦いには慣れている。しかし、ハンプティは指揮官とはいえ、その地位も能力あってのもので、戦闘面はからっきしだった。もし固まって動いて戦闘になれば、ハンプティは確実に足手まといになる。
「守れる自信はあります」
「それでもダメだ」
彼には何が見えているのか。その表情はとても険しいものだった。
恐らく、多くのものを見たのだろう。いろいろな可能性を。そして、これが最善だと考えた。
「……わかりました」
アリスはハンプティの提案を呑む。それが、彼にとって最善だと思ったのなら、アリスはそれに従うことにした。
「嫌だ!」
しかし、ジャックは納得しなかった。
駄々をこねる子供のように、アリスの足にしがみついて離れない。
「アリスの側にいる!」
「ジャック、これが最善なんだ」
「未来のことなんて関係ない。足手まといになるなら、ならないように努力すればいい!」
「それができないから言ってるんだ」
「それでも、何かがきっかけで未来が変わるかもしれない!」
言い争いをするジャックとハンプティ。二人の言ってることは最もだった。ハンプティの選択は最善かもしれない。ジャックの言う通り、未来が変わるかもしれない。でも、アリスが選んだのは……。
「ジャック」
アリスはジャックを抱きしめる。強く、強く……。
「アリス、痛い……」
「ハンプティさんの提案通りにしよう」
「嫌だ!それだと、アリスと離れちゃう!」
「うん。でも、ジャック言ってくれたよね」
《何があっても、必ずアリスを見つけて、側に行くから》
ジャックは小さく頷く。アリスはもう一度強く抱きしめて頭を撫でる。その様子は、まるで親と子のようだった。
アリスから離れたジャックは、そのままハンプティをじっと見上げた。
「探すのは、アリス優先だから」
「わかってる」
互いに頷きあうと、先に道を進んだのはジャックだった。
背中の翼を羽ばたかせて、どんどん奥に進んで行き、やがてその姿は見えなくなる。
「アリス」
彼の姿が見えなくなると、ハンプティはアリスの両手を握った。
アリスは抵抗せずに、おとなしく手を握られていた。しかし、黙ったままで何も起こそうとしない彼の顔を少し屈んで覗き込んだ。
「ハンプティさん?」
「ごめん、どう考えても、これしか選択肢がなかった。せめて、せめて……」
まるで自分を責め立てるように彼は呟き続ける。アリスは強く握られた手を見つめて、軽くではあったがその手を握り返した。
「どんな結果でも、あなたを恨むことはありません。未来が見えるあなたに比べ、私はいつも呑気に明日のことを想像するだけ」
苦笑まじりに彼女は笑うが、徐々に唇を強く強く結び始め、今にも泣き出しそうな表情を浮かべていた。
「貴方には感謝します。戦場を離れてからの生活は、本当に新鮮で、幸せで……夢でも見ているのかと思うほどに、私にとっては平穏でした」
一歩、二歩と歩き、アリスは彼の手を握ったまま胸の中に顔を埋める。
「ありがとうございます」
「……別に、永遠の別れでもないだろ。また、会える」
「はい、また」
ゆっくりと手が離れて行き、ハンプティは左の道とは言えない雪上の上を進んで行き、森の奥へと消えていった。
彼の背が見えなくなり、アリスも彼とは反対の雪上の道をかけていく。




