10話
日が傾き、夜が訪れて梟や狼の鳴き声が聞こえる。
月は笑い、昼間に聞こえた草花の声も、夜になればとても不気味に感じる。
ジャックはすでに寝床で眠り、アリスはお湯を沸かし、二つのカップに注いでいく。
すると、ゆっくりと隣の部屋の扉が開き、ハンプティが部屋から出てきた。
「どうぞ」
「ありがとう」
特に驚く様子もなく、彼の前に珈琲の入ったカップを置き、アリスも椅子に座って紅茶を一口飲む。
「アリス……さっきは悪かった」
「んっ、何がですか?」
「食事の前……突き飛ばしてしまって」
俯き、ハンプティは顔を歪ませる。
彼の姿を見つめた後、アリスはもう一度カップに口をつけ、一口飲んで彼と同じように俯いた。
「大丈夫です。今日が初めてじゃないですから」
「……そうだな」
「私は、貴方がどうしてあんなに怯えているか知りません。聞くつもりもありません。だから、謝らないでください」
手を取り合い、戦場を逃げ出した二人は、特別な関係ではない。互いの過去や、それに関わる行動など、二人は一切尋ねることも口にすることもない。
ただただ“何かがあったのだろう”と察するだけで、深くは関わろうとしない。
「でもそうですね。いつもと違う、余裕がなくて怖がってるハンプティさんというのも、新鮮で私は好きですよ」
「っ!」
いたずらっ子のような笑みを浮かべるアリス。普段見せないその笑顔に、ハンプティの胸の中で何かが弾け飛び、そのままテーブルに突っ伏してしまった。
「どうしました?」
「はぁ……可愛い」
「何しみじみ言ってるんですか?珈琲飲んだら早く寝てくださいね」
「温度差……もう少し照れたりして欲しいんだが」
「そうですか」
気にせず、アリスはカップの中身の紅茶を飲み干していく。ハンプティは小声で「冷たいな」と呟きながら、同じように珈琲を飲み干していく。
その後は軽い雑談だった。明日の朝食は何がいいや、村の方に出かけるが何か欲しいものはないかなど。
もう半年以上も続く平穏な生活。部屋を照らす明かりはまるで二人の心を灯す安心。そして、外の暗闇は不安を表しているようだった。
そんな不安の中で、一匹の梟が、赤い目を光らせながら、安心の中にいる二人をじっと見つめていた。




