9話
白の王城の一番奥の大扉。そこは女王の寝室だった。
扉には煌びやかな装飾がされており、どの部屋よりも特別というのが伝わってくる。
周りに愛され、可愛がられ続けてきたお姫様はまさに特別。欲しいものはなんでも手に入った。だから、周りで何が起きようと関係なかった。
彼女はいつも部屋にいた。国のことは大臣たちに任せて。どうなろうと、自分にはどうすることもできない。周りにお飾り女王と呼ばれても気にしなかった。
彼女は国よりもただ、愛情を求めた。愛しい人が傍にいる。それだけが、彼女にとっては何よりも意味のあることなのだ。
「ああああああああああああああああああああああ!」
薄暗い部屋の中は、美しく、煌びやかなものではなかった。
カーテンや枕、シーツはビリビリに引き裂かれ、椅子やテーブルも床に叩きつけられてボロボロ。
枕の中身の羽毛が部屋中に舞い上がり、女王の苦痛の声が響き渡る。
女王専属のメイドたちは、特に動揺することもなく、部屋の隅で黙ってその光景を見ていた。
「あぁどうして、どうして私の前からいなくなったの!ハンプティ、ハンプティ、ハンプティ!」
サイドテーブルに飾られている、ブラックバカラが生けられている花瓶を勢いよく叩きつければ、また彼女は悲鳴をあげる。
「嫌よ、ハンプティ……貴方はずっと私の傍にいるの。どこにも行かないはずなのよ。貴方が私を裏切るはずがない」
頭を抱え、その場に膝をつき、まるで自分に言い聞かせるように声を荒げる白の女王。
立ち上がり、また一通り部屋の中を荒らし回れば、メイドのそばまできて、赤い瞳のメイドを襟を掴んでそのまま壁に押し付ける。
「ねぇ、ハンプティはどこに行ったの!」
「わかりません」
無感情に淡々と告げれば、女王はメイドを床に叩きつける。
今度は青い瞳のメイドの胸倉を掴み、体を揺すりながら尋ねる。
「早く彼を連れ戻して!」
「現在、兵たちが探しております」
「そんなことわかってるわ!」
またしてもメイドを床に叩きつけ、女王は肩で息をし、倒れるメイドに冷たい目を向ける。
「私は、いつになったらハンプティが見つかるのか聞いてるのよ!もう半年なのよ!国とか戦争なんてどうでもいい!私は、ハンプティさえいればそれで十分なのよ!」
女王はそのまま青い瞳のメイドを床に押し倒し、彼女の首を絞め始める。
「ハンプティはどこ……どこにいるの!!」
感情が高まり、メイドがどんなにもがき苦しんでも手を止めない。ただただ彼女は答えを待つ。メイドの口からカエルが潰れたような声が上がり続ける。
不意に、扉がノックされ、ゆっくりと開いていく。
「陛下」
女王の手からゆっくりと力が抜けていき、首を絞められたメイドは激しく咳き込んだ。
「ホワイトナイト……」
「……あまり、ディーやダムに八つ当たりをしないでください」
部屋の前に立っていたのは、全身を白い甲冑で覆った一人の騎士だった。
ホワイトナイトと呼ばれる騎士は、身にまとった甲冑を揺らしながら、床に座り込んでいた女王の体を支えて立ち上がらせた。
「何しに来たの……戦のことなら大臣たちに言って」
「陛下に、お伝えすることがございます」
彼女をベットの端に座らせた後、ホワイトナイトは跪き、頭を下げた。
「ハンプティ・ダンプティが見つかったそうです」
「えっ……」
「現在大臣たちは……」
そのまま説明を続けようとするが、不意に白の女王がホワイトナイトの目の前にやってきて、甲冑に包まれた肩に触れた。
「本当に、本当に見つかったの!?」
「……はい、赤の国が見つけ、赤の女王より伝令がきました。あちらの国の騎士と一緒にいるらしく、手を組まないかと」
白の女王は立ち上がり、陶酔した表情でゆっくりとカーテンに近づき、勢いよく開いた。
身にまとう白いドレスと髪が陽の光に照らされ、その姿はなんとも神々しく、美しかった。
「やっぱり貴方は私の運命の人なのね……ハンプティ……私たちはどう足掻いても、離れることはできないんだわ」
その顔は恋する乙女。後ろに控えていたホワイトナイトは「いかがなさいますか」と尋ねる。
「もちろん協力します。これは戦には関係ありません。なので、互いの利益のために一時的に手を取り合うだけです」
女王はにっこりと笑みを浮かべる。だけど、軽く俯くと、その笑顔が少しだけ歪んだように見えた。
—————みーつけた




