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悪役令嬢の無自覚従者  作者: 白砂
出逢い編
8/10

8.

やっと時間が取れた……。


遅くなって申し訳ありません。



月日が経つのは早いもので、私が叔父様と出会ってから二年の時が流れ、私は七歳になっていた。

あれから叔父様と幾度となく顔を合わせる機会があった私は、最初の印象も忘れ、すっかり叔父様に懐いていた。

きっかけは、叔父様が嗜むお菓子作り。

お母様と伯爵夫人とのお茶会に出されるお菓子が本当に美味しくて、叔父様に誘われるがまま私も挑戦してみてしまったのだ。

最初は上手く行かないことに苛立ちすぐに匙を投げようとしたのだけれど、叔父様が頑張って私が初めて作ったお菓子を食べてくれた。


「美味しい」と。


そう言って笑ってくれた叔父様に、言い知れぬ喜びが湧き上がって、私は次はもっと美味しくお菓子を作って叔父様に褒めてもらおうと思った。

それから叔父様と一緒にお菓子作りに没頭し始めて、お母様のお茶会にも出せるレベルまで到達した。その時には一人でクッキーもオリジナルのものを作れるようになっていたし、小さければ簡単なケーキも作れるようになっていた。



それは何よりも、叔父様のお陰で。

叔父様とお菓子を作ることが、何よりも幸せな気持ちになれて。



楽しくて、楽しくて、仕方がなかった。










==================



「ほらエルシェ、よそ見しない。もっと体重をかけてこねないと、焼き上がった時に生地がふわふわしない。エルシェは軽いから仕方ないけど、それでもしっかりとこねれば大丈夫だから。」


「分かったわ。」



ある晴れた日の午前中。


私は叔父様と一緒にお母様のお茶会に出すシュークリームを作っていた。

お母様はシュークリームが大好物で、テーブルに並んだ途端ギラッとその目を輝かせる。


…正直、ちょっと怖い。


お母様のお友達もお母様がシュークリームに目がないことを知っているので、朗らかに笑いながらシュークリームを全てお母様の前に差し出す。

お母様も最初は遠慮していたらしいけど、最近は遠慮を消滅させたって聞いた。



「叔父様、クリームは何を入れるの?」


生地を焼く行程に入って、鼻歌を歌いながらクリームを作っている叔父様に、暇になった私は聞いた。


「ああ、今回は三種類作ろうと思っていてね。まず間違いなくこのシュークリームは全て姉上の腹の中に収まるだろうから、姉上の大好物で埋め尽くそう。まず定番のカスタードクリームと生クリーム。次にストロベリークリーム、最後にチョコミント味のクリームさ。」


得意げな表情で、叔父様はふふんと笑う。それがとても嬉しそうで、私も釣られて笑い返した。


「あ、そうだエルシェ。そこの小瓶を取ってくれないかい。」


叔父様が指差した木製の棚には、食器が重ねて置いてあった。叔父様が言う “小瓶” が無くて、私は訝しげに叔父様を見た。


「あー、食器の裏側にあるんだよ。悪いが手を離せない。頑張ってエルシェ。」


私は頷くと、叔父様の期待に応えようと台を持ってきて棚の上に手を伸ばした。食器の裏側を探るのは少し大変だったけど、私はしばらくしてやっとその小瓶を手にした。


達成感に満たされながら叔父様を振り返り、透明な液体で満たされた小瓶を手渡す。


「ありがとう、エルシェ。流石は姉上自慢の淑女。」


笑顔で放たれた言葉に、撫でられた髪に。


夢中だった私は気がつかなかった。


あぁ、無知で愚かな幼き私。




ーーーこの悪魔に、決して心を許してはならなかったのに。








==================



「まぁ、今日はシュークリームではありませんか。」


「またナタリーの独壇場ですわね。」


「ナタリー、お菓子作りを趣味にしている方々が側にいて、すぐに太りますわよ?」


私と叔父様がワゴンにお菓子を乗せて持っていくと、夫人達がお母様をからかい始めた。


「もう!私はそんなに食い意地を張っておりません!」


いえ、張っています。


おそらく皆がそう思い、なんとも言えない生暖かい目がお母様に集まった。


「さて、お菓子をお配りします。」


お母様が怒ったように頰を膨らませた時、叔父様が牽制するように声を上げた。


空気が悪くなる前に言葉を挟み、場を別の流れに変える。私は叔父様をお菓子作りのほかに、社交の面でも尊敬していた。


「ええ、楽しみだわ。エルリック、クリームは何を使ったのかしら?」


「姉上のお好きなカスタード、ストロベリー、チョコミントです。」


「まぁ!」


お母様が嬉しそうに華奢な手を重ね合わせる。そしてはっと周囲の視線に気づき、赤い顔でこほんと咳払いをした。


「で、では。いただきましょう。」


夫人達が一斉にフォークとナイフを手に取り、自身の皿にタルトやケーキを取り分けていく。

その所作がなんとも優雅で、私は惚れ惚れしながら見ていた。彼女達は私が目指す理想像の完成形だった。


「美味しい!」


「本当。エルリック様、相変わらずの腕前ですわね。」


「ナタリーが羨ましいですわ。」


次々に上がる歓声に微笑みながら、叔父様はただひたすらお母様を見つめていた。いや、ちゃんと夫人達に微笑み返していたのだけど、その視線はどことなくお母様に向かっているというか。


「姉上、いかがですか?」


無心で食べ続けるお母様に叔父様が微笑みを崩さぬまま聞くと、お母様はにっこりと柔らかな笑みを叔父様に向けた。


「ええ、素晴らしい出来栄えね。流石私の弟だわ。エルシェもよく頑張ったわね。」


白くて優しい手が私の頭を撫でる。








ーーーお母様の綺麗な唇から、異様に真っ赤な血が、滴り落ちた。








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