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悪役令嬢の無自覚従者  作者: 白砂
出逢い編
6/10

6.



「ーーえ?」


俺が冷たく発した言葉に、お嬢はあっけに取られて俺を見る。


「そのような言い回し、やめて下さいますか。私と貴女の叔父は別の人間です。お嬢は、少し人間不審が過ぎる。」


俺の言葉に、始めはぽかんとしていたお嬢は見る見るうちに顔を紅潮させていく。


「…っあ、貴方に何が分かると言うの!?大好きだった叔父に裏切られた時の失望が!お母様を亡くした時の絶望が!貴方などに、分かってたまりますか!」


「そうやって!」


俺はお嬢を遮るように叫び、真珠のような涙を流す真紅の瞳を強く見据えた。


「殻に閉じこもり、全ての人間に叔父を重ねて、貴女はこれからも生きていくのか!?あぁ確かに、俺には同情は出来ても貴女の本当の苦しみは分からない。だが今!貴女は生きている!今ここで、俺の前に存在しているだろう!?確かにあの男は、貴女の心に深く傷を作った。それは許されざる大罪だ。だけど!いつまでも過去を悔い!嘆き!そしたらあんたの母親は帰ってくんのかよ!?」


俺の怒鳴り声に、お嬢は苦しげに顔を歪めて嗚咽を漏らした。俺の言葉遣いが戻り少し乱暴な言い方になってしまったが、今は些末な事だ。

俺は今、非常に怒っている。


「旦那様が、奥様の死を悼んでいないとでも思っているのか!?あんたの前で泣かないからって、旦那様が苦しんでいないとでも思っているのか?

いいか、よく聞けよ。旦那様は、泣いてんだよずっと!奥様の棺の前で、ずっと、ずっと泣いてたんだ!!」


俺が屋敷の中を探検していた時、俺は地下室に辿り着いた。《霊安室》と書かれた部屋に入るのは流石に逡巡したが、好奇心に勝てず少しだけ覗いてしまった。そしてそこに居たのは、たった一つの棺の前で崩れ落ち、静かに身を震わせる旦那様の姿だった。お嬢の前での姿とはまるで別人の旦那様に驚き、慌てて扉を閉めて部屋を後にした。

俺の言葉を聞いたお嬢は目を見開き、ピタリと固まる。


「母が亡くなったと絶望する幼い娘の前で、誰が泣き喚ける?そんなこと、出来るわけがない。娘の傷口に塩を塗る行為だ。だから泣かなかった。泣けなかったんだ。どんなに傷ついても、あんたの前では一度も。」


お嬢が唇を震わせる。信じられないといったように俺を見つめ、ただでさえ白い顔を絶望に染めていく。緩慢な動きで再び顔を膝にうずめ、小さな身体を震わせた。


「……私、どうすればいいの……?お母様が亡くなって、胸がこんなにも鋭く痛むのに、それ以上の苦しみを、お父様に味あわせてしまった…?私、どうすればいいの…?」


先程俺に言い返していた時とはまるで違う弱々しい声音。以前夜に会った時の気丈な雰囲気と相まってチクリと俺の胸が痛むが、俺には今言わなければならないことがある。


「俺はもう言いましたよ。貴女がこれからすべきことを。今の貴女が、未来に進むために必要なことを。」


「え……?」


ぱっと顔を上げて、お嬢が思い出すように俺を見つめる。


そして不意に、目を見開いた。


「……っあ、」


微かな嗚咽を漏らした瞬間、お嬢の目から次から次へと涙が零れ落ちる。今まで散々泣いたはずなのに、よく枯れないものだと思う。


俺は俺を見つめたまま放心したように泣くお嬢に歩み寄ると、静かに跪き、その右手をそっと取った。


「ーーお嬢。」


優しく呼びかければ、お嬢は驚いたように身じろぎをする。


そんなお嬢に構わず、俺はお嬢の手の甲に口付けた。


「俺は、貴女にたった今、忠誠を誓います。貴女のために生き、貴女のために死ぬことを、この心臓に誓いましょう。今この瞬間から、俺は何があっても、貴女の一番お側を離れぬことを誓います。」



静かに、己の決意が伝わるように俺はお嬢に宣言する。貴女は俺が守る、と伝わるように。


ーーーああ、だが。


お嬢を立ち直らせるためとはいえ、改めて口に出すとすごい悶える!

俺は心の中で転げまわりつつ、表面上ではにっこりと微笑んでお嬢の手を離した。


「……貴方、名前は……?」


立ち上がった俺に、お嬢が何故かそっぽを向きながら聞く。


「あぁ、申し遅れました。私の名前はリアン・アドベルトです。」


すると、お嬢が戸惑ったように俺を見た。


「貴方、一人称“俺”なの?“私”なの?」


あー、そっか。さっきまでバンバン一人称俺だったからなぁ。やっぱそう簡単には変えられないか。


「そうですね、本来は“俺”なのですが、お嬢にお仕えするにあたり“私”にしようと思っておりまして…。出来る限り気を付けますが…。申し訳ございません。」


するとお嬢は不思議そうに首を傾げた。


「別に謝る必要はないわ。確かに一人称が私であることに越したことはないけれど、好きな方でいいのよ。咎められることはないのだから。」


そう言って可笑しそうに笑うお嬢は、控えめに言って後光が差していた。俺は思わず目を伏せ、片手で顔を抑えてしまう。


「分かり、ました…。では、公の場では私と言うことにします。お嬢の前では、俺と言ってもよろしいですか?」


すると、今度はお嬢が顔を抑えて俯いた。


「え、ええ…。これからよろしくね、リアン。」


お嬢の言葉に俺は深く腰を折ると、「では、お休みなさいませ。」と言ってお嬢の部屋を後にした。




その後、俺はお嬢の部屋でうるさくしてしまったことを使用人の人達に頭を下げて回った。


なんだ最後のリア充感…。

次話はエルシェリーヌ視点です。

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