3.
俺は主人を守ると決めた後、早速呼び方を考える事にした。
エルシェリーヌ様?
…いや、硬いな。
彼女を守る為に、もうちょっと親近感わくような呼び方がいい。
良家のお嬢様だし、やっぱお嬢様?
うーむ……なんだかなあ。
皆そう呼ぶしなぁ…。
……あ。
この際、“様”を取ればいいのか。
お嬢。
いいな、凄く良い。
理解者っぽい。
よし、お嬢でいくか。
俺は一人満足感にガッツポーズを決めたが、ふとそのまま固まる。
俺の一人称も、“俺”でいいのか?
公爵家の一人娘の従者だ。
粗野な一人称では、お嬢が侮られてしまうかもしれない。
…慣れないが、“私”にするか。
ゲームの中ではリアンも一人称私だったし、違和感はないだろう。
それに確か、お嬢とリアンは同い年だ。さっき見たお嬢はかなり幼かったから、今の俺もそれなりに小さいはず。今から慣れれば、大丈夫だろう。
…今俺、どんな姿してるんだろう。
少し興味が湧いたので、俺は広いベッドから出て、トコトコと壁に備え付けてあった鏡の前まで歩いていく。
…なんじゃこりゃ。
……衝撃を受けた。
…なんつー、美少年。
鏡の中の10歳くらいの美少年は、俺の驚きを表すようにあんぐりと口を開けていた。
だがそれでも美しいとは、どういう事だ。
…発言だけ見れば、俺凄いナルシストだな。
しかしそれほどまでに、この外見は美しい。
肩まで伸びる髪は、日の光を受けて銀色に輝き。
神秘的なまでの美しさを感じさせる濃紫の瞳は長い睫毛に丁寧に縁取られている。
太陽を知らぬとばかりの透き通った肌。
目、鼻、全ての造形が、完璧な位置で配置されていた。
このキャラ、こんなに美形だったのか。
世間がこのゲームに夢中になった意味が分かる気がする。
これは反則だ。
確かにこんな美形がいれば、三次元などクソ以下だろう。
俺は衝撃にフラフラと鏡から離れ、再びベッドインした。
…はぁ、疲れた。
何もしてないけど。
ゲーム内でのリアンは、実は俺は見た事がない。
妹が「一番イケメンなんだよ〜!」と熱を上げていたのを見ていただけだ。
まぁ何はともあれ、この外見は利用できる。
不細工よりも、断然できる事が増えるからな。
ゲームが始まるのはヒロインが16歳の時。
そしてお嬢と俺は、ヒロインの一個上だ。
つまり俺達が学園の二年生になった時にゲームは始まる。
それまでに、お嬢のトラウマを消して、王子等攻略対象者達と良好な関係を築き上げ、お嬢の地位と命を盤石なものとしなければ。
==================
ーーーカチャ
その日の夜。
ゲームの展開を思い出しながら寝てしまった俺は、扉が開く微かな音で目を覚ました。
ーーー誰だ?
俺は寝たふりを続けながら、静かに近づいてくる足音の主を待った。
その足音は、非常に軽い。
その足音の主に気づいた俺は、その足音が充分に近づいてからそっと声をかけた。
「何の御用ですか?エルシェリーヌ様。」
なるべく刺激しないように、優しく言葉を投げる。
でも、人間不審のお嬢様はビクリと空気を強張らせ、警戒心全開の声で言った。
「……貴方を、叩き出そうと思ってきたのです。」
「何故?」
「何故?当たり前でしょう。どこの馬の骨とも知れぬ子供を、やすやすと屋敷に留め置いておけますか。いつ裏切られるか、分かったものではないわ。……お母様の時のように。」
意識して淡々と紡がれる言葉は、尻すぼみに消えていく。それは、拭いきれない悲しみと、苦しみを伝えてきた。
……痛い。
ただひたすらに、痛かった。
この幼さで、母親を失った彼女が。
その痛みを、強がりで隠してしまう彼女が。
ーーー涙が出るほどに、痛かった。
頭を起こした俺を見た彼女が、ギョッと目を見張る。
「何で…、貴方が泣いて…」
「貴女も、泣いてください。」
「…はあ?」
「苦しい時は泣き叫ばなければ。痛い時は誰かに縋らねば。…その痛みは、永遠に胸に燻って離れない。」
お嬢が、引き攣りを起こしたように息を止める。
そのまま、時が止まったように俺を見つめ…。
「貴女に、そんな事を言われる筋合いはありません!」
思いっきり叫んだ後、パタパタと部屋を出て行ってしまった。
……はぁ、明日気まずい。