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第九話 第二のゲーム「盗難物奪還」攻略開始(後)

 東の島だ。そこにある工事現場の小屋を俺たちの基地にしているんだ――締め上げた少年から聞き出した情報が本当かどうかを確かめる必要がある。

 コーヒーカップや観覧車など、あまり過激ではないアトラクションが並ぶ東の島に立つクロエは、シーと共に待ち合わせ場所に向かうことにした。東の島の目玉コンテンツであるダンスイベントの会場前である。

 パンフレットによれば、東の島の東端では定期的にダンスイベントが催されているという。スタッフだけでなく来園者も参加できるちょっとした大会のようだ。この会場を囲うように森が広がっていて、そこの一部が工事中であることも記されている。

 低速な木製コースターで子どもたちが喜んでいるのを遠くに聞きながら、クロエは人の少ないところを選んで歩いていく。その前をシーが歩いていて、進みやすい場所を選んでくれているのだ。

 AR眼鏡はダンスイベントの開催時刻があと20分まで迫っているのをウィンドウに投影して教えてくれている。15時にイベントが開催され、そして財布を取り戻す第二のゲームは15時15分が制限時間だ。

 ここの来園客が踊りで盛り上がればフィルの命が危ない頃合いだ。そうなる前に決着をつけなければ――クロエが両手をぐっと握りしめた頃には目的地に着いていた。シーのオレンジ色の髪を目印にしてクロエは隣に立ち、辺りを見回してアコニットとアニーを待つ。

「遅いな、なにやっているんだろう?」

「でもクロちゃん。どっちかっていうと私たちの方が早く着いちゃったんじゃないかな」

 そうだろうか? AR眼鏡が表示している時計を見れば、確かに5分ほど早く到着している。アニーは荒事に連れて行ったところで何の役にも立たないだろうが、アコニットの力はどうしても必要だ。待つしかない。

「私たち、ちょっと焦っていたのかもしれないね」

「だって時間がもうないわ」

「確かにそうだけども、焦ったら普段できることがなにも出来ないよ」

「でもフィーが――」

 そこまで言ってクロエの携帯電話が震えた。アコニットからの着信だ。

「もしもし、アコニットさん?」

「すみません。そちらに行くことは出来ないようです」

「は? なんで?」

「ここで待ち合わせるよう提言したのは私でしたね。危ないところにクロエ様をお連れするわけにはいきませんので、こうさせてもらいました」

「こうさせてもらったって……そっちはいまどこにいるのよ?」

「アニーさんの財布を取り戻しに。ダンスイベントの会場の奥、森を突き進んでいます。船にいる間にドローンを飛ばして偵察は済んでいます。先の情報は間違いないですね」

 そういうことじゃなくて! 近くに落ちついて喋られるところはないかと探しながら、クロエは周りの注意を引かないように話を続けようとした。

「私ひとりでどうにかなります、ご心配なく」

「いやそういうこと言ってんじゃないのよ。なんでそんなこと――」

「私がガーデナーだからです。フィル様を助け出すことは再優先事項でありますが、クロエ様をいたずらに危険な目に遭わせるわけにはいきません」

「――だからって危ないことをひとりでさせるなんて、そんなこと出来るわけないじゃない!」

「……クロエは優しいのね。フィル様がとても大切にしたいと考えるのがよく分かるわ。だから、私ひとりで行かせて。あなたに傷のひとつもつけてほしくない」

 親しい友人を相手するようにアコニットは言う。いまこの時だけはガーデナーとしてではなくひとりの友人として接しようとしている。

 心の底から本気なのだとクロエは悟った。なにを言ってもアコニットを動かすことは出来ないだろう。時間をかければ出来ないことはないのかもしれないが、そんな暇はない。フィルの命が天秤にかけられているのなら合理的な選択をする必要がある。

「……分かった、ダンスイベントの会場前で待ってる。でもアコさん、なになら手伝える?」

「それなら支援をお願い。もし取り逃がしたら、ロンとかいう奴は真っ先にイベント会場に行くはず。そこが逃げるのに最適な場所だからね。クロエたち3人でそこを見張っててくれる?」

「まかせて。何かあったらすぐに連絡をちょうだい」

「もちろん……それでは行ってまいります、クロエ様」

 覚悟を秘めた声だった。アコニットの側から電話が切れ、クロエは静かに携帯をコートのポケットに戻した。

 ちょうどその時に、西から伸びる道をアニーが小走りしているのをクロエは認めた。アニーは慌てた様子でクロエたちがいるところまで来ようとしている。

「大変よあんた! あんたのとこのアコニットがいつの間にか消えちゃった!」

「知ってる。さっき聞いた」

「なんであんたそんなに冷静に――」

「冷静なわけ無いでしょ、でもアコさんは私たちを危険にさらさないように頑張ってるの、わかる? それにたったひとりに任せるなんてある? アコさんからこっちに頼まれてるの、もし取り逃がしたら捕まえてくれって」

「――捕まえろって?」

「アコさんが言うには、ロンとかいう奴の最短逃走ルートはここ。このダンスイベント会場。だからここで見張ってればいいの、何かあったらアコさんから知らせがあるし、動きが見えたらそこを警戒すればいい。やるわよ、3人で」

 それなら任せて! 突然手をあげたシーがその場で簡単に準備運動をすると、近くの電灯に飛んでしがみつき、そのままするすると登っていく。

 予想以上に身軽な身のこなしにクロエは驚くが、アニーと比べるとその驚きようはとても大げさだった。そのことに気づいたクロエは思わずアニーの横顔を見すえる。

「なに、そんなに驚くこと?」

「だってシー、まるで漫画みたいに軽々って動いてる! アコさんだってこんな動きできないよ」

「そりゃアニマノイドだから……あんた、もしかしてボケたフリでもしてるの? 面白くないからやめて。集中しないと。フィル様が生きるか死ぬかの問題なのよ」

 呆れた様子でアニーが言い放ったのを、クロエはどこか現実のように感じることができないでいる。

 記憶喪失になってからの1年間をアニマノイドが暮らすことのできない第九大陸で過ごしていたのだから仕方がないだろう。反論したい気持ちを抑えてクロエは適当にあいづちをうった。こんなことで腹を立てている場合ではない。アニーの言うとおり、フィルの命がかかっているのだ。







 EDMというジャンルの曲だったろうか、とクロエは頭の片隅に思う。電子的な音の分厚い波に圧されながらもクロエは辺りへの警戒を怠らない。

 ダンスイベントが始まってから5分。まだオープニングの演目の途中で、ステージ上で司会の人間らしい派手な衣装の男女ふたりがマイク片手に踊りながらなにか喋っている。

 赤色が目立つ、大きな羽を袖にあしらった衣装。それを大ぶりに揺らして動きの大きなダンスをしながら出場者の紹介をしている――ダンスイベントが成功に近づいていくなか、クロエは自分のゲームが成功するかどうか焦りを覚えていた。

 AR眼鏡が視界の端に残り時間が10分を切ったことを通知し、おまけに導火線に火がついた爆弾のアニメーションまで添えてきている。

 焦燥を促す嫌がらせだ。クロエは舌打ちして、ついでに壁を殴りつけたかったが近くに壁がないので諦めた。

 イベント会場の楽しそうな雰囲気や音はこれ以上ないほどに現実味を帯びて平和な日常をクロエに感じさせた。

 もしかすると平和な非日常というのが正しいかもしれない。どちらにせよ、今の自分が不幸で危険な非日常に身をおいているのはどうも避けられない事実なのだ――視界の端で導火線の残りが徐々に短くなっていくのをクロエは焦りをもって見つめる。

「えっ、携帯が震えてる?」

 ダンスイベント会場の分厚い音楽の震えに紛れてクロエのコートが振動した。すぐに手に取り確認すると、画面はアコニットからの着信を表示している。

 ロンという狼のアニマノイドを捕まえることが出来たのだろうか? 期待と不安を胸にクロエは急いで着信に応じる。

「アコさん!」

「すみませんクロエ様、しくじりました」

 忌々しそうに、自分を責めるようにアコニットが絞り出すように言う。その声にはどこか苦痛を押し殺すような雰囲気もあった。

「もしかして怪我したの、大丈夫?」

「肩を撃たれました。しばらくは全力で動けず、取り逃しています」

「奴はどこに行ったの?」

「道をまっすぐ……このままいけばダンスイベントの会場に着くはずです。盗んだものを白いバッグに詰めて運んでいます!」

 シーさん! クロエは顔を上げて自分の仲間に呼びかける。電灯の上に位置どっていたシーは「うん」と大きな声で返した。

「奴が来る! 見える!?」

「えっと、たぶんあれだ! あれ、あいつ火を持ってる? 松明みたいな――」

 シーが言い終わる前にそれは起きた。ダンス会場イベントがさらに盛り上がりを見せたのだ。

 いや違う。クロエは目を見張った。これは盛り上がりなんかじゃない。混乱だ。奥の方で黒い煙がごうと立ち上るのを見て見ぬフリができる人間がどこにいようか。おまけに大きな爆発音も連続している。何かに引火して爆発したに違いない。大変なことになったとクロエは恐怖を覚え、一瞬だけ息が出来なかった。

「――あいつ、会場の裏手の方で火をつけた!」

「アコさんは取り逃がしてしまった、だから私たちが頑張らないと!」

「わかった! クロちゃん、アニー、私から離れないで!」

 高いところにいるシーには目標の姿が見えるのだろう。電灯から電灯へ、時にはアトラクションの柱や建物の屋根へと動きながら、彼女の視線は一定の方向に定まっていた。

 アニーの瞬発力が高い。クロエよりも前に出た彼女は、しかし混乱で駆け出した大量の来園客に阻まれ、衝突して転がってしまう。どこかひねってしまったのか、すぐに立ち上がれないようだった。

「いたっ……こんな時に!」

「アニー!」

「いいから行け! あんたも頼りよ!」

 返事の代わりにクロエは駆け出した。普通の道は混乱した客で埋まっていて、考えなしに突っ込めばアニーと同じように動けなくなるかもしれない。

 シーが次々に高いところを飛ぶのがどんどん遠く見えていく。どうにかして追いつかなければ――クロエはあたりを見回して決断的に横に走った。


 クロエが駆け込んだのはまだ稼働しているコーヒーカップだ。ダンスイベント会場からはやや離れているからか、人がまだコーヒーカップに乗り込んでいる。

 誰もが例外なく笑顔を失くしてい呆然としたり怯えているのは遠くで燃えているイベント会場のせいだ。もしかすると稼働中のコーヒーカップに乱入する自分のせいも上乗せかもしれない。クロエは動き回転するカップにぶつからないように流れを見ながら駆けるのを止めない。

 鮮やかに塗り上げられた十数のコーヒーカップの間を縫うように走ったクロエは柵を飛び越えると今度はメリーゴーラウンドに飛び込んだ。これもまだ稼働しており、火事でどよめいているところをクロエが乱入してさらに混乱させる。

 後ろで気をつけろバカヤローなどと罵声を浴びるのを聞きながらクロエは走り続ける。息も荒くなってきたが、人が少ないところを選んで進めている。先を行くシーとの距離は縮まりつつあった。

「クロちゃんついてきてるかい!?」

「なんとか!」

「奴はそこッ、その十字路の右よ! 逃げてる人たちに紛れ込んでる!」

 上下する小さな飛行機のアトラクション、その白い飛行機の上でシーが大きく呼びかける。彼女の導きに従うには小さくない群衆の中に突っ込まざるを得ないが、イベント会場の間近で起きた混乱と恐怖に比べればその勢いは衰えている。人だって半分以上は少ない。

 覚悟を決めたクロエは一息吸う。

「そこをどけえ!」

 そう叫ぶが早いか、彼女は流れる群衆の横から突っ込んだ。彼らの進行方向とは逆へと進みながら間近ですれ違いぶつかり合う人々の顔を瞬間的に注意深く見る。

 狼のアニマノイド。シーや先の樹のアニマノイドを見れば、恐らくまるっきり狼の顔や特徴を持った人物に違いない。それだけの特徴があれば一瞬でも見ただけでわかるはずだ。

 それにアニマノイドがいて当然の世界で生きてきた記憶もなければその経験を補うこともしなかった。この世界での生きにくさがこの時だけは都合よく作用するはずだ。

「クソが、ついてねえ」

 恐怖からくる声色ではなかった。近くでそんな声を聞いたクロエは足を止めて周りの観察に集中する。

 狼のような奴。不安や恐怖にのまれていなさそうな奴。どこだ。そんな奴はどこにいる。


 本能的な直感。頭に閃きを抱いてクロエは左に飛び出し、その人物を横から抱えて群衆から飛び出す。

「ぐわっ!」

「やっぱりだ、あんたがロンね!?」

 灰色のコートに身を包んだ白い狼男。特徴が一致している。こいつだ、こいつに違いない。

 肩にさげて白いバッグを突然横から突き飛ばされた格好で無様に転げてしまったが、すぐに覆いかぶさっているクロエを押しのけて立ち上がり、駆け出そうとした。

 それは失敗に終わった。近くの観覧車の上から飛び出したシーが勢いを殺すことなく激突し、力強く組み伏せている。

「グワーッ!」

 5メートルはあるであろう高さからの強襲。それをまともに受けてすぐに動ける奴なんているはずがない。そんなクロエの考えは間違っていない。ロンらしい狼のアニマノイドは抵抗する様子を見せない。

「クロちゃん、いまのうちに!」

 シーが叫ぶ前からクロエは立ち上がって駆け出していた。

 かなり不格好な走りだったがこんな状況で彼女はスマートさを求めてなどいない。滑り込むように白いバッグに手を伸ばしたクロエは、倒れ込みながらもバッグを奪ってその勢いのまま遠くに逃れる。

 バッグの中にはいくつかの財布や機械が入っている。どれも元は誰かの所有物に違いない。だがクロエはどれがアニーの財布なのか分からなかった。それらしい高級品がバッグの中にはないのだ。

「クソがっ! テメエ、そこをどきやがれ!」

「どけって言われてどく奴がいるわけないでしょ!」

「だあクソッ、痛えなオイ! ってかお前、シャローンじゃねえか! どうしてこんなところに――」

 クロエは中身を確認するのをやめ、走ってきた道を戻ることにした。ダンスイベント会場の混乱はまだ続いているが、逃げ出す人々の数は目に見えて少なくなっている。行きに比べて戻るのは簡単だった。

 それにしても。ロンらしい狼のアニマノイドはシーと顔見知りなようなことを言っていたが、他人の空似のようだ。シーはシー・タビー・ケーだ。シャローンなんて名前ではない。


 そうしてクロエはアニーの元まで駆け戻った。倒れ込んでいたアニーはゆっくり歩いていて、その隣にはアコニットもいた。スーツの右肩が赤く染まっているのは、そこを撃たれてしまったからに違いない。

 だがいまなによりも優先しなくてはならないのは、アニーにどれが目的の財布なのかを確かめてもらうことだ。乱暴にアニーの名を呼んだクロエは白いバッグを投げ渡す。

「これがやつの持ってたバッグ! 盗品が入ってるの、どれがあんたのか探して!」

「えっ、分かったわ……これよ! これがそうよ! クロエ、受け取りなさい!」

 手渡された財布は質素簡潔とした白い折りたたみ型のものだった。入っているカードは富豪が使うような色をしていて、ルンデンのサインも入っている。紙幣もそれなり以上に入っている。間違いなく富豪の財布だ。外見と素材だけが質素なだけで。

 AR眼鏡に映っている時間制限を示す爆弾が残り5分を示した。早くゲームマスターに第二のゲームが終わったことを知らせなくては。クロエは急いで自分の携帯を手に取り、電話帳を開く前に携帯が震えるのを見た。フィルからの着信。つまりゲームマスターからの呼び出しである。

「もしもし、たったいま終わったわ。まだ私の監視をしてるのよね、分かるでしょ、見えるでしょ、ホラ!」

「大丈夫だ。君の監視はずっと続いている。目標を達成したのもきちんと把握した。第二のゲームは成功だ。もう少し遅れていればフィルくんは……ところで」

「え?」

「けが人がふたりいるようだが。このまま第三のゲームを続行させるのは厳しいな。それにあのアニマノイドが余計な騒動を起こしている。ふむ……しばらく休憩時間をとることにしよう」

「ありがたいわね。どのくらい?」

「けが人をどうにかするまでの間だ。だがここでぐずぐずしている暇はないぞ。騒ぎが収まればネクサスの警備の手が入るだろう。この騒動には君たちも関わってしまっている、警備の連中が君たちに目をつける前に撤退するのが良さそうだとは思わんかね?」

 ゲームマスターの言うことは的を射ている。早く東の島から脱出しなければ面倒なことになるのは火を見るより明らかだ。

 それにゲームマスターはまだゲームを続けたがっているらしい。これを断るような真似をすればフィルの命はない。親友を助け出すには一刻も早く抜け出す必要がある。

「言われなくてもわかってる」

「アニーはそこにおいていくのが良いだろう。もともとパーティメンバーでもなし、不審な動きを見せているわけでもなし。足を怪我してしまったのなら無理に連れて行くのにも支障がある」

 確かにそれはもっともな意見だ。だがクロエはその合理的な言葉に眉をひそめる。

 アニーは自分にとって嫌な奴だし、こんな状況でなければ手を組むこともなかった。だがやることやってはいさよならというのも癪にさわる。クロエはためらい、それをわかったようにアニーがクロエの名を叫んだ。

「あんた、私を置いていきなさい。私ならここで大丈夫、無理に連れていく必要もないでしょ」

「だって怪我してるのよ、ほっとけるわけが――」

「いつから仲良くなったと勘違いしているのよ。仲間ヅラしないでちょうだい」

「――人が心配してるってのに!」

 声を荒げたクロエはアコニットの手をつないで津でも動けるようにした。が、しかしクロエは歩みを止めてしまった。アニーが「でも」とうつむいて喋ったからだ。

「でも、なに?」

「正直に言うと楽しかったし、あんたがそれほど悪いやつじゃないってわかった。フィル様が気にかけるのもわかったわ。顔がいいとかそういうことじゃない。これだけ大事に思われて、大嫌いな奴のことも心配して……負けたわ、私」

「勝ち負けの問題じゃないでしょ」

「じゃあ言い方を変えるわ。しばらくひとりにさせて。落ち着いたら電話でもするわ」

 近くのベンチに腰掛けながらアニーはゆっくり手を振った。いつもクロエに向けていた怒りにも似た不機嫌な表情は失せている。どこか吹っ切れたような笑みが浮かんでいるのをクロエは見た。

「わかった、それなら行ってくる。アコさん、動ける?」

「大丈夫です。混乱に乗じて逃げ出しましょう。ところでシーはどこに?」

「向こうで狼のアニマノイドと戦ってる。シーの方が有利っぽいけど、逃げる前に先にそっちに行かなきゃ。アニー、あとでちゃんと連絡をよこしなさいよ!」

 辺りに逃げ惑う人々は両手で数えるくらいになっている。アニーと同じように怪我をして動けない来園客もそれなりにいる。これ以上立ち止まっていたらゲームの続行が難しくなる。

 クロエは前に駆け出した。アコニットがそれに続いているのを確認して、また前を向く。

 アニーと仲直りしたわけではない。でも次に会うときは少し余裕を持って、落ち着いて喋られるんじゃないか――たぶんそれは良いことだとクロエは思う。問題は共通の話題を持っていないであろうことだ。


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