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第七話 第二のゲーム「盗難物奪還」攻略開始(前)

「――私は東の島へ渡ろうとしたの。そこで財布を盗まれたのよ」

「もっと詳しく話せる?」

 シーとアコニットと合流したクロエはキャッスルを抜け出し、これを囲う幅広の円形道路をともに歩いていた。盗まれたアニーの財布を取り戻すというゲームを成功させるため、アニーから聞き込みをしながら歩いていく。

 いまはシーがアニーと話を進めている。クロエがやれば話は進まないのは火を見るより明らかだし、アコニットが相手ではアニーが過度に緊張してしまうからだ。

「東の島に行こうとしたのは、そこにフィル様がいると思ったからよ」

「フィルくんに会いに行きたかったと。電話番号は知ってるの?」

「知っているしもちろん電話もしたわ。でもいくらかけても出ないの。こんなことはそうそうないし、きっとなにかあったに違いないって思った」

「予感は当たっていたんだねえ」

「そうして電話をかけながら歩いていたら人気のないところに出てしまって、そこでチャラい3人組に財布を盗まれて……それからしばらくしたらフィル様から電話がかかってきた。でも話していたのは違う奴だった。ゲームマスターって名乗った誘拐犯のリーダーだったのよ」

 最初からなぞるようにアニーが語るのを聞きつつ、クロエはAR眼鏡の初期設定をしながら歩いていく。

 来園客が行き交う道を背景に眼鏡がウィンドウを投影する。それを指で触ると霧散していくのだ。こうして投影したウィンドウとそれに接触する距離を設定していくのがあと少しで終わりそうだった。

「ゲームマスターはなんと?」

「財布を盗まれたことを知っていると話していた。それから、フィル様の命を救いたいのならクロエのところに行け、と」

「よく信じたね?」

「フィル様になにかが起きたのはほとんどそうなんだろうって思ったの。財布が盗まれたことを知っているし、実際にクロエがどこにいるのかもきちんと言い当てていた。クロエのいるレストランに行くまでは半信半疑だったのよ」

「それで今に至ると。……クロちゃん、初期設定って終わったの?」

 少し前にね、とクロエは返す。彼女のAR眼鏡には、ネクサスの地図や店の情報を表示するウィンドウが並べられている。視界の邪魔にならないように横に退けたり、要らないウィンドウを消したり、そんな操作をしながらのやりとりだった。

 眼鏡に投影されているウィンドウを触れての操作だから、はたから見ればちょっとしたパントマイムをやっているように見えるかもしれない。クロエはやや恥ずかしさを覚えつつ、しかしAR眼鏡の操作の楽しさやある疑念を抱きつつもあった。

 クロエがAR技術に触れるのはこれが初めてではなかった。メーベル家の屋敷の照明やカーテンの操作の一部はAR投影されたウィンドウを操作するもので、クロエがこれを扱うのは珍しいことではなかった。

「それ、どうなの?」

「どうって?」

「便利そうかってこと」

「まだわからないけど……たぶん、そのうち使い方を分かると思う。ネクサスの地図を表示したり、アトラクションの待ち時間予測を出してくれたりしてるんだけど、でもこれ作っているのが誘拐犯のお手製って感じがする」

「どゆこと?」

「メーカーがわからないんだ。どこの誰が作ったのかわからない。もし誘拐犯が作ったものだとしたら思っている以上に危ない組織なのかもしれない」

「確かに。あんまり一般に見ない技術を使いこなしているってなると……だね。それでクロちゃん、次どこ行く?」

「アニーが財布を盗まれたって場所を探しに行こう。どこなの、そこは」

 言ったでしょうよ、とアニーは苛立ちを隠さずに声を荒げた。ホントに言った? クロエは記憶をたどってみるがよく思い出せない。

「東の島に行こうとした、そして財布を盗まれた。そう言ったわ」

「クロちゃん、多分そこは東の島に接続しているとこだと思う。今いるセントラルっていう半島から東の島に行くには、船着き場から船で行くか、地下鉄を使うかしかない」

「船と地下鉄? でも海底列車ってことになるのかしら」

「パンフレットに書いているから、後で読んでおいてもいいかもね」

 なにも知らないのねと後ろでアニーがバカにしたように呟く。それは聞こえていたが、無視しなければならない事情があった。AR眼鏡が新しいウィンドウを投影してクロエに示していたのだった。

「クエスト02のアップデート……ヒント、ですって」

「ホントかいクロちゃん! ヒントってどんな?」

「なんかよく分からない。ネクサスの全体図がウィンドウで投影されているんだけど、そこに結構な数の点が表示されているの。同じものを私の電話に送ってくるみたい」

「そこの店の壁に寄ろうか。ここで立ち見しても目立つし迷惑だし、良いことなさそう」

 そうだね、とシーに従ったクロエは壁を背にして携帯を取り出してメールボックスを開く。ちょうどその時にメールを受信し、添付された画像を表示する。

 やはり、添付された画像は投影されたウィンドウが表示しているのと同じ内容だった。ネクサスの全体地図に赤い丸が30以上表示されている。何の意味のある画像でどういうヒントなのかはさっぱりわからないが、なんの解説も載っていない。

「よくわからないね、これ」

「だね……アコニットさん、どう思う、これ?」

 意見を求めるクロエは、しかしゆっくりとためらうように首を横に振られてしまった。

「申し訳ありません。アニーさんはどう考えますか?」

「えっと……こんなの分かるわけないじゃない」

「そうですね。では、とりあえず、財布を盗まれた現場に向かってみましょうか」

 やっぱりそれしかないか。アコニットの提言にクロエはしっかりと頷き、人でいっぱいの幅広の道路を歩くことにした。







 アニーが財布を盗まれた現場は確かに人気が少ない場所だった。

 東の島へつながる船着き場から少し離れたところに大きなレストランが複数立ち並んでいる。その建物の間は昼間でもやや暗く、人目につきにくく、複雑だった。

 こんなところにいるのを悪い奴に見られれば絡まれもするだろう。好きで行ったのだとしたら警戒心が足りていないぞとクロエはため息をつく。

「ここには呼ばれて来たのよ」

「なんて?」

「ちょっと携帯貸してくれ、みたいな。助けを求めていたから放っておくわけにはいかないでしょ」

 当然だろと言わんばかりの表情をシーに向けるアニー。それを横目にクロエはあたりの様子とAR投影されたヒントの光点を見比べていた。

 なんとなくではあるが、このヒントが指し示していることがつかめたような気がした。光点のひとつはアニーが誘われたという人気のない路地の場所と一致している。ということは光点が指し示す場所は、人気がない場所ということなのだろうか。

 クロエはそれを踏まえてあたりを見回し、すぐにこの仮説が間違っていることに気づいた。光点は人が多いところにもあるように見える。ヒントの画像では幅広の道にも光点が散見していることから、やはり自分の仮説が間違っていたのは疑いようもない――クロエはため息をついてアコニットを見上げた。

「アコニットさん……なんだか分からなくなってきた」

「ヒントのことでしょうか」

「うん」

「……もしかすると、監視カメラがあるかどうか、かもしれません」

「監視カメラ? ヒントの光点の場所に監視カメラがあるってこと?」

「逆です。ないから監視が行き届いていない場所がある。さっきのヒントはそういう場所を把握して表示しているのかも。クロエ様、しばらくこのあたりを見てきます。そこのアイスクリーム屋で待っていてもらえますか」

 アコニットが指さしたのは黄色い屋根の店だ。片手で数えるくらいのグループの行列ができている。クロエのAR眼鏡が店を捉えると店名やメニュー表、価格などをまとめるウィンドウが投影され、予測待ち時間も表示された。

 それを確認したクロエはアコニットに紙幣を握らされ、イチゴ味を頼んでおいてくださいと残され、アコニットを見送った。残っているシーとアニーに事情を話し、クロエたちは行列に参加する。

 前に並ぶ人々も、後ろに並んだ人々も、誰もが楽しそうにしている。しかしクロエたち3人は誰も笑顔もお気楽な表情も見せていない。私たちはひどく浮いている連中なんだな、と自嘲気味にクロエは笑うとシーが「はいはいはーい」と小さく手を上げているのを認めた。

「カップでバニラ味が良いかな。アニーちゃんはどうするの?」

「えっと、そうね……同じのでいいわ。クロエ、あんたは?」

「バニラのカップでいい。3つ同じのを注文することになったね、アコさんのはイチゴのカップでいいか。代金はアコさんから預かってるから、私が行くわ」

 話している間にも順番待ちの列は進む。クロエたちも「ご注文は?」と聞かれ、はっきりとクロエは注文を口にした。

「かしこまりました、少々お待ちください」

 白いエプロン姿の店員がそう言う頃には、シーがアニーを連れて近くのベンチまで歩いていた。ドーナツのような幅広の道路から分岐した、船着き場まで伸びる大きな道路。その中心に等間隔で植え込みとベンチとが設けられている。

 遠くで石畳の地面に転んでいる子供を横目にクロエは注文した品を受け取り、シーの元へ歩く。転んだ子供は近くにいた両親になだめられながら船に乗り込むようだった。遊覧船。白い船体に赤いラインがよく映えているのがクロエの印象に強く残った。

 船着き場とは反対の方からアコニットが駆け足でクロエたちのところに来る。ベンチに座ったクロエはやや息の荒いアコニットにイチゴ味のアイスクリームを手渡し、隣に座るようにすすめた。

「それではお言葉に甘えて。クロエ様、先のヒントのことですが」

「なにかわかったの?」

「おそらくは『監視が行き届いていない場所』を指しているものかと」

「どういうこと?」

 クロエはスプーンを口に運んだまま辺りを見回した。

 監視カメラの存在を最初から頭において見てみれば、監視カメラのない場所はどこにもないように見える。店の壁や電柱に備えられて目立ちにくいが、確かに在って来園客を見守り犯罪を監視している。

 だがAR眼鏡の視界検索機能を使い「監視カメラが見えればポイントせよ」と命令を入力すると、監視体制は完璧の一歩手前であるらしいことが分かった。

 ヒントの地図によれば、アニーが財布を盗まれた場所に光点があった。そしてその場所を監視できるように監視カメラは設置されていない。遠目で見ての判断だが、他の光点が在った場所も監視体制は薄いのだろうとクロエは踏む。

「盗みをする側は地の利を得るために十分な下調べをしていたのでしょう。だからアニーさんをあそこへ呼んで、盗みを成功させた」

「でも待って」

「はい」

「たぶんアコさんのいうことで間違いないと思うんだけど、でも……なんでゲームマスターがそんなことを知っているの?」

「奴らもここで活動する以上、監視カメラみたいに監視体制に関わるものを調べていたのかもしれません。メーベル家の人間を誘拐するのですから、財布を盗んだ連中よりももっと高度に複雑に計画や調査を用意しているはずです」

 フィルはネクサスにいる。ということはゲームマスターたちもネクサスにいる。そしてネクサスで人知れず犯罪に手を染めるのなら入念な下調べが必要になる――クロエは納得したように頷くとAR眼鏡を外してじっくり眺める。

 小さなアイスクリーム屋のメニュー表を教えるまでにAR眼鏡にはネクサスの情報が詰まっている。そんなものを「ゲームクリアのご褒美」として与えるのだから、ゲームマスターたちの準備はとても入念なものなのだろう。

 自分が戦っている連中の底の知れなさを思い知り、しかしクロエは臆しなかった。恐怖こそあるが、フィルを拐った連中への怒りのほうが勝っている。


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