第十九話 少女の願い
地下基地にたどり着いたクロエは昼に出会った樹のアニマノイドに出迎えられた。彼のいる場所はどこでも草木の香りが微かにするらしい。しかしそれはクロエの心を落ち着けることはなかった。
「フィーが誘拐されたって本当なの」
「ああ。お嬢ちゃんの連れがやりやがったんだ」
「連れって……アコニットさん?」
なにを言ってるんだ? メーベルの人間を守る立場の彼女が、どうしてそんなことをしなければならないんだ?
焦りと混乱とでいっぱいになっていたクロエは今度こそ考えるのを休んだ。
「そいつだ、黒スーツの姉ちゃん、あいつが大将をさらったんだ」
「アコさんがそうする理由がないわ。だって『ガーデン』のリーダーよ? フィルを守る側の人間がどうして?」
「RONの手先だったのかもしれねえ。いま奴らは空に飛行戦艦を飛ばしてる。なにか手引きしていたのかもな」
「手引きって! だから、そうする理由がないわよ」
聞いてみなくちゃわからんことだ。イグは残念そうに言うとタブレット端末を取り出してクロエに示した。
「防犯カメラの映像だ」
「ここって……あそこだ。最後にフィーと話をした部屋だわ」
カメラで撮った映像はフィルとクロエが部屋で会話しているのを捉えている。マイクもついているようで、クロエが激昂している声も収められていた。
「私が出ていって……それからアコさんがやってきて、なにこれ?」
「銃を突きつけているな」
「見りゃわかるわよそんなの。でもどうして? どうしてこんなことをするのよ。フィーは……なにか警報のようなものを押したのね」
「で、アコニットは全力で逃げ出した。大将を気絶させてから縛ってスタコラサッサだ」
「でもおかしいわ。いくらアコさんがめちゃくちゃ強いって言っても、フィーを簡単に背負って走れるものかしら」
持ってきていたAR眼鏡をかけながらクロエはイグを見上げ、そこで気がついた。フィルからのメッセージが来たことの通知が表示され、それがウィンドウ投影される。
〈大変なことになった。手短にメッセージを送っておく。アコニットが僕を誘拐した。助けてほしい。地下基地にはプランBのための道具を置いてある。君にしか使えないものだ。地下の人なら全員知っている。ひどいことをしたあとでこんなことを頼むのは間違ってる。でも、これは僕が望んだ結末じゃないんだ。頼むクロ、助けに来てほしい〉
きっとフィルがARコンタクトレンズの機能を使ってキーボードなしで送ってきたのだろう。手足を封じられていても視界にARキーボードを投影すれば目線で入力が出来るはずだ。
音読し終えたクロエはイグの両肩に手を乗せる。人の肌ではない、樹木の感触を得ながら叫ぶようにクロエは口を開いた。
「フィーがプランBのための道具を用意しているって教えてくれた。それはどこ?」
「あそこだ。案内する」
イグはクロエの手を引いて部屋を飛び出す。廊下にはシーとノームが待ち構えていた。
「クロちゃん!」
「シー、いまからプランBのための道具を取りに行く。なんなのか知ってる?」
パワードスーツよ――シーの代わりにノームが答えた。
それは聞いたことがある。というかフィルはそれに携わっている。遺跡発掘の団体にも関わっているし、パワードスーツの設計に携わる会社にも関係しているはずだ。
「シロが人のアニマノイドとして得た固有の能力、覚えている?」
「確か道具を発達させるとかなんとか」
「フィルはそれにかけていた。プランAがうまくいかなかったら、クロエちゃん、あなたにアレを鍛え上げてもらうしかないの」
「私が、シロが持っている能力でパワードスーツの性能を上げるってことかしら」
「そういうこと。さ、そろそろ着くわよ」
目の前を小走りで行くノームがドアめがけて走り出す。自動ドアは小人を傷つけることなく開き、そしてクロエを暗い部屋に招き入れた。
暗い部屋に明かりが灯る。
倉庫のような大きな部屋だとクロエはすぐにわかったし、その中央にあるものに目が釘付けになった。
丸いテーブルのような鉄の板が床にはめ込まれていて、三本の白い鉄棒が囲っている。鉄棒には無数の黒いロボットアームが接続していて、辺りには無数の紺色の目立つ金属パーツがある。
「まるで組み立て工場みたいな感じね」
「クロエちゃん。まずはあの床の上に立ってもらえる? あとのことは全部機械がやってくれるから」
ノームの言葉にクロエは迷うことなく従った。駆け足で丸い鉄の床の上に立ち、背筋をピンと伸ばして装着を待つ。
「ねえ! 服は脱がなくていいの?」
「そのままで大丈夫だ。なんだお嬢ちゃん、脱ぎたがりか」
「んなわけないでしょうが。服着たままでこういうのがつけられるとは思わなくて」
「真面目だねえ。ところで、フィルの大将から俺のことは聞いてるか?
「なにも聞いてないわ」
「だろうな。俺は大将と同じ会社でこいつの設計に関わってた。だから助言はいくらでもしてやれる、心配するな! さ、しばらく動くなよ」
装置の近くにあるリモコンのような機械を手に取り、イグが何回かボタンを押す。
するとモーター音とともにロボットアームがキュルキュル回りだし、パワードスーツの部品であろう金属パーツを掴んでクロエの体に押し当てていく。
「ちょっと! 痛いんだけどッ」
「これでもだいぶマシになったんだぜ、我慢してくれ」
ぶっきらぼうにイグが言い、その隣でシーが不安そうに見守っている。ノームは調整があるから、と残して部屋を出てしまった。
またたく間にクロエの全身が紺色の金属の体になっていく。シャープな印象のある、角ばっていないデザイン。漫画でこういうヒーローがいたかもしれないな、と自分の身体を見たクロエは急になにも見えなくなった。ロボットアームが顔に覆いかぶせてきたのだ。
「だからいきなりガツガツやるのやめてって――うわっ!」
真っ暗闇の中で文句をつけたクロエは、予告なく目の前が緑にぼんやり光ったのを見て驚きの声を上げた。装着された頭部パーツが投影するウィンドウにシステムチェックの進行具合が表示されている。
「お嬢ちゃん。HUDの調子はどうだ! 表示されてるものに不具合はあるか?」
「ハッド?」
「ヘッドアップディスプレイのことだ、いまシステムチェックが始まっていると思うんだが、問題はなさそうか」
「いま終わった。特にエラーとかは出てないみたい」
「オッケーだ。視界は?」
<オペレーションシステム起動。センサ類の起動を開始>
「なにこの機械音声? あっ、見えてきた。六角形のパネルがいくつも明るくなって、自分の体も床も見える。イグも、シーも」
すごいよクロちゃん! とシーが喜びを隠さずに声を上げた。すぐに彼女はクロエを携帯電話で撮影すると画面を見せてくる。
確かにすごかった。華奢な少女の姿などどこにもない。強化外骨格に身を包んだ性別不詳の人間らしい紺色の何者かがそこにいる。人間なのかアニマノイドなのかすら全くわからない。
だがクロエは直感した。これは格好がいい。漫画やアニメで見たサイボーグヒーローみたいじゃないか。シーもそう思っているらしく、どこか力強い笑顔が見えた。
「すごく強そうだしかっこいいじゃない!」
「私もそう思う。シー、イグ、裏口はない? この格好でキャッスル経由で外に出るのはマズくないかしら」
そんなこと言ってる場合じゃあねえが、とイグが壁を指差してリモコンを操作する。すると壁がひとりでに動いて小さなくぼみが現れた。
「そこに入ってくれ、カタパルトだ」
「カタパルトってことは、地上に射出するってこと?」
「ああ。壁に用意しているが性能は問題ない。ネクサスのどの島にでも飛ばせるんだ」
「アコさん……アコニットとフィーはいまどこにいるのかしら」
「監視カメラで見てるやつに聞いてみる」
樹木の肌で隠れて分かりにくいが、イグは耳元につけているインターカムで何者かと連絡をとっていた。まだ見ていないスタッフだろう。もしかすると誘拐事件の仕掛け人の誰かかもしれない、とクロエは予想をつけて壁のカタパルトへと向かう。
「西の島の近くだ。どうやらそのまま西端を目指しているらしい」
「そこにふたりがいるのね」
「どうやらアコニットは猫をかぶっていたらしい。運動が得意なアニマノイドでも対応できるかどうかわからん」
「そりゃあの人はとても強い――」
「分かってる。こっちだって今日の出来事は全部モニターしてんだ、だがいまのあいつはそれ以上だって言ってんだよ。なにか仕掛けがあるかヤクでも決めてんじゃねえのか」
「――用心するわ」
「そうしてくれ。あとそうだ、そのパワードスーツの話は移動しながら行う。まずは動かして体に慣れさせておいてくれ」
分かった。そう返す間もなくクロエは強い重力に顔をしかめた。
飛翔する銃弾はとてつもない速度で銃身を駆け抜け目標へ翔んでいく。まるでいまの自分はまさに銃弾だ。全身が歪むような圧力に絶叫しながらクロエは夜の光が視界に飛び込んでくるのを認めた。
体の細い月が煌めく星々のなかにいるのが見える。
全身を包む浮遊感。次第に忘れていた重力が全身に戻り、背の高い観覧車ほどの高さまで射出していたクロエは落下していった。
「ちょっと待って、嘘でしょ!?」
いくら強化外骨格に身を包んだとはいえこれでは死を待つばかりだ。
漫画で見たこういうキャラクターはジェットパックなんかを背負っているが、そんなものはクロエにはない。
<アシスト機能を起動。姿勢制御アシストを実行>
機械音声が頭の中で響くと同時にクロエの両手両足からごうッと炎が吹き出た。身体が勝手に動き、空中で四つん這いから直立姿勢へと変わっていく。
「助かったってわけ?」
「そういうわけだ。慣れないうちはアシスト機能がお嬢ちゃんを助けてくれる」
「イグ? どこにいるのよ」
「通信も問題ないな。まだ地下基地にいる。そこからサポートするってわけだ」
「なるほどね」
「ノームもそっちに向かってる。あの小人さんと一緒にやれば大将も助け出せるはずだ」
「フィーは西の島のどこにいるの? 初めてきたところだから土地勘もなにもないわ」
「いまはナラクっていうジェットコースターに向かってるみたいだ。そのHUDは声である程度操作ができる。マップの表示を命令してやればHUDに表示されるはずだ。やってみてくれ」
遠くに空中で爆音。空中戦艦の砲撃がネクサスのバリアドームで遮られている。攻撃を防ぐたびに激しく青く発光していいる「。園内放送ではキャッスルに避難するように来園客に呼びかけていた。
そんな様子を見ながらクロエはイグの指示通りに大きく声を上げる。すると緑色の園内地図が表示され、アトラクションの配置や名前も把握できた。ナラクという名のジェットコースターはここから近い。
「マップを閉じて。――ナラクの場所は分かった。すぐに向かうわ」
「オッケーだ。お嬢ちゃん、走りながら聞いてくれ」
ジェットコースターに向けて駆け出すクロエは、自分がいつもの何倍以上の速さで動いていることを認めた。
両足や背面に埋め込まれた推進装置が火を吹いて強烈に後押しをしてくれている。どんな陸上アスリートをも凌駕する性能をクロエは手にしていた。
「なに?」
「そのパワードスーツはとても強力だ。走る力も殴る力も、身体能力といって連想できるあらゆるものがとんでもなく強化されている。だが武器がない。手からビームは出ないし小型ビームもガトリングも搭載されてない。もしアコニットと戦うことになれば、こちらから武器の類を支援する」
「わかった。でも」
「どうした?」
「アコさんを、アコニットを、攻撃するだなんてできないわ」
「奴は大将を誘拐しているんだ。冗談でもなんでもなく、本気で」
「気持ちの問題じゃなくて技術と力量の問題よ。私、護身術を彼女から教えてもらってた。だからどれだけ強いかってのは分かっているつもり。パワードスーツがあったって勝てるかどうかが分からない」
「大丈夫だ。お嬢ちゃんなら、シロの力を持ってんなら大丈夫だ。なんとかなる。そう大将が信じてるんだ、俺だって信じるさ」
とのことらしい。その考え方はクロエも理解できるし、納得もしている。少し前に激怒をぶつけた相手だが、親友だ。
しばらく走るとナラクが見えた。西の島にあるアトラクションの大半が刺激強いものが多く、ナラクも見た限りでは絶叫系のジェットコースターのようだった。
他のジェットコースターよりも高く持ち上がり、地面にあいた大穴に全速力で突っ込むようだ。そんなナラクのコースターは少しずつ動いていた。
「これは……あっ!」
クロエは見た。プラットフォームに人影がある。あれは間違いない。アコニットだ。
「アコニット!」
「もしかして、クロエなの?」
「いますぐフィーを返して! どうしちゃったの、なんでそんなことしたの? 空にいる戦艦と関係があるの?」
ぐったりしているフィルを脇に抱えながら「ついてこい」とだけ返したアコニット。その背中にクロエは一気に追いつく。手足と背面から炎を吐いて推進力を得て、待ち行列もなにもかもをすっ飛ばしたのだった。
(このスーツ、私のやりたいことに合わせていろいろ最適化してくれているみたい?)
「ずいぶん装いが変わったわね、でも似合ってる」
「とぼけないで。アコニット、あなたはRONの連中の仲間なの?」
「そうといえばそう。でも私たちの目的はフィルじゃない。あなたなの」
「どういうことよ」
「あなたが、いや、シロ・ピースフィールがかけた魔法を解くためにはあなた自身を解析する必要がある。サラマンダーはそう言っていた」
「どうしてRONなんかに参加したのよ!」
「強いものが世界を支配する――サラマンダーは有能であればアニマノイドも人間も問わずに評価する。私は自分を試したかった。彼らの言う理想郷で自分がどこまで通用するのか……確かめたかったのよ」
そんな理由で? 崩れ落ちそうになるのをこらえながらクロエはアコニットをにらみつける。ヘルメットのせいで表情はわからないはずだが、怒りの態度は如実に現れていた。
「あなたもきっとやっていけるわよ。なんたって800年前の強敵があなたなのだから……その力を使いこなせれば私たちとうまくやっていけるわ」
「暴力と争いにまみれた世界がお望みだっていうなら、そんなのお断りよ」
「まるで救世主みたいな物言いね?」
「うるさい! 私はクロエ・ブルームだッ、フィーを返せッ!!」
決断的にクロエが言い切るが早いか、アコニットはなにかを投げつけた。
閃光と爆音。思わず顔を覆ったクロエは自分の体の異変に気づいた。HUDに〈異常知覚を検知。短時間感覚を鈍化します〉と表示されていて、実際に耳鳴りは急速に収まり、視界もなんらかの補正が効いてやや暗めになっている。
生身で受けるよりは全くマシにちがいない。搭載されているコンピュータがとんでもなく優秀なのだろう。クロエは立ち直り、しかしそこにアコニットとフィルはいなかった。
「どこに行ったの!」
「嬢ちゃん、コースターに乗ったようだ」
イグの通信に従って視線を向けると、コースターに乗り込んだアコニットが見えた。彼女はフィルを片手で掴み上げ、そしてコースターの外に放り投げられるように構えている。
「死なせたくなければ乗りなさい」
「アコニットォ!」
噴射炎とともに駆け出したクロエは手近なコースターに乗り込んだ。アコニットの近くのコースターはもう上に登り始めていて、そこには行けそうにない。
「そろそろ空中戦艦がバリアドームを崩す頃合いよ。取引しましょう」
「取引?」
「あなたがRONに来てくれればこれ以上戦艦が砲撃をすることもないし、フィルが無残に死ぬこともない」
「嫌だと言ったら?」
「フィルを殺す。コースターの頂点から手を離せば間違いなく死ぬわね。もしかするとネクサスの来園客も戦艦の砲撃で大勢死ぬかもしれない」
自分の身ひとつで数えるのも嫌になるくらいの命が失われる――そんな取引を一蹴できる手段はクロエの手札にはない。そしてフィルの生殺与奪を文字通り握っているのはアコニットなのだ。
「そうかい、まったく嫌な話だね」
「フィー!」
「助けに来てくれてありがとう、クロ。でもこいつの言うことを聞かないでくれ。もう僕らの知っているアコニットじゃない。耳を傾ける必要なんてない!」
フィルが力強い調子でクロエに語る。聞こえないように振る舞うのはアコニットだけだった。そしてガラスが割れるような耳をつんざく音が空から響く。
見上げればバリアドームが砕け散ったのが見えた。攻撃を防いで青く光った破片が空気に溶けるかのように消えてゆく。
思えばそんなものが遊園地に搭載されているのは初耳だし、必要があるのかとも感じたが、裏で巡る思惑たちを顧みれば防衛のためにあってもおかしくないのかもしれない。そんなことを考えたクロエは、ぐっとアコニットをにらみつけた。
この状況で助けが来るのだろうか。地下基地の人が別のパワードスーツを着てやってくるというのは考えられないか。だが時間がない。どれだけ用意が整っていたところでそれを披露する時間がどこにもない。
「コースターが落ちるまであと1分もないわよ。どうするか考えなさい。私たちと来てみんなを救うか、くだらない意地を張ってみんな死なせるか。あなたの願いはどちら?」
冷たい響きを持ったアコニットの声に、クロエはなにも答えなかった。だがしばらくの沈黙はクロエの側から破られる。
「フィーもネクサスにいるみんなも死なせない。それが私の願いよ!」
少女の願いは青い破片が降り注ぐ夜空に響いた。どこまでも真っ直ぐに。




