第十六話 ベストフレンド
「ネクサス、セントラル、キャッスル、エレベータ、53426ー―ねえシー。エレベータを使えってことだと思うんだ」
ゲームマスターから送られたメールは断片的でとても奇妙なものだったが、その意味するところはなんとなく読み取れる。キャッスルのエレベータで53426と階のボタンを押せばいいのだろう。
急がねばならない。午後10時になれば閉園になり、キャッスルで宿泊する来園客も行動をセントラルだけに制限される。そうなってしまっては目立ちやすい環境ができあがってしまう。早く動く必要があった。
「クロちゃん。エレベータを使えばフィルくんに会えるってこと?」
「そう。でもセントラルのエレベータなんてどこも埋まってるかもだし。普通のお客さんを巻き込んで順番に階数のボタンを押すのはちょっと無理があるわ」
「あー……お客さんはまだたくさんいるからね。ならスタッフ用のエレベータを使おう。あそこならまだ不自然に見られることも少ないと思う。ノリと勢いでなんとかしよう」
「わかった。それじゃあどこで合流する?」
「キャッスルのメインエントランスホール。そこでテキトーに待ってて」
シーとの通話は彼女の方から切れた。口の中で復唱したクロエは足早にセントラルを目指し、南に歩いていく。
しばらく歩くと、クロエの前にシーの姿が見えた。体のところどころに雪をかぶっていて、いまのいままで必死にノームを探してくれていたのだとわかった。
「シー!」
「クロちゃん! よかった、さっきはホントに大丈夫だったの?」
「電話で話したでしょ? 私は大丈夫だって」
「この目で見ないと本当かどうかなんてハッキリしないからね。さ、先に進もう。私が案内するよ」
シーが先導するのをついていくクロエは、シーが本当にスタッフ関係の場所に詳しいことを改めて認めた。
姉のヒューと一緒に動くことがあるのだろうかー―そんなことを考えながら、人目につかないようにエレベータにたどり着いたクロエは、ゲームマスターのメールにあった数字を順番に押していく。
するとエレベータの数字盤が不規則に光り、照明も狂ったように明滅を繰り返した。異常なことが起きている。身構えたクロエは、エレベータが通常の操作を受け付けないことに気づいた。まだ上にも下にも動いていないのに扉が開かない。
「クロちゃん、これってどうなってんの!」
「わからない!」
ほとんど叫ぶように返したクロエはがたんとエレベータが大きな音を立てたのを認めた。ひとつ間があいてクロエとシーを載せた箱が下へ滑っていく。
とんでもない速さだということは肌で感じられた。地下5階まであるらしいキャッスルの、さらにその下をとっくの間に通り過ぎているに違いない。
突然の事態に慌てながらもクロエは頭の片隅にどこか冷静な自分が呟くのを聞いた。ゲームマスター側の人間がこんなエレベータを仕込めるはずがない。どれだけネクサスやメーベル家に継いて情報収集が出来たとしても、ここまで介入や細工ができるはずがない。可能だというなら、ネクサス側の人間がグルであるとしか考えられない。
唐突に。エレベータは急に速度を落とし、ふたりは体勢を崩してしまった。猫が元のアニマノイドであるからか、シーはすぐに体勢を整えるがクロエはしばらく立ち上がれないでいる。
「大丈夫?」
「なんとか平気。ありがとう」
シーに助け起こしてもらいながらクロエは立ち上がり、エレベータの扉が開いたのを認めた。暗い廊下だ。
それにしても。アニマノイドが創られた人類だと? 安心したように微笑むシーを見てクロエは頭の片隅で考えた。あれはノームの作り話に決まっている。仮にそうだったとしてそれがなんだっていうんだ。シーはシーだ。初対面の自分を気遣ってくれる心優しい人物で、今では自分から信頼を置いても問題ないと心から思っている。
「なんだか暗い道だね。さっきの懐中電灯を使おう」
頷き返したクロエは懐から取り出してスイッチをつけて前に出る。すると、そんな必要はないと語りかけるように、廊下に埋め込まれていた照明がカッと光りだした。
眩しさに目を細めたクロエは、そうしながら目が慣れるのを待ってゆっくり歩き出す。
壁も床も黒く、それが照明の白さを際立たせている。もっと歩く人間のことを考えられないのかと心の中で毒づき、クロエは黒に染められたドアに近づいた。
自動ドア。その先は清潔感のある白い部屋だった。
そこにはアコニットがいた。黒いスーツ姿の彼女は回復しているらしく、肩に受けた銃撃のことはもう平気そうに見えた。
「アコさん! どうしてここに?」
「実は部屋で休んでいたら、気づいたらここに」
「怪我は平気なの?」
「奴らが治療してくれたようです。書き置きがあって、クロエ様を待っていたのです」
「待っていたって――」
「ゲームマスターからの書き置きでした。きっとクロエ様はここにたどり着くだろう。もし出来なければ、それはゲームの失敗を意味する。ここにプレイヤーの3人が集まれば、ここの扉が開く。そんなようなことを」
「――そうだったの」
そんな仕掛けのある部屋をネクサス側の人間と組んで作ったのか? それとも元から作られたこの部屋をのっとったのか? いくら考えてもよく分からないが、奴らの言うとおりならもうここに3人集まっている。先に進めてもおかしくないはずだ。クロエはそっと扉に手を触れた。
「直接対面というわけだ、クロエ・ブルーム」
扉の先は薄暗い大きな部屋だった。書斎のように落ち着くような雰囲気だ。
長い机の向こうで落ち着き払って椅子に座り、こちらに背を向けて語りかけてくるゲームマスターの電気的に歪められた声がなければもっといい雰囲気になるだろう。
ここに来るまでぐつぐつ煮えていた誘拐犯への怒りは急に沸点を超えた。楽しい旅行になるはずだった今日に横槍をいれて、半日近くも親友の命をかけられた「ゲーム」に付き合うハメになった。まずは一発ぶん殴ってそれからフィルはどこだと問いただそう。
「おっと、そんなに怖い顔をしてくれるな。折角のかわいい顔が台無しじゃないか」
目がついているのか、ゲームマスターの黒い背中が笑った。クロエは左右に首を振り、シーもアコニットも顔を怒りで歪めている。アコニットはもう隠し持っていた拳銃をいつでもぬけるように構えている。
「まずはゲームクリアおめでとう。よくやった、とほめてお――」
「ふざけるな! フィルはどこだああっ!」
クロエは殴りかかっていた。落ち着いて判断してゲームマスターと会話をするという選択肢は、彼女の手札から落ちて抜けていたのだ。
「――悪かった。だからそんなに怒らないで。ごめんよクロ」
不意をつくタイミングでゲームマスターが椅子を180度回転させた。同時にボイスチェンジャーもスイッチを切っていたらしく、機械的な歪みはさっぱり消え失せている。
そのせいでクロエは殴りかかった姿勢を解こうとして前につんのめった。ゲームマスターを殴れない理由があったし、なにより怒りに染まった彼女の思考が今度は混乱で一杯になってしまっていた。
「僕がゲームマスターなんだ。『やあ、クロエ・ブルーム。君は困難なゲームを成功に導いた。おめでとう。君の健闘を称えよう』……このボイスチェンジャー、なかなかいい出来だと思わないかい?」
「そんな、どうして――」
最後まで言えなかった。クロエの心には安堵が湧き上がり、そして同じくらいの失望がにじみ出ている。
アコニットも絶句していた。取り出していた拳銃を取り落とし、拾うことすら出来ていない。
そんな二人の様子を交互にみやったシーは「もしかして」とだけ呟いた。彼女の直感が光ったのだ。
「――フィー、どうして?」
「本当にごめん。アコさんもつきあわせて悪かった。」
「どうしてこんなことを? これじゃ誘拐の自作自演よ? なんでこんなことをしようとしたのよ!」
「話せば長くなる。でもクロ、その前にちょっと休憩しようよ。こんなことを今まで続けてきて疲れたはずだ。僕も疲れていてね」
クロエは目と耳を疑った。
藍色の短いマフラーに黒い大きなセーター。丈の長い白のチノパン。見ようによっては女の子のようにも見える雰囲気の、たれ目の親友は、申し訳なさそうに微笑み。深く頭をたれていた。
間違いなくフィル・メーベルがゲームマスターであると自白し、深く謝意を述べていた。ここで起きていることは現実だ。
だがクロエは信じきれなかった。目の前で繰り広げられた展開は全て現実のことだと物語っているのに、どうしても信じきれない。受け止めきれない。事実の衝撃が彼女の心を強く打っている。
「つまり、この誘拐事件は、フィル様の自作自演であったと?」
「そういうことになる」
「なぜそんなことを――」
「ああああああっ!」
問い詰めようとするアコニットに覆いかぶさるようにクロエが叫んだ。
これまで彼女は親友に対して強い怒りを抱いたことはなかった。今日この時までは。怒りのあまりに鬼のような形相に歪んでいるのを自覚しながらクロエは怒鳴り散らす。
「ふざけんじゃないわよ! どうしてこんなことを!」
「深い理由があるんだ。長い話になる、簡単に説明できることじゃないんだ」
「理由うぅ! 理由ってなに! 人を騙して、心配させて、そうさせる理由がなにかあるっていうの!」
「あるんだ。君のためでもあるし、世界の将来のためでもある」
「はあぁ!?」
「まずは落ち着いてほしい。身勝手なことを言っているのは分かってる。でもお願いだ。僕の話を聞いてほしい」
こんなに強い態度に出たフィルを見るのは初めてだった。怒りに染まった思考でもそれに気づけることにハッとしたクロエは深呼吸を始める。
フィルはこれまでにないほど本気で、何かしらの覚悟と意思を秘めて、こんなくだらない自作自演の誘拐劇を演じてみせた。とんでもない労力と人員とカネがかかっているはずだ。
そんなことをやろうとした理由を聞いてみよう。クロエはフィルに向かってしっかりと頷いてみせた。
「ありがとう。それじゃあ向こうの部屋に案内するよ。落ち着けるように温かいココアも用意する。残りのふたりはすぐに使いを出すから、そこで待っていて。迷惑かけたり怪我をさせたりして、本当にごめんなさい」
立ち上がって頭を下げ終えたフィルはクロエにやわらかく手招きする。彼がそうするのは普段からの所作だった。自分の調子をどこまでもブレさせない彼の後ろ姿を見て、クロエは思う。
いまこうして優しく接しているフィルも、ゲームマスターを名乗って自作自演の誘拐劇を演じきったフィルも、同じ人物だ。どちらが本物の彼なのだろう。収まりきっていない怒りを抱えながらクロエはあとに続いた。




