第十四話 世界の真実の一片
小さな見た目通りに軽く開いたドアはクロエを妙な空間へと招き入れた。
普通のダイニングルームであるように見えるが、最初のほんの数秒だけだった。土と岩の壁は威圧感こそあるものの尖っている部分が丸められ、危険な印象はない。
きれいに磨かれ清潔感さえ帯びている土の床には薄緑色のカーペットが敷かれている。大きなひし形を刺繍した敷物だ。その上には小さなちゃぶ台。近くには大きなモニタが光を放ってスライドショーを映していた。
50インチはゆうに超えているであろうそれは、きっと目の前の生き物には過ぎたものなのかもしれない――心の底からクロエは思う。彼女はいま「小人」と相対していた。
赤い三角帽子、青のだぼだぼな服。ふわりと広がる緑のスカート。服装自体はふつうの人間と差はない。身長だってクロエの腰より少し低いくらいならそこらにいる子供と大差はない。
しかしクロエはある違和感を覚えている。この「小人」の頭身が普通の人間ではありえないのだ。3か、長くても3.5頭身。人間の子供でこんな頭身と頭の大きさは通常ではありえない。まるでデフォルメされた漫画やアニメのキャラクターがそこに在るような、そんな錯覚を覚えたクロエは、長くなめらかな白髪の小人がおじぎをするのを見た。
「こんばんは。私はノーム、ここの……ネクサスのレアキャラよ。あなたはたぶん6番目の公式発見者になるわね」
「はじめまして、クロエです。やっぱりあなたが――」
その先の言葉を続けられなかった。小さな口と鼻に大きな深い緑の目。アニメのキャラクターが画面から抜け出たような違和感は、しかし不快ではなかった。無条件で受け入れてもいいと思えるような、妙な可愛らしさがある。クロエはそれに圧されたのだ。
だが。彼女はここに来た目的を忘れたわけではない。ノームを探し当て、見つけた証拠をゲームマスターに提示しなければならない。
「驚いた? 小人といってもただ背が低い人間ではないの。私はアニマノイド。もっというなら特別なアニマノイド、ファンタズマのひとり」
「ファンタズマ?」
意味がわからなかったが、ノームは部屋の隅にあった普通の大きさの椅子を引っ張り、ここに座るようにと柔和な笑みを向けてくる。人間の子供が持ちえないような妙な魅力がノームの動きに満ちていた。
「ありがとう」
「どういたしまして。……さっき、公式に6番目の発見者になると言ったよね」
「ええ」
「実は非公式の発見者も含めると7番目になるの。その子が1番目で、あとはみんな公式の発見者。なんであの子が非公式の発見者になったか知りたくない?」
いいえ。クロエは答えながら携帯電話をとりだしてノームに向けて構える。
「それよりも記念写真、撮りませんか」
「別にいいけど楽しくなさそうね。なにかに追われているとか、焦っているとか、そんな感じに見えるけど」
クロエは無言で携帯電話の操作を続け、セルフタイマーの設定を続ける。そうしながら彼女はあるものを見た。スライドショーに自分が映っていたような気がしたが、見えたのは一瞬で、すぐにノームが白い建物で微笑んでいる写真や広々とした青空を切り取った風景写真が中心のスライドショーが続く。
(あのそっくりさん白衣を着ていた? 医者かなにかなのかな)
「ねえクロエちゃん。写真をとるのはいいけど、そのかわりに話を聞いていってほしいの」
「話って?」
「もう長いことここのスタッフじゃない人と会っていないし。それに非公式な1人目との約束があるの。通算7番目に「ノーム探し」を成功させた人に、僕と同じ話をして欲しいっってね」
「よくわからないけど……そういうことならわかった。でもまずは写真よ」
小さな木箱を見つけたクロエはそれを使って携帯電話を立たせ、自分はノームの横に立った。大きな丸い目はやはり人間の持つものではないが、しかし嫌悪感を覚えることはない。どこをどうみても良い隣人になれるような親しみ深さがある。
「ピースサインをすればいいかしら?」
「どうぞ」
「あなたも笑ったらどう?」
「悪いけどそれどころじゃないの。こっちは時間がないのよ」
「お友達が大変な目に遭っているからでしょう。あなたは彼を助け出そうとして頑張っていたもの、疲れていて当然よね」
どうしてそれを――振り向きざまに驚きに目を開いたクロエは、自分が設定したセルフタイマーの光に目を細めた。
まだクロエはなにも言っていない。振り向きざまにだって言おうとして口をつぐんでいる。なのにどうしてノームは全て知っているかのように振る舞っているのだ?
これがゲームマスターに聞こえていればどうなるのだろう、ルール通りにフィルは殺されるのだろうか――いや、これは奴も想定外の事態なのでは? それにここは圏外。ゲームマスターの監視方法は分からないが、ルール違反であればすぐに携帯電話が震えるはずだ。
そうなってはないということは、いまは監視下にないのかもしれない。だがクロエは大胆な行動に出るつもりはなかった。現状どうなっているのかを把握できていないでこれ以上フィルを危険に晒すマネが出来るわけがない。
「エレメンタルって知っている?」
「なんの話?」
「知っているかどうかを聞いてるの」
「知らない」
「四大精霊のこと。火のサラマンダー、水のウンディーネ、土のノーム、風のシルフ。その元素の中に住む目に見えない生き物――そういう幻想の存在よ」
話が飛躍しすぎている。なぜフィルが誘拐されたことを知っているのかに端を発した疑問や推察に焦点をあわせていたクロエは、ノームが語るファンタジーの分野についていけないでいた。
「いったいなんのこと? なにを言いたいの?」
「さっき言ったでしょう。1人目にしたのと同じ話をするのだって」
「ファンタジーの講義がそれだとでもいうの?」
「できるだけ長くはしないでおくわ。それと、確認しておきたいのだけど」
「なに?」
「これから話すことはファンタジーなんかじゃないわ。全部現実に起きたこと、起きていること、本当のことしか言わない。虚構はどこにもない」
「そんなにもったいぶること?」
「この世界が嘘にまみれているってことを話すのよ。800年も生きてきた私が本当の歴史というものを教えるというの。1人目との約束で、7人目は聞き終わった時に開示するのも秘密にするのも自由ってことにしているわ」
「歴史の授業……こちらの事情がわかっているのなら手早く頼むわ」
まかせて! 張り切る子供のようにノームは明るく返した。これからなにやら大変な話をするらしいというのになんだか似合う態度ではないな、とクロエは思う。まるでこの時を心から楽しみにしていたような――しかし、なんだって? ノームはさっき「800年も生きてきた」とか言わなかったか?
「さて、どこから語ろうかしらね」
「カンペは用意していないの?」
「ないわ。素材は用意しているけど、ライブ感が好きなのよ」
講義にライブ感ってなんなんだと口に出さなかったクロエは、しかし顔に出てしまったかもしれないなと気を引き締める。
「そうね、んー。クロエちゃんはアニマノイドがなにかということを知っている?」
「なにって、普通の人間とは違う人類。植物や動物が人の形をとっている種族。そうでしょう?」
「そうじゃない。教科書に載っているようなことを言ってほしいんじゃないのよ。あなたが今日まで見たり話をしたアニマノイドのことを思い出して」
「……良い人もいれば悪い人もいる。普通の人間と変わるところはないと思った。でも……運動が得意なのかしら? 香木をかじって嬉しそうにしている奴もいた。そういう特徴ならあるのかもね」
「今日一日でよく観察したのね。思っていたよりとてもいい子だわ。そうだ、話の続きね。アニマノイドはそういう種族だって言われてるけど、あれはウソよ。真っ赤なウソ。本当は800年以上前に創造されたの。ああいうふうに『創られた』種族なんだ」
なにを言っているのかよくわからなかった。
アニマノイドは大昔から人類と一緒に生きているもうひとつの人類ではなかったのか。まるでロボットか何かを作ったみたいに言えるものではないはずだ。そう。人類がもうひとつの人類を創り出すなど出来るのだろうか?
「待って」
「はいはい」
「人がもうひとつの人類を作るなんて出来ると思う? それも同じような人間を作るんじゃなくて、動物と組み合わせたようなものや植物と組み合わせたようなものをよ? 仮に出来たとしてなんでそんなことをしたの? というか、アニマノイドのあなたがどうしてそんなことを知っているの?」
「質問が多いけど、答えられるように頑張るよ。どうしてどうやってアニマノイドを作ったんだってことだけど、アレは新しい技術が当時の人類にもたらされたんだ」
「新しい技術?」
「異次元からの来訪者。分かりやすく言うと異世界から魔法が渡ってきたの」
魔法があればアニマノイドを創り出せるというのか? というか魔法とは火の玉を打ち出したり他者を癒やすことが出来る、ああいうビデオゲームで見たような魔法のことなのだろうか?
「伝えられた魔法の本質は『想いを形にする』力を持っているってこと。魔法技術の基礎を得たこの星の人類は、異世界の魔法使いを招き入れて『魔法科学技術』という学問をひらいた。この学問はまたたく間に広がっていって、発展して、インフラや経済を発達させていったの」
「その先にアニマノイドの創造があったってこと? さっき言った『想いを形にする』っていう?」
「かなり曖昧な表現だけど、でもそうとしか言えないのよ。魔法科学技術、みんな『魔科技』とか『魔科技研究所』と呼んでいたんだけど、彼らは研究を進めるうちに『万物に魂が宿っている』ことをつきとめたの」
「ものに魂が宿る……アニミズムか。って、ことは、アニマノイドのアニマって!」
「アニマ。古い言葉で魂や生命を指し示すの。もう気づいたみたいね。魔科技の人たちは万物に宿る魂に人の形を与えた。どうしてそうする計画が立ったのかはわからない。おおかた、自分たちの技術の結晶でも作りたくなったんでしょうね」
「自己顕示欲ってこと?」
「たぶんそれに近いわ。そうして彼らはアニマノイドを創り上げた。人類の良き隣人とするためにデザインを調整してね」
これが本当のことだとすればとんでもないことだ――クロエは戦慄した。これまで社会が、世界が教えてきたことの一部がひっくり返ってしまう。800年生きているとかいうのがハッタリだとしても、ノームの言ったことがウソであると断言できないクロエはなにを言って良いのかわからなくなっていた。
「ここまで言えばクロエちゃんも察しがついたんじゃないかな?」
「え?」
「さっき私はファンタズマだといったじゃない? その後にエレメンタルの話をした。そして私はノーム。四大精霊、土のノームなのよ?」
「魔法は想いを形にする力。そしてアニマノイドはそんな魔法の力と科学技術をあわせて創られた人類。……ファンタズマは確か、昔の言葉で幻って意味だったかしら」
「そうよ。幻とか、幽霊とか、そんな感じの」
「つまりあなたは……幻の、空想の存在とされていたものから創り出されたアニマノイドなんだ。でも四大元素なんてファンタジーで、現実にあるものではない。でも魔法は『想い』を形にするんだ。猫も樹木も現実にある。そしてファンタジーは現実のものではない。でも魔科技のアニマノイドの技術の前では、元ネタが現実にあるかどうかなんて関係がない」
ひとつひとつ確かめるようにクロエはノームの目を見てゆっくり話す。相槌をうつように頷いていたノームは、クロエが話し終わった途端に手を伸ばして頬に触れた。
「えっ、なに?」
「正解よ。魔科技の人々はアニマノイドを創るだけでは飽きなかったのよ。アニマノイドの技術を使って幻想の存在を現実に形にすることが出来るんじゃないか? そう考えたのでしょうね。そうしてプロジェクト・ファンタズマは発足した。その過程で私が創られた」
「……よくそんなにスラスラ言えるね」
「どういうこと?」
「自分が創られたってこと、もし私がそうだったらって思うと、なんだか恐ろしくなる」
「価値観の違いなのかもね」
明日のゴミ出しよろしくね、なんて言うような調子でノームは微笑む。そんな小人の振る舞いにクロエは異質さを感じ始めていた。
「すこし休憩にしましょうか。初めて知ることばかりで疲れたでしょ?」
「ああ、まあ……」
「コーヒーを淹れてくるわね。ブラックコーヒーはお好み?」
「どっちかっていうと苦手。砂糖とかスプーン1杯盛ってもらえる?」
「分かったわ。ちょっと待っててね」
ノームは軽く手を振ってクロエから離れ、小さなキッチンへと向かう。ガスではなく電気を使った加熱装置を使っているようだ。当然だ、とクロエは思う。換気がロクにできなさそうなところでガスを使うだなんて自殺行為だ。
「おまたせ。それじゃあ続きをやりましょうか」
お互いにコーヒーカップを手に椅子に座って向き合う。ノームはレアキャラのはずだが、こんな日のために備えて普通の人間が扱う大きさの家具や食器を用意しているらしい――用意が良いのだな、とクロエは感心する。
「アニマノイドの始まりと、アニマノイド・ファンタズマについての話をしたわね」
「それが本当かどうかは置いといて……でも興味深い話ではあるわ。で、質問なんだけど。あのモニタに映ってるの、私のそっくりさんよね?」
コーヒーを待っている間にクロエは、スライドショーに何度か自分に似ている少女が白衣を着て映っているのを見ていた。十中八九、よく似た別人が働いている風景を切り取ったものなのだろうが。それでもクロエは妙な不安を拭うことが出来ずにいる。
「そうね……あれはクロエちゃんではない。ファンタズマとして研究されていたころの私の担当者ね。ちょうどいいし、そのあたりの話をしましょうか」
「あともうひとつ質問させて」
「ええ」
「さっきまでの話がどうにも信用出来ないって思ってた。その理由が分かったの。もうひとつの人類を創るなんて荒唐無稽な話は同じくらい無茶苦茶な魔法ってもので解決出来たとしましょう。じゃあなんで、いま、この世界に、魔法は存在していないの?」
どこか勝ち誇るようにクロエは言葉を区切っていく。
これまでのノームの話が全部ウソだとするなら、彼女がただの小人のアニマノイドだというのなら、これを説明出来なければノームは真実を語っていると証明できないはずだ。
「まさかこの世界に魔法がないなんて思っていたの?」
「え?」
「ふふっ。確かにそこは気になるところよね。うん、それもこれから話すことで説明できそう。その前に深呼吸させて。喋ることをまとめないとね」
コーヒーカップをちゃぶ台に置いたノームは椅子――子供用の小さな大きさだ――に座ったまま伸びをする。
そんな所作にクロエは困惑と怒りを覚えていた。
ノームはフィルが危険な目に遭っていることを何らかの手段で知った。恐らくは同じ方法でクロエのことも知った。ならば3人パーティでゲームをすることや部外者に誘拐のことが知られればゲームオーバーということも知っているはずだ。
だというのにノームはフィルの命を顧みる振る舞いをしてくれない。運良く圏外で、仮にいまはゲームマスターからの監視から逃れられているとしてももっと配慮が出来るはずだ。
そうしなかったことに怒っている。しかしいま優先すべきことはゲームの進行だ。そのためにはノームの昔話に耳を傾ける必要がある。ひとつ遅れて荒ぶりつつある心を鎮めるようにクロエは静かにコーヒーカップに口をつけ、傾けた。




