第十三話 第三のゲーム「ノーム(小人)探し」(後)
北の島、ネクサス従業員が居住する区画がある場所。そこにクロエが探し求めるノームがいるはずだ。小人とも表記されるそれは、しかし懸命に探索を続けても見つかる気配がない。
島の北部には山があり、そこは自然豊かな森になっている。人の手が入らないナチュラルな自然環境――晴れの昼間に森林浴をするのは楽しそうだとクロエは思う。だがいまは午後8時、タイムリミットまであと2時間を切ったところだ。日も落ちて肌を刺すような寒さもある。焦りや疲れがストレスとなってクロエの心に不安として重りがかかっていく。
「くそっ……公式の目撃情報を重点的に探っていくのはいい手のはずなんだけどな」
確かめるように呟き、自分の携帯電話が震えていることに気づく。シーからの着信だと気づいたクロエはすぐに電話のスイッチに触れた。
「D地点とE地点を見てきたけどこっちはダメだ。それっぽい痕跡もない。クロちゃん、そっちは見つけたかい?」
「私のところもダメよ。AとB地点を見てきたけど……小人がいたんだろうなってのはなにも。小さな足跡だって見つからない」
いまは冬の季節だ。山の近くにある森にだってうっすらと積雪はしている。この近くにノームの家があるとして、そこへ向かうために歩いているはずだ。であれば小人相応の足跡が不完全でも残っているはず。
他にも枝が折れているかを見るとか、そういうことを素人ながら考えて確かめて歩いていた。だがクロエはスカウト(斥候)の素人だし、シーもそうだ。こういった場面に備えての特殊な訓練を受けていない。
アコニットはそうではないかもしれないが、痕跡をもとに追跡ができるなんて話を聞いたことがない。電話越しにアドバイスを受けられれば話は別かもしれないが、眠っているのかアコニットは電話に出られないようだった。
「となると、残りはC地点だけか……私は東側から見てみる。クロちゃんのとこからだと南側から調べたほうが早そうだね」
「そうね。見つけるまで、あきらめな――」
クロエは発言をやめた。静かに携帯から耳を話す。
誰かが喋ったような気がしたのだ。自分でもシーでもない誰かが。雪の森にはもう誰もいないはずなのに。
「どったのクロちゃん」
「――いや、誰かいたような」
「誰かって?」
「声が聞こえたような気がしたの」
「どんな声?」
「分からない……女の子のような印象はあったけど」
幻聴なのかもしれない、とは付け加えなかった。ここで不安や心配させるようなことは言わない方がいいに違いないと思ったのだ。
「もしかするとノームの声なのかもね」
「だといいんだけど。とにかく、C地点に向かうよ。また連絡しよう」
分かった。そう返って電話が切れる。
あの幽かな声は誰のもので、なにを言っていたのだろう。それとも本当に幻聴で、ありもしない声を疲れと焦りに染まった脳が創り出したのだろうか。
とにかく集中しなければならない。クロエは懐中電灯の明かりを使ってパンフレットを開き見る。ヒューからもらった印付きのパンフレットで、公式に認められたノームの発見場所の計5つを赤い丸で示している。
ヒューの協力があって「今日はノームは北の島にいる」ことを確かめたクロエは、5つの目撃情報の地点を西からアルファベットを振って呼ぶことにした。クロエはAから探し、シーはEから探す。挟み撃ちをするようにふたりで捜索を進めるのだ。
だが進展はひとつもない。最後の最後でとんでもない無理難題を押し付けたのだと改めて思い知らされ、クロエは思わずため息をついた。
帰りたい。
そんなことは言ってない。クロエは歩みを止めてあたりを見回す。
自分の声ではない。これはあの幽かな声だ。再び聞こえた声は、やはりどこから発せられているか分からない。
もう一度。
再三、あの声が聞こえる。今度はよりはっきりと聞こえた。
AR眼鏡に地図情報を投影させる。B地点とC地点の間にいるクロエはそこから東を向いた。声がしているのはC地点ではない。そこはクロエのいるところから北東に進んだところにある。
先に幽かな声について調べてみよう。未だに手がかりのひとつもつかめていないクロエはわらにもすがる気持ちで歩む向きを変えた。
なにを言っているかは不明瞭で聞き取れないが、どうやらネガティブな気持ちがこもっているのは疑いようもない。怒りよりは悲しみの感情に満ちたささやきだ。
AR眼鏡で表示させた現在地の分かる地図によれば、クロエはC地点の真南にいるようだった。この声はノームのものだろうか? それとも迷子になった子供のものだろうか。
だが――クロエは困惑を深める。どこにも痕跡がない。
自分の足跡は深く刻み込まれている。体重が重すぎるとかいうことが理由ではない。たぶん雪の質が原因だろうとクロエは思う。それならば自分のものではない足跡を見つけてもいいはずだ。ずっと足元を強烈な懐中電灯で照らしているのだから。
しかし、それでも。どうしても痕跡が見つからない。声の主は、その声の印象通り幽霊だとでもいうのか。地面に足跡がないのなら、彼に足がないことを意味しているのか。それとも地に足のつかないやつだというのか。
ノームが幽かな声の正体という証拠はどこにもない。だがクロエは直感していた。公式の発見報告件数がたったの5件。どこにいるかわからない声の主。これが符合していない方がおかしいに決まっている。
突然、閃きを得たクロエは懐中電灯を夜空に向けた。
晴れ渡る夜空に強烈な光の筋が伸びる。もしかするとシーにも見ているのかもしれない。
不自然に折れている木の枝はないか。木に積もっている雪が落ちているところはないか。じっくりと光で照らして眺めるクロエは集中して息も細くなっていた。
足跡がないということは、声の主は木の上で生活している――そんな閃きだったが、間違っているらしい。
しかしいまでも幽かな声は続いている。夜の森に得体のしれない声。ホラー映画に似つかわしいシチュエーション。だが状況が状況だ。はやくノームを見つけ出さなければ。制限時間はもう残り2時間を切っている!
「どこにいるのよ!」
たまらず声をあげるクロエ。そんな彼女の聴覚は「ここよ」と小さく返るのを聞き逃さなかった。どこから声がするのか分からないが、声の主は近くにいる!
「でも空にはいない。木の上にも。じゃあいったいどこなら地上の痕跡を消せると……まさか、そんなことって」
瞬間、クロエは雪の上に伏せて右耳を雪につける。
もうこれしか考えられない。地上に痕跡を残さない何者かは空にいなければ地下にいるはずだ。
「そこ!? そこにいるの!?」
地面に向けて叫ぶ。だが声は返らない。
だがクロエは確信していた。声の主は、もしかするとノームかもしれないそれは、地下にいる。彼女の勘が、第六感と呼ぶべき感覚が騒いでいる。目に見えないなにかに触れ、感じ取っているのだ。
「そこなのよね、待っていて、すぐに見つけ出す!」
ノームは地下に住んでいるはずだから一緒に探してくれ――そう頼もうとして携帯電話を取り出そうとしたクロエは絶叫した。地面の感覚が消え去ったからだ。
どうして落ちたのかを理解するのに数秒。頭から「滑っている」クロエは自分が穴に落ちたことに気がついたが叫びが止まることはない。
土と雪が彼女の顔面を容赦なく汚していくが、深い傾斜のすべり台めいた穴は一切の制動を試みる動きをあざ笑うかのようだ。
「わあああああああッ!!」
右に左にとくねり、落ち続ける。もうどれだけ落下しているのか想像もつかない。ずっとこのまま落ち続けるのだろうか? 絶え間ない痛みと恐れに包まれ、しかしそれはフッと一息吹きかけて飛んでいくホコリのように消え去った。
すなわち、クロエはすべり台めいた穴から脱し、投げられるように宙を飛んでいる。慣性と重力の行き着く先は――
「うわっぷ!!」
――柔らかな感触。身を起こすのもやっとなくらいにもこもこして掴みどころのない毛布のようなものの正体は、はたして、毛布そのものだった。白く巨大なそれはクッションの役目を十分に果たしている。
大怪我をしなくて済んだことに安堵しつつ、クロエは転がって巨大な毛布を脱する。どうやらここは地下の大空洞のようだ。上を見ればついさっき吐き出された穴が見える。
服についた土を払いながらクロエはあたりを見回す。壁にはランタンが長い間隔で吊るされていて、薄暗い空間を演出している。
ここはいったいどこなんだ? クッション代わりの毛布にランタン。少なくともここが人の手が加えられていない天然自然の場所ということはないだろう。であればここがノームの住処なのだろうか?
一箇所だけ明かりが強く漏れている場所がある。細い道が右に伸びているらしい。まずはシーに報告しなければ。携帯電話に手を伸ばしたクロエは思わず舌打ちした。圏外。無常にも携帯電話の隅の表示はこの状態を告げていた。
AR眼鏡のネットワーク機能も動いていない。完全に孤立している――ここからはたったひとりでゲームを進めなくてはならない。
孤独な現状と、にじみ出るような不安。クロエは慎重に歩を進める。先程見つけた強い明かりの場所に向けて。
「……そこに誰かいるの?」
明かりの強い道を歩いてしばらく。古めかしい木の扉とその向こうからもれる光は確かに誰かいることを予感させた。
だがそれだけがクロエの不安を煽ったわけではなかった。彼女が通るにはその扉は小さいのだ。少しかがまなければ通ることができないほどに小さく作られたそれは、媚の戸の生活空間を想像させる。
(パンフレットではノームは小人とも表記されていた。ということは……)
小人がこの先にいるとしても不思議ではない。深呼吸してクロエはかがみ、軽く扉をノックする。猫女も狼男も、それどころか人の形をした樹木人間だっている。小人がいてもなにもおかしくないのかもしれない。
「はいっていらっしゃいな。そこは少し狭いだろうけど、中は広いわよ」
若々しい穏やかな声だった。女のようにも、男のようにも聞こえる。意を決してクロエはそっとドアノブに手をかけた。




