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第十二話 第三のゲーム「ノーム(小人)探し」(中)

 シーの家でたいらげたカレーライスは、クロエがこれまで食べたものとは趣が違っていた。独特のスパイスが効いたカレーが鼻の奥を熱くくすぐり、気持ちよく食欲をそそるものだった。

 だからクロエは心から「ごちそうさまでした、美味しかったです」と言えた。そんなカレーを作ったヒューも嬉しそうに「どういたしまして」と返している。

「それじゃあ私はノームのことを聞いてみるよ。クロエっていったっけ?」

「はい」

「なんでノームを? いや、調べるには調べるし、そうしないとシーのやつが……なんていうか、私の立場がヤバいから調べなきゃならないんだけどさ」

「私の大切な人のためです」

 詳細を語らなければゲームオーバーにはならない。確信を抱きながらクロエははっきりと答えた。

 これ以上は喋る気はないという意志の表れでもある。それを汲み取ってくれたのか、ヒューは納得したように何度も頷く。

「そういうことなら任せきな」

「ありがとうございます」

「閉園時間までにノームに会いたいんだろ? ちょっと時間がかかるが、それまでにはなんとか居場所くらい絞ってやるさ」

 にっこり笑うヒュー。優しそうな顔立ちをしている妹のシーとは違ってどこか豪快さを感じさせる印象をクロエは受け取った。

「シーと仲良くしてくれてありがとうな。それじゃあちょっとアテをあたってくる、待っててくれな」

「よろしくお願いします!」

 頭を下げたクロエは、自分が気品ある所作で動けていることを願った。途方もなく成し遂げるのが困難に思えていたことを託すのなら、相応の態度をとらなければならない。

 シーが呼ぶ声で頭を上げる。見ればシーはリモコンを持って椅子に座り、テレビを見ようと電源ボタンを何度も押しているらしかった。

「どうしたの?」

「いや、なんか、リモコンの調子が悪くてさ」

「電池が切れたんじゃないかな」

「昨日交換して切れるなんてことあると思う?」

「それならリモコン自体がイカれちゃったんじゃない」

「クロちゃん、ちょっと触ってみてよ」

 差し出されたリモコンを受け取ったクロエは、AR眼鏡がひとりでに「スキャン中」とウィンドウを投影させていることに気づいた。

 この機械の眼鏡はいったい何時、どこでアップデートを繰り返しているのだろう? ゲームマスター側の人間が密かに手を回しているのだろうか。一般家庭のリモコンをどうにかするためだけに?

 AR眼鏡が「スキャン完了・当デバイスに障害は検知されませんでした」と表示するのを一瞥したクロエは、そんな考えをバカバカしいと笑い捨てて電源ボタンを押す。するとテレビが鮮やかな光を発し始める。

 古めかしい線路と機関車を舞台に屈強な男たちが銃撃戦をしている。古い映画を放送しているのだ――過去にフィルと一緒にそれを見た記憶が浮かび、あぁこれか、とクロエは呟いた。

「やっぱりクロちゃんはすごいね」

「すごいって、これたまたまよ。電池の接触が悪かったんじゃない?」

「そうかなあ……その、例の連中から渡されたっていう機械の眼鏡も使いこなしているし、機械に強いんだよ、きっと」

「自覚はないけど、うん、ありがとう」

「ところでクロちゃん。ちょっと変な話をするけどさ、いいかな」

 真剣な表情だ。思わずクロエはしっかりと頷き返してしまう。

 変な話とは言うが大事な話に違いない。シーが問いかけるのをじっと待つ。

「クロちゃんは記憶喪失で、ずっと第九大陸にいた。だからアニマノイドを見るのは今日が初めてだった。だよね?」

「ああうん、そうそう」

「アニマノイドがどういうものかって知ってる? どこでどうやって知ったのかも聞きたいんだけど」

「えっと……メーベルの屋敷でフィーから教えてもらった。万物に宿る魂が人の形をとったんだとか、動植物が人の形をとって生きているとか、そんな感じの。実物を見るのは今日が初めてだけど、どういうのがいるのかってのはテレビとか雑誌とか、それで見た。ねえシー、こんなこと聞いてどうしたの?」

 たまらずクロエは聞き返した。質問の意図が見えてこないことに苛立ちを覚えたのか、なんてことないような話を深刻そうに話すのが気に入らないのか、自分でもわからない。だが確かなことは、シーがこれを真剣に捉えていることだけだ――クロエは黙って言葉を待つ。

「えっと、上手く言えないんだけどさ。クロちゃんはアニマノイドをどう思ってる?」

「どう思ってるってどういうこと?」

「そのまんまの意味。なに言っても怒らないし、教えてくれないかな」

「怒るようなことは思ってないし考えてもいないけど……そうね、普通の人間と変わらないんだって思った」

 もっと詳しく聞かせて。真面目な調子でシーが言う。おちゃらけた感じのない目つきをクロエはしっかりと見つめた。

「正直なところ私は人付き合いが得意な方じゃないし、記憶だって1年分しかない。だから人と接した経験が多いわけじゃない。それでも人間は良い人ばかりでも悪い奴ばかりでもないって分かってるつもり」

「うん」

「実際、シーはとんでもなく良い人だし、悪いことから足を洗えないでいるロンみたいな悪い奴もいる。ね、そういうところには共通していると思うんだ。それに今日知り合ったばかりだけどさ、シーはとても表情が豊かっていうか、なんていうかさ」

「え?」

「自覚があるかどうか分からないけど、いつも楽しそうな感じだし。かと思ったら深刻そうに眉をひそめたり、怒ってみせたり。表情筋がすごいんだなって、そう思った。一緒にいてとても楽しい人だなって」

「そっか……ありがとう。変なことを聞いたね」

 噛みしめるようにシーは言う。褒められなれていないのかどこか顔が赤らんでいる。そんな仕草を見て、クロエはやはり「人間とアニマノイドに差異はない」と強く考えた。


 しばらくテレビを見てクロエとシーは談笑していた。テレビはチャンネルを変えていないので映画がまだ続いている。

 映画は中盤に足を踏み入れ、主人公のタフな中年が撃たれた右肩をヒロインに治療してもらう場面だ。弾は貫通したから問題ないと言い張る主人公の姿を見たフィルが「アコニットも同じことを言いそうだよね」なんて笑いながら語りかけたのはいまでも鮮明に思い出せる。

「そういえばさ、クロちゃん」

「うん」

「フィルくんとはどんな感じの仲だったの? というか、クロちゃんは彼を好きだったりするわけ?」

「えっと……好きってどういう意味でかしら」

「そりゃもちろん男の人としてとかさあ」

 緊張をほぐそうとしてこんな話を振っているのだろうとクロエは思った。

 急に顔が熱く感じるのはさっきまで食べていたカレーライスのせいだけではない。フィルを異性として意識する――今までそう考えたことはそうそうなかった。

「なんか顔赤いけど!」

「そんなことないよ」

「だったらどうして顔が赤くなってるのさ」

「だって変なこと考えさせるようなこと言うんだもの」

「別にそんなに変じゃないと思うけどな。義理の兄弟なんだし。でも親友って気持ちのほうが強いのかな?」

「正直……正直に言うとさ、その、ほら、監視されてるわけだし。これが終わったら話すよ。絶対に」

 えぇ、とシーは不満げな声を上げた。何の文句があるのだろうとクロエは覗き込むように視線を投げると、シーは小さく口を開く。

「私だって奴らの監視を受けながら喋ったのに」

「さっきの話のこと? あっ、そうか、ごめん」

「わっと! そんなにマジで謝らないで、そんなに気にしているとかじゃないからさ」

 どうやら自分の反応は大げさだったらしい。シーが振った話題のせいで興奮しているのかもしれないな、と反省しながらクロエは誰かが部屋に入ってくるのを認めた。

「ヒューさん! どうでしたか?」

「なんとか絞り込めた。なんでもやってみないとわからんものだね、君には悪いけどダメだと思ってたよ」

 本来なら客に教えてはならない情報を教えてほしいと頼ったのはクロエの側だった。ヒューは首を横に振る役割の人間のはずだが、シーのおかげで最初の一歩が踏み出せている。弱みを握っているとかそういう人間関係がこの成功を導いているに違いない。

 それならば――クロエは思う。全部が解決したら人間関係を広めよう。人付き合いはどちらかと言えば苦手だが、出来るところから少しずつ進めればいい。

 利用するだけじゃない。いつかヒューとシーに恩返しができればいいなと思うように、誰かに助けられたら助けたくなるのが人情だ。それが道理だ。もしかしたらフィルはすでに似たような生き方をしているのかもしれない。

「お姉ちゃん。ノームはどこにいるって?」

「もう自分の家にいるってさ。今日はそこから出歩いてないって聞いてる」

「確かここにいるんだよね。他の従業員と同じようにさ」

「東の島のどこかにいるはずだ。それと……ゴメン、名前、なんていったっけ?」

 野性味の強い視線を向けられるクロエ。一瞬遅れて問いかけの意味を理解して、ひとつ間をおいて頷き返す。

「クロエです。クロエ・ブルーム」

「そうそう、クロエちゃん。ノームの発見情報もまとめておいた。このパンフレットを使ってくれ」

 手渡されたのは入園時に手にしたパンフレットと同じように見えた。だがすぐにクロエは違いに気づく。カラフルな付箋がいくつかついているのと、ネクサスの地図が印刷されているところに赤い丸がいくつも描かれているのだ。

「来園客とかの目撃情報をまとめて描いてみた。この赤い丸が目撃場所、小さく日付と時間も添えた」

「これまで5件しか目撃情報がないってこと?」

「少なくとも公式に上がっているのが5件てこと。ネクサス側に見たって言えば、こっちで調査して裏とって本当だったらご褒美をあげるって仕組みなんだよ」

 クロエは納得したように頷き、もらったパンフレットに視線を落とす。パンフレットの付箋のついたページには、ネクサス側が提示している「小人ノーム探し」というコンテンツの概要が掲載されている。

 それなりの証拠をもって報告すると豪華景品が当たるらしい。なるほど、商品券だろうか――謎のベールに包まれた景品は、しかしクロエにとっては大切な親友の命なのだ。

「非公式な目撃情報もあるかもね。ネットの掲示板とかさ」

「確かに。景品目当てにネット上でグループを組んでいる人もいるかも」

「そういう非公式な情報もまとめようかと思ったけど……情報をまとめるのに時間が圧倒的に足りない。もう18時も近いし、閉園までの時間も迫ってる。そう簡単に探し出せる相手じゃないってのは分かるでしょ?」

 そりゃそうだ。クロエはゆっくり頷く。ここが開園して何年も経っているのに、公式に認められた発見報告がたったの5件しかない。情報をまとめてもらったとはいえ、探し出すのは困難を極めるだろう。

「でもやります。やるしかないんです」

「相当な覚悟って感じだな……分かった、こいつを持っていきな」

 隣の部屋からおおきな懐中電灯を持ち出したヒューは「使い方はわかるか?」と問いかける。メーベルの屋敷では非常時にしか使われなかった道具だが、クロエは何度か見かけたことがあった。

「スイッチを押すと明かりがつく、ですよね」

「ああ。電池は交換済みだから、一日中つけっぱでもビガっと照らしてくれるさ。もう外も暗いからな、足元暗かったら転んで怪我してしまう」

「気遣いありがとうございます。それじゃあ、行ってきますね」

「そういや宿はセントラルのをとってるのかい? ないなら今日は泊まっていくか?」

「いえ、もうキャッスルのを予約しているんです」

「大事なお客さんってわけだ。シー、ちょっとついてってやんな」

 言われなくてもそうするつもりだったよ。明るい調子で返したシーも懐中電灯を手に玄関に向かう。お辞儀をしたクロエは、ヒューが小さく手を振ってくれていることに気づいた。

 過去にどんな悪いことをシーと共にしてきたのかは分からない。たぶん隣にはロンもいたのだろう。猫と狼のアニマノイドの犯罪グループ――だがそんな過去はクロエを怯えさせはしない。いまのふたりを見ているのだ。親切で心優しいふたりを。


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