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第十一話 第三のゲーム「小人(ノーム)探し」(前)

 

 エレベータから降りた頃には読み終わっていた。簡潔に要点だけ説明したクロエは、シーが「それならさ」と提案するのを聞きながらホテルのエントランスを出口目指して歩いていく。

「たぶん力になれると思う。一緒に北の島に行こう」

「北の島? それって、ここで働いている人たちが住んでるってところじゃなかった?」

「お姉ちゃんに手伝ってもらうの。大丈夫、こっちの事情はわからないようにするから」

「んー、分かった。頼りにするよ」

 まかせて! 人が多いなかでシーは声を張った。周りの人々が驚いたようにシーを見るがクロエは気にしない。肝心のことが発覚しなければいい。自分たちが誘拐事件を秘密裏に解決しようとしていることさえバレなければそれでいいのだ。




「キャッスル」のホテル部からまっすぐ北に行けば、セントラルと北の島をつなぐ大きな橋に出る。東の島や西の島への移動手段である地下鉄や船もあるが、こうした橋は北の島との接続にしか用意されていない。

 パンフレットの地図通りに動けたクロエたちは「プリズム大橋」と名付けられたその橋を歩くことにした。歩くに連れて人は少なくなっている。それも当然だとクロエは思った。


 東の島のダンスイベント会場で起きた事故。それが来園客の不安を煽っている。ここまで歩く中で立ち話に興じる人々の姿と声が物語っていた。

 ロンが逃げ出す時に爆発物を使ったのが事故の真相だが、それすら知られている様子がない。原因不明の爆発事故――来園客があまり活発に出歩かなくなったのは日暮れが近いだけではなかった。

 午後4時。冬の季節、すでに太陽は沈み始めている。華美な装飾が施されたプリズム大橋の電灯が辺りを照らし、降り積もる雪の量も朝に比べて増えていた。

 暗く寒い環境の中で「ノーム」なるアニマノイドを探して歩き回るのは確かに賢い選択とは言えないかもしれない、とクロエは思う。他に方法がないのなら自分の足で見て回るしかないが、そういう意味でもシーと彼女の姉を頼るのはとても良いことのはずだ。

 少しずつ肌を刺していくような寒さにクロエは顔をしかめつつ、前を歩くシーの後ろ姿を見てあることが気になりつつあった。

「ねえ、シーってあのロンというやつと知り合いだったの?」

「え!? なんでそんなこと思ったの?」

「ロンが言ってたでしょ、ほら、『シャローンじゃねえか』って。なに言ってるんだろうと思ったし、そんなの気にしてられない状況だったけどさ。でも、考えてみたらおかしいんだ。あんだけ近い距離で知り合いの顔と名前を間違える? 私なら間違えない」

「クロちゃん……それはいま話さないとダメかな」

「いますぐじゃなくても良い。でも気になることなんだ」

「……そうだね、気になることがあったらノーム探しも集中しにくいか。それなら私の家で話していいかな? 立ち話できることじゃないからさ」

 橋を渡り終えてシーが右手を東に伸ばす。橋の向こう、北の島には「ふつうの住宅」が立ち並んでいる。

 本来なら豊かな自然が過ごしやすそうな景観を作っているのだろうが、幅広の道に植えられた木々の枝は雪をのせてしなだれている――白と赤の石畳を歩くクロエはこの場所の美しさに感心したが、それだけだった。やはり隣にフィルがいなければ素直に喜ぶなどできやしない。




 橋を渡って東に5分歩いたところにシーの家がある。

 小さな1階建ての、雪かぶりの赤い屋根が街灯に照らされた家だ。壁や雰囲気に汚れが見えないことからクロエはきっと新築なのだろうとあたりをつける。

 小さな畑を備えた庭には白いテーブルと椅子が用意されている。休日には姉と一緒にバーベキューでもやるのかもしれない。そんなことを考えたクロエはぐうぅと自分の腹を鳴らしてしまう。

「おなか空いたんでしょ」

「まあ……うん」

「そんなに恥ずかしがらないでもいいのに。クロちゃん、カレーライスって好き?」

「うん」

「お姉ちゃんが晩ごはんをそれにしようって言ってたんだ。一緒に食べようよ」

 楽しげに笑うシーは玄関のドアに備えられた黒いパネルにそっと触れる。指紋認証。ピッと小気味よい電子音が響き、ただいまと元気にシーが叫んだ。

「あの、お邪魔します!」

「おかえり。で、その子は? 誰、お客さん?」

 人の良い笑顔で出迎えたのは白いセーターにロングスカートの、黒いエプロンをつけた猫のアニマノイドだった。オレンジ色の髪と尻尾。シーと同じ特徴だ――クロエはすぐにその特徴を見抜き、頷いてから口を開く。

「はい。クロエといいます、シーとは友人で……あなたがシーのお姉さんですか?」

「そうさね。私はヒュー。ヒュー・タビー・ケー。いま晩メシ作ってんだ、カレーライスなんだけど、食べてくかい?」

「ありがとうございます。ごちそうになります」

「そんなに他人行儀じゃなくてもいいよ。シー、案内してやんな」

 分かってるって。クロエに接するよりもくだけた調子でシーが返した頃には、ヒューはもうキッチンへと戻っていた。

「じゃあこっち。例の話をするなら私の部屋が良いかな。廊下の角を左に曲がったら、左にある部屋が私の部屋なんだ」

「わかった」

「でも話をする前にお姉ちゃんに相談してくる。ノームを探すのを協力してほしいってね。大丈夫、フィルくんのことは絶対に喋らない」

「うん。任せたよ、シー」

 しっかりと頷き返したシーは「お姉ちゃんさあ」と声を張ってキッチンに向かう。その背中を見送ったクロエは言われたとおりに進み、薄黄色と白の壁紙の部屋にたどり着いた。

「これがシーの部屋か……」

 質素な白いベッド、緑の敷物、小さなタンス。生活感のある家具を眺めつつ照明をつけたクロエはシーの声が聞こえないか耳をすませる。

 だが壁がぶ厚いのかシーの声はなにも聞こえない。ため息をついたクロエはそこで目がくらむのを覚えた。これまで小休止はあった。でもじっくり休むことはなかった――

 休むのならアコニットをホテルの部屋に運ぶ時にしたはずだったのに。仰向けに寝転がったクロエはゆっくり目をつむる。

 緑の敷物の温かみに背中が癒やされるのを感じ、静かに息をつく。体の芯からじんわり疲れと眠気がしみ出ていく。心地よい休息。許されるのならこのまま深い眠りに沈みたい。




 だがクロエはフィルのことを考えて必要以上に癒やされるのを拒むように唸った。

 重い体をひねって起き上がり大きく深呼吸。自覚していなかった疲れはいくらかとれたはずだ。大丈夫だ。ここで休めたのだからフィルを助け出せる。必ず。

「おまたせクロちゃん。ほら、お水持ってきたよ」

 ノックして入ってきたシーはお盆に2つのコップを載せていた。小さなテーブルにこれを置き、シーが先に一気に飲み干して晴れるような笑顔を輝かせる。

「どうしたの?」

「お姉ちゃんを説得できた。前に作ってた貸しのこととかチラつかせてさ! ご飯作り終わったら、お姉ちゃんのコネで調べてくれるって」

「ホントに!? すごい、やったわね!」

「クロちゃんの役に立ててよかった。これでフィルくんもきっと大丈夫」

「でも従業員のコネがあっても分かるものなの?」

「たぶん大丈夫だよ。私たちが――というよりはお姉ちゃんか。従業員がここでこうして暮らせているようにノームもネクサスで生活しているんだ。どこでどんな生活をしているかを知っている人が少ないってだけでさ」

「従業員でも知っている人が少ないってどういうこと?」

「だってスタッフに聞いてすぐに答えがわかったら『レアキャラ探し』なんてコンテンツは成立しないじゃない。そうなる可能性を減らしていこうって考えよ」

 なるほどね――納得したように返しながら、クロエはシーが決して楽観視している態度をとっているわけではないことを認めた。緊張しているようにオレンジの髪と尻尾が逆立ちをしている。

 きっと橋の上でしていた話のことを考えているのだ。シーが口を開くのをクロエは待つことにして、そっとコップに手を伸ばす。

「ねえクロちゃん。さっき言ってたことなんだけど」

「ああ、うん」

「その……あの狼のアニマノイド。ロンってやつ。あいつと知り合いなんじゃないかってクロちゃん言ってたよね。あれは正解なんだ」

「いつからの知り合いなの?」

 他にも聞きたいことはあった。その中で一番気になることをクロエは口にする。

 なにを言おうとも嫌な気持ちにならないようにしよう。シーは自分の大の恩人で、頼れる友人なのだから――そんな覚悟を決めたクロエはシーが語るのをじっと待つ。

「もう10年も前の話……そうそう、クロちゃんは第二大陸がどんなところか知ってる?」

「人から聞いた話だけど、あまり治安が良くない場所だって」

「実際そうなんだ。農業とかが主な産業だけど、ホントはあまり豊かじゃなくてね。私とお姉ちゃんは第二大陸で産まれて育って……その、恥ずかしい話だけど、結構悪いこととかして暮らしを成り立たせていたんだ。カツアゲだとか盗みだとかね」

 いまのシーの印象からは遠く離れたことのように思ったクロエは、それをしなければ生きられない生活を想像できなかった。

「ロンとはその時の知り合いというか、悪事を働く時の仲間でね。私も私でシャローンなんて偽名を使ってたの」

「そうだったの……なるほどね」

「クロちゃん。ごめん、ガッカリさせるような話だったでしょう」

 申し訳なさそうにシーは目を伏せている。逆立っていた髪もシュンとしなだれていた。

 意外と言えば意外、驚いたと言えば驚いた。だがクロエにはシーを責める気も怒る気もない。話しにくいことを語ってくれたことに好意的ですらあった。だから「ありがとう」と口から出たのだった。

「え?」

「シーのこと、もっとよく知れて良かった。確かに悪いことしたのは悪いし、簡単に許されちゃダメだと思うけど。でも、これで私を助けてくれる理由が分かった気がするよ」

 涙を流してシーはうつむきながら頷く。それを見たクロエはこれ以上言葉を紡ぐのをやめることにした。

 きっと過去に犯したことをシーは悔いているのだ。責めるのはもう誰かがしたことなのだ。反省して、家族と一緒にまっとうに生きようとして、いまを生きている。それで十分だ――心からクロエはそう思った。


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