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第十話 第二のゲーム攻略完了、第三のゲームまで休憩時間

 ネクサス従業員専用地下道。車4台は楽に通れるほどに幅広の、薄いオレンジの照明に照らされた道をシーが駆けている。オレンジの尻尾を揺らしながら彼女は手押し車に大きな木箱を載せ、東の島からセントラルへと戻ろうとしていた。

 箱の中にはクロエとアコニットが潜んでいる。時折がたごとと揺れるのが居心地を悪くしていたが文句を言うつもりはない。あの混雑と混乱を極めた状況で一番早く東の島を脱出するにはこの方法しかないからだ。


 シーと合流したクロエは、すでにシーがロンをぶち倒したあとだったのを認めた。両手の爪で派手に引っ掻いたらしく、ロンの白い毛に覆われた顔は赤いひっかき傷をいくつも浮かばせていた。

 怪我をしたアコニットを連れて逃げ出そうにも、地下鉄も船も大量の来園客が押し寄せてすぐに乗り込めそうにないのは明白だった。だが肩から血を流すアコニットが警備員に見つかれば事情聴取やらで拘束されるのは間違いない。そしてクロエたちは秩序や治安を守ろうとする側の者たちに抑えられるわけにはいかない状況下にあり続けている。

 そこでシーが従業員専用地下道を使うことを提案したのだった。そこにある手押し車や道具を使えば、従業員ではないクロエとアコニットを隠して移動ができる。力説するシーにクロエもアコニットも異を唱えなかった。


 シーも従業員ではないが、姉が従業員なのでこの道を知っていたということにすれば良い――やや強引だが手段は選べない。真っ暗な木箱の中でクロエはアコニットを気遣った。

 アコニットはガーデンの一員として、クロエの友人としてフィルを助け出そうとしてくれている。そのおかげでまだフィルの命は繋がれているが、肩を撃たれてしまった。

 なのに弱音を吐くこともなく耐え続けている。強靭な精神力。とんでもない人物が味方にいるのだとクロエは思った。




 AR眼鏡がなければどれだけの時間が経ったかわからないだろう。クロエは木箱に隠れてから5分が経ったのを懐中時計めいて確かめ、暗視スコープのように視界を確保してくれるAR眼鏡を頼りにアコニットの様子を伺う。

 時間が経ったからか、アコニットの応急処置が優れていたからか、木箱に入る前に比べてアコニットの様子は落ち着いてきているようだった。きちんとした場所で治療を受ければ完治は間違いないはずだ。クロエはほっと息をつき、ほぼ同時に木箱がノックされた。

 打ち合わせ通りなら、シーが無事に半島に建てられた巨大な区画「セントラル」に到着したことになる。そして木箱のフタを外してもらえるはずだ。

「クロちゃん着いたよ! アコニットさんはどう、大丈夫そう?」

「平気です。だいぶ治りました」

 シーが重そうに木箱をどけるのをアコニットが手伝う。クロエも加わってあっさりとフタが外れ、3人は同じ場所の空気を吸う。

 そこは倉庫のような薄暗い場所だった。シーはエレベータの前まで台車を運んでいたらしく、少し疲れたように息を大きくしていた。

「ねえシー、これで地上に上がれるの?」

「そう。これ、キャッスルに通じているんだ」

 セントラルに位置するホテル兼超複合型娯楽施設。城のような外観から「キャッスル」と名付けられた施設の地下にいるのだとクロエは理解し、すぐにある閃きを抱いた。

「そういえば私、キャッスルのホテルで予約をとってるんだ」

「え? いきなりなんの……ああそっか、本当ならフィルくんと一緒に遊んでるはずだもの、宿だってとるに決まってるか」

「確か1306号室を予約してるはずなんだ。そこにアコニットさんを運んで安静にできないかな」

 ゲームマスターは「けが人をどうにかするまで休憩時間とする」と言っていた。けが人は足を怪我したアニーと肩を撃たれたアコニットの2人があてはまる。

 アニーは東の島に置いていったが、アコニットはまだ完全に処置が終わったわけではない。クロエはすぐに携帯電話を取り出し、フィルの携帯電話の番号に発信する。

「もしもし? いまの話を聞いていたはずよね?」

「ああ。もともと君が予約していた部屋でパーティメンバーを休ませようというのだろう」

 機械的に歪められた声はクロエの考えていることをなにもかも分かっているようだった。思わずため息をついたクロエは、乗り込んだエレベータの閉ボタンを押して上を目指す。

「わかってるなら話が早いわ。要求することはただひとつよ。アコニットさんが怪我してる。だいぶ回復してるといっても銃で撃たれたのよ、もっと回復に時間が必要だわ。ちゃんとした治療を受ける時間が」

「つまり? なにが言いたいのだね」

「次からのゲームにアコニットさんを参加させたくない。私とフィーが予約していた部屋で休ませる。だから次からのゲームは2人パーティで進めさせて。そのくらいの融通は効かせてくれてもいいと思うけど」

「……わかった。君の提案を飲むとしよう。次のゲームはクロエ・ブルームとシー・タビー・ケーの2名で進めることを認めよう」

「次のゲームはって……」

「なにか勘違いしているらしいが、この一連のゲームは次で終わりの予定だ。なにか文句があるというのかね? 君の部屋は1306号室らしいな、あとでそこに医療チームを送り込もう」

「次が最後って言ったわね。予定が確約になれば良いのだけど。ああそうだ、アコニットさんになにかしたらただじゃおかな――」

 そこまで言いかけてクロエは口を閉じる。

 エレベータが目的の階で止まり、ドアが開く。シーとアコニットの間を歩くクロエは深呼吸して再び口を開いた。

「――ゲームの進行についてだけは信用してもいいのよね」

「もちろんだ」

「それならアコニットさんをお願いするわ。でも万が一のことがあれば……その時は覚悟しておいて」

「言うことはそれだけかね。ならば後でこちらから連絡をしよう。しばらくは君も休むといい」

 ゲームマスターの側から電話が切られる。携帯電話をコートのポケットにしまったクロエはホテルのロビーへとたどり着いた。ここでチェックインの手続きをとればアコニットを休ませられる。ある種の一区切りがつきそうなことに彼女は安堵の息をついた。




 ホテルの部屋の鍵を受け取ったクロエはあたりの騒ぎからある程度のいきさつを知った。

 東の島のダンスイベント会場で起きた爆発。それを起こしたのが狼のアニマノイドらしいという情報はすでに広まっている。その狼のアニマノイド、ロンは、シーに倒されていたはずだ。だが捕まったという話は出ていない。

 撤退を優先させてロンを放置したのだった。その判断を下したクロエは額に一筋の汗が流れるのを拭った。もし再び出会うことがあれば衝突は避けられない。シーの不意打ちも期待できないだろう。

 だが待て。ネクサスにはどれだけの客がいると思っているんだ。それにこの遊園地は広い。どうやってもまた出くわす可能性のほうが低いに決まっている。考え直したクロエはそれでも緊張を緩めることなく1306号室の鍵を開けてドアを開けた。


 どこか柔らかな雰囲気。白い壁。城の形をしたホテルの上よりの階から見る景色は圧巻だ。円形に広がるキャッスルの内周はよく飾られ、壁には複雑な模様やライトが照らされ続けている。避難経路も窓を開けてはしごを降りればキャッスルの下の階の屋上に出られるようだ。

 あたたかな赤い絨毯に出迎えられたクロエはアコニットに2つのベッドを指さしてみせる。黒いスーツの右肩あたりが妙にどす黒く染まった女と、来園客を穏やかに迎えるような印象の部屋。写真をとるには相性が悪そうだがそんなのが目的じゃない。

 クロエはこれで一段落ついたと息をついて、もうひとつのベッドに倒れ込んだ。ベッドの横には彼女のバッグがある。旅行前に荷物をネクサスに送り、予約していた部屋に置いてもらうサービスを利用していたのだ。こんなことになったのは不幸だが、そんな不幸の中で自分の荷物を動かしてもらうサービスは輝いて見えた。

「クロちゃん、隣いい?」

「うん……なんかすごく疲れたね、シー」

「そりゃもう6時間くらい動いてるんだよ。ちょっと休憩は挟んでたかもだけど、しばらくこういうとこでゆっくりしなきゃ。ところでアコさん、怪我の具合は?」

 ほとんど回復しています。落ち着いた様子でアコニットが返す。静かにスーツを脱ぎ、ホテルのクローゼットに仕舞われていた薄青の部屋着に着替えていた。

 スーツ姿に比べればきれいな白い肌が大きくあらわれて開放的だとクロエは思ったが、右肩に巻いた包帯が赤く染まっているのが痛々しい。

「クロエ様、そんな顔をしないでください。私は大丈夫ですから。それに全く動けないわけでも、戦えないわけでもありません。もし奴らが暴力に訴えることがあれば、私が返り討ちにします。だから安心して最後のゲームに取りかかってください」

 穏やかな調子で語りかけながらアコニットは錠剤を飲み干した。鎮痛剤かなにかだろう。あたりをつけたクロエはゆっくりと体を起こしながら黒コートを脱ぐ。そのままセーターも脱ぎながら自分の荷物に手を伸ばした。

「……? シー、どうしたの?」

「きれいな体してると思ってさ。それで見てたの」

「なによそれ! ちょっと恥ずかしいな……」

 バッグから取り出した服に着替えるクロエは少し楽しそうに笑っていた。こんな状況でも緊張をほぐそうとして楽しげな言葉を投げかけてくれる。

 そもそも。駅の喫茶店の裏側で抑えきれずに暴露してもシーは嫌な顔ひとつせずに協力してくれた。今日が初対面なのにも関わらずだ。底抜けに良い人なのだ――シーに感謝の言葉を心の中で呟いたクロエは、しかしあることを疑問に思ってしまった。

「クロちゃんって服のセンス良いよね。ユニセックスな感じのものが好きなんだ? コートだって丈が長いしね」

「フィーの趣味がうつったの。なんていうか、どっちかっていうと中性よりな女の子ぽくってさ。かっこいいよりかわいい感じ」

「これが終わったら紹介してよ。一回見てみたいな、気になるなあ」

 着替えた白い服を見てシーが納得したようにうなずく。厚手の生地の、オーバーサイズな服だ。よほどのスタイルの持ち主でなければ体の線を浮かばせるなど出来ない。

 その上に黒いコートを着てクロエはいつでも出発できるように準備を進める。そこでクロエは携帯電話に新着メールが一通届いているのを見た。アニーからのメールでタイトルは「返信不要」とだけあった。


「クロエへ。いま私はキャッスルにある医療室にいる。怪我した足は湿布を貼って、ベッドの上で横になってろと言われてる。

 フィル様のことはあんたとシーさんとアコニットさんに任せる。あんたがリーダーみたいなものなんでしょ、しっかりやってあのふざけた奴らをギャフンと言わせてやりなさい。それと、やる気が出るお話のひとつでもしようかと思ったの。少し長くなるわ。


 あの財布を見た? お嬢様の財布にしてはやけに質素だとか思ったんじゃない? 実際そのとおりで、あれは高級なブランドのものではないわ。

 この私がなんでそんなものを使っていたか分かる? それはフィル様が私にプレゼントしてくださったものだからよ。

 前から学校で優しすぎる男子生徒として有名で私もそう思っていた。その時はいまみたいに憧れがあったわけじゃない。でも私が財布を盗まれて困っていた次の日に、フィル様は人のいい笑顔であの財布を譲ってくれたの。

 これまでの私の人付き合いでそんなことはなかった。私のそばにいればいい思いができるとか、機嫌を取れば傷つかずにすむとか、そういう奴らばっかりだった。私も気分は悪くはなかったしそういうお嬢様として生きていたけど、でもフィル様は例外だった。

 例外というのならあんたもそうね。あんたと初めて会ったときのこと、覚えてる? 私は謝るつもりなんてこれっぽっちもない。でも、あんたと一緒にふざけたゲームをやって、見直したのよ。フィル様があんたを大事に思っているらしいのは知ってた。そうされるだけの理由があんたにはある。だから、絶対にフィル様を取り返しなさい。できなかったら承知しないわよ」


 困ったような顔してるね。メールを読むクロエの顔を見てシーが小さく笑う。

「笑ってるつもりなんだけどね」

「でもアニーちゃん、やっぱり良い人だったね。全くの善人ってわけじゃないんだろうけど、クロちゃんも見る目変わったんじゃない?」

「そうかも。もうそろそろ行こうか」

「いつでも行けるけど……ゲームマスターからの連絡が来るまで出かけなくても良いんじゃない?」

 もう少し休むのを勧めるように声をかけたシーに、クロエはもう行こうとだけ返して一気に言葉を続けることにした。さっき抱いた疑念をぶつけてみようと思ったのだ。

「そういえば気になったことがあるんだ。シーのことについてなんだけど」

「ん?」

「どうしてシーは……いや、私が強引についてこさせてしまったけどさ、ここまで前向きに協力してくれたじゃない。それはどうしてなんだろうって」

「人助けをするのに理由は必要なの?」

「悪いけど私なら、私なら欲しいわ。いまフィーを取り返そうってワケのわかんないゲームに取り組んでいるのはフィーに死んでほしくないからよ。でもシーにとってはそこまでたいせつな人じゃない……まるっきり赤の他人でしょう?」

「言われてみればそうだね。確かにフィルくんとは話したこともなければ顔を見たこともない。でも見捨てればフィルくんは死んでしまうでしょ? 私じゃなかったらそんなの知らないって言うかもしれないし、いたずらだってつっぱねて見殺しにしたかもしれない。……そういう、後味が悪くなりそうなこと、やりたくないんだ」

「そっか、シーが良い人で本当に良かった。ありがとう」

 悲しそうなシーの声にクロエは後悔した。これは踏み入ってはならない領域の話だったかもしれない。シーの過去には秘密にしたいなにかがあるのかもしれない。


 不意をつくようにAR眼鏡がウィンドウを投影した。

「第三のゲームを開始しますか? イエスなら左の、まだ休むなら右のウィンドウに触れてください」

 ゲームマスターからのメッセージだろう。自分にしか見えていない連絡にクロエは左のウィンドウに触れて答えた。回答を送信。受託――機械的なメッセージが視界に投影されるのを眺めながら、クロエはシーとアコニットに出発することを伝えた。

「いってらっしゃいませクロエ様。どうかご無事で。シーも気をつけて、クロエ様を頼みます」

「まかせて! さあクロちゃん、最後のゲームだ! がんばろう!」

 大きく頷き返し、行ってきますと声を張るクロエ。部屋のドアを開け、下へ続くエレベータに乗り込むと、AR眼鏡が長いメッセージを表示し始めた。


「ゲームマスターからのメッセージを表示。投影ウィンドウのスワイプでスクロールが可能です。


 次の第三ゲームが最終ゲームとなる。制限時間は22時。ネクサスが閉園するまでだ。それまでの間に課すゲームの内容は「ノーム」を見つけ出すことだ。

 ノームはネクサスにいるアニマノイドで、レアキャラクターだ。パンフレットにも記載されているが、遭遇すること自体が幸運であるという。毎日数万人単位で来園客がいるのに発見件数は片手で数えられるほどもない。

 ゲームのクリア条件はノームを発見し、写真をとること。達成条件はシンプルだが難易度を高くした。難しいだろうが、クロエ・ブルーム、君ならば達成できるはずだ。君はひとりではない。ノームはネクサス従業員で、君の仲間にはネクサス従業員の妹のアニマノイドがいる。打てる手を尽くして最後のゲームに臨むが良い。幸運を祈る」


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