1.赤ん坊な儂と馬鹿面
儂は今、自我を保つのでいっぱいいっぱいだ。
目の前には女性の乳房、その持ち主は…、間違いない見覚えがある。
儂が息子セシルの為に雇った乳母、40年も前の事だ。
やはり儂はセシルに生まれ変わったというのか?こんな非現実的な事を受け入れろというのか?あぁ神よ!
嘆く儂に乳母は無理やり乳を含ませる。
情けない、剣を振るえば10の首が飛び、5の国を滅ぼしたこの儂が…。
「ンンン~セシル~。おいちいでしゅかぁ?」
若い頃の儂が横から話し掛けてくる。
「御当主様、この子泣きも笑いもしませんが、乳だけは人一倍飲みなさいます。」
「何!?泣きも笑いもせぬじゃと!!?病気ではないのか?」
「赤子なんて猫より気紛れなんですから、心配いりませんよ。」
あぁ情けない。昔の自分を見る事が、こんなに辛いとは…。
確かに儂はセシルを溺愛していたが、ここまでではなかったろう!?
姿見に映る己を見る。我が愛息子、セシルの幼き頃の姿だ。そう、齢10でこの世を去った息子。
領内を見回りたいという、セシルにしては珍しい我儘に応える為に、5人の騎士を付けて送り出した。
だが運悪く、密かに越境していた隣国ヤクトの兵と遭遇。護衛の5人の騎士諸共セシルはこの世を去った。
それからは怒りのままに手勢を率いて、独断でヤクトへ侵攻。一月足らずで滅ぼした。
仇は討った。奴等は最後まで認める事は無かったが、証拠は挙がっていた。セシルを襲撃した兵の剣にヤクトの紋が刻まれていたのだ。
だが、怒りはおさまらずに燃え上がるばかり。どんな小競り合いにも武力で介入し、最終的には相手国を滅ぼす。そして名を上げ、最終的には男爵位から伯爵にまで成り上がった。
それが今や何だ、この状況は。
乳房と馬鹿面に囲まれ、しかもその馬鹿面は己だ。この馬鹿面の主の今後の人生を思うと…
「ふっ…。」
「おぉ、今笑ったぞ! 見たか?今笑ったぞ!!」
「いえ、笑われた、というべきかと。」
「・・・・・。」
この馬鹿の為にも、セシルを生かさねば。