帰路
遅くなってすんません。
「よう勝ったな!」
大口を開けて笑いながら成木重正、まあ親父殿が背中を叩いてきた。鎧越しに伝わる衝撃はなぜだか俺の心を抉った。
「いえ、直実と雪次のおかげです」
目を伏せて言う。全くもっての事実だ。悲しいほどに真実なのだ。
「傀儡か」
今度は言葉が俺の心を抉った。このオッサンは人の心を抉るのがお好きらしい。あ、いや、俺もオッサンか。
「有体に言えば」
「有体に言わなくてもだろ」
うるせえ。
俺は馬を進めた。後ろでは同じく馬に乗り鎧に身を包んだオッサンが手を叩いて笑っている。そんなに笑うなよな。
「重正様もお人が悪い」
そう言って直実が俺に近づいてきて轡を並べた。
「最初から分かっていて私を正次様に付けたというのに」
俺の心はもうカス一つ残っていやしない。
「ああ、そうだな」
「それでも、こうして後からついてくるというのは親心あってのものでしょう。あまり悪く思いませんように」
「ああ、そうだな」
何というか、直実があのオッサンの実子だと言われても驚かない自信が俺にはある。それだけは間違いない。
「そういえば、雪次がおっしゃってましたよ」
俺の悪口をか?
「正次様も存外ただの木偶ではない、と」
雪次が言ったのか、それとも雪次の言葉を直実が変に脚色したのか。俺には分かりやしない。大方、3:7で後者だろうなとも思うが、まあどうでもいい。それよりもだ、俺もいい加減に怒ってもいいだろう。
「それにしても、まあよくやったじゃねえか」
性根の悪いオッサンが、直実とは反対側からぬそっと現れて轡を並べる。これで性根の悪い二人に挟まれたわけだ。両サイドから臓物に響く様なボディブローが次から次へとやって来るに違いない。
「傀儡でですか」
なけなしの心を奮い立たせて抵抗を試みる。
「傀儡でもだよ」
思ってもみない言葉が返って来た。思わず重正の方を見る。
「そんな面をすんな。みっともない。将なら将らしく毅然とした表情で前だけ見てろ。何よりもそれが将の務めだ」
何だろうか、肩透かしを食らった気分だ。
「そうですよ、正次様。かの妙典院様もかつては一介の傀儡に過ぎなかったというではないですか。今は傀儡だとて、いずれその糸を断ち切れば良いのです。それまでは傀儡として傀儡に甘んじて、あらゆる物事を吸収すれば良いではないですか」
いや、妙典なんちゃらについては全く意味が分からないが、まあ、何となく分かることにしておこう。ただ、それ以上に、こいつらの優しさが気持ち悪い。気味が悪くてしょうがない。
「それにしてもだ、直実もようやってくれた」
両脇から気味の悪い誉め言葉を受けて居心地悪く馬に揺られていると、今度は矛先が直実に向かった。
「いえ、私はただいつも通りのことをしただけです」
軽く会釈をしながら直実が言う。しかし、この世界では上司と部下が轡を並べることは極自然なことなのだろうか。
「いやいや、この阿呆を上手く扱っただけでも大したもんよ」
遠まわしな嫌味か何かだろうか。いや、遠いもクソもないな。相も変わらない言葉のボディブローだ。
「かたじけないお言葉。しかし、雪次を使って本体を抑えたのは正次様のお手柄でございます。私はただ後詰をしたに過ぎません」
「それは謙遜も過ぎるというものだろう」
瞑目して頭を下げる直実にオッサンが言う。
全くもってその通りだ。人を下げといて上げるとか、そんなんで俺が喜ぶものか。喜ばせようとはしてないんだろうが。
「ですが、正次様の機転が勝利に結びついたのもまた事実」
直実の言葉に、詳しい話がまだ届いていないのか重正の目が少し広がった。
「ほう……」
面白そうな笑みを浮かべて無精髭の生えた顎を撫でる。いやしかし、貫禄があるな。などと妙なことが頭にちらついた。
「して、この青坊主が何をやった」
重正が俺に顎をしゃくりながら直実に尋ねた。
「相手の注意を引きつけるための側面部隊を率いる雪次に御身の武具をお与えになったとか」
そう言って直実が同意を求めるように無表情を俺に向けた。
まあ、確かに直実の言うことには違いがない。違いがないが、それを自分で誇示するのもどうかとも思う。これが麗しき日本の心なのだろうかと変なことを思いながらも、俺はぎこちなく頷いた。
「そうか。しかし、注意を引きつけるには他のやり方もあったろうに……」
オッサンが呆れたような目でこちらを見てくる。どうやら感心しているということはないらしい。
「ですが、側面部隊に軍の将がいれば最も注意を引きつけられるかと思ったのですが……」
俺は間違ってないよな。
恐る恐ると意見を述べてみるが、しかし帰って来たのは溜め息であった。
半ば肩を落とすように溜息を吐きながらオッサンが言う。
「それは相手の目的にもよるだろうが」
「あっ」
思わず、と手を叩く。それを見て一層オッサンの溜め息が深くなる。
「それに、200とはいえ一軍の将が鎧を捨ててどうする。万が一があった場合、お前の言葉を聞かぬかもしれぬし、そもそも、身を飾るもの守るものを捨てて大して顔も売れておらぬお前が将を名乗れようか。お前がその一軍の将であることを示すのは未だお前自身ではなく、お前を飾っている武具そのものだぞ。考えが足りんぞ」
ああ、違いない。言われてみれば合点がいく。なるほどと納得もする。
しかしだ、あの時はそれが最上だと思ったのだ。それが最も優れた選択肢だと思ったのだ。あの閃きが正解だと思ったのだ。
「将は戦うことが仕事ではない。数多の戦局にて最善手を選ぶことが仕事である」
ポツリと呟くように直実が言った。直実自身うろ覚えのようで言葉に力はない。
「まあ、そんなとこだ。正しくは、「良手を積み重ねること」だがな」
「最凡院了吾様のお言葉ですね」
無論、俺は呆けた顔をしている。妙典院の次は最凡院とやららしい。この世界は名前の最後に「院」を付けるのが流行りなのだろうか。昨今、戦国武将の名前を子供に着けるのが主流であるのと同じように。
あまりにも俺が呆けた顔をしていたからなのか、直実が言葉を付け加えた。
「歴史上最も平凡な武将と言われたお方。しかし、戦では負けることはなかったとか」
恰好いいのだろうか。微妙だな。最も平凡なのに負けることがなかったとか、それを平凡と言っていいのだろうかとも思わなくもないが、まあ、思わないことにしておこう。
「かの御人の言葉には見るべきものが多い。特に将とは何たるべきかをよく知っておられる」
重正の言葉に直実が頷く。どうもそういう人らしい。
「正次、意味が分かるか」
と、俺に矛先が戻って来た。そのまま平凡院だかに向いたままであればどれだけ良かっただろうか。
「意味、ですか。将は戦うのではなく悪戯に兵を殺さぬように考えろ、というところでしょうか」
俺の答えに重正が少し首を傾げながら言う。
「まあ、当たらずしも遠からず、ってところか。直実は分かるか」
「将は戦いに力を割くのではなく最善手……良手を打つことに力を注げ、ということかと」
「まあ、そんなところだ」
いつの間にか、馬に揺られながら青空教室が始まった。
「正次、お前自分の鎧を見てどう思う?」
「どう……少し動きづらいなと」
そう言いながら腕を持ち上げてみる。言っておいてなんだが、確かに肩回りの装飾が多くて動きづらい。
「ああ、その通りだ。基本的に将の鎧は装飾が多めにできている。兵が一目で身分が分かるようにだとか、威厳をつけるためだとか、まあ色々言われているが本当の所は分からん。ただ、かの最凡院殿が言うには、逃げるためだという」
逃げるため?装飾過多で?逃げにくいんじゃないだろうか。
そんな俺の考えを見透かしたようにオッサンが笑う。
「まあ、そうなるわな。直実は分かるだろ」
「……逃げる時に鎧を脱ぎ捨てれば、あるいは身代わりの兵に着せれば、将が逃げやすくなるかと」
直実が少し考える素振りを見せてから言う。どうにも、こいつは本当に頭が切れるらしい。……いや、俺の頭が切れないだけだろうか。
「その通りだ。最凡院殿が言うには、将の華美な鎧はそれが将を将たらしめるものであるという。同時に、将は動く必要がなく、動くときは逃げる時だとも。動く必要がなく、その場にてその身を守り、その身を知らしめる、それこそ将が華美に身を包むが由」
何でもかんでも最凡院だな。孫氏とか、この世界におけるその類なのだろうか。
俺の右ではオッサンが感慨深そうに頷きながら無精髭を扱き、左では直実が瞑目して馬に揺られている。そして俺は蚊帳の外。
「分かったか」
何をだよ。
右を行くオッサンに心の声で答える。ついでにとりあえず頷いておく。
「正次様も一度は勉強なされるといい。色々とためになりますよ」
平凡院をか?
「そういえば、屋敷の蔵に束になって積んであったはずだな……。よし、お前にくれてやる」
偉い人じゃないのかよ。蔵に積むなよ。
「あ、ありがとうございます……」
喜ぶべきか、否か。そもそも、久しく喜んだ覚えがないせいで、喜び方がわからない。両手を天高く突き上げればよいのだろうか。とりあえず会釈する。
しかし、このオッサン何で来たんだ?
俺が危なっかしいから。俺が死ぬかもしれないから。俺が負けたら村が潰れるから。いろいろと理由は思いつくが、正直どれでもいい。どれでもいいが、その真意は気になる。何故最初から来なかったのか。何故終わった頃に来たのか。何故今轡を並べて馬に揺られているのか。
理由は何だっていい。何だっていいが、無性に気になる。
ちらりとオッサンを盗み見るが、オッサンは無精髭を扱きながら前を向いて馬に揺られている。その姿がどうにも白々しいような、何か隠し事をしているように見えて――
そういえば、俺は昔からそうだったような気がする。オッサンを見て思ったわけじゃない。ただ、長らく忘れていた感情が何となく思い出されたような。泥の中に沈んで見えなくなったハンカチの端を、手を突っ込んでようやく探し当てたような。唐突に、その端切れが俺の中に芽生えたような。何と言えばいいのか分からないが、俺は昔からそうであった気がする。
「そういえば、父上はどうしてこちらに?」
俺は昔から、隠し事をされるのが、その真意がわからないのが、無性に気になる人間であった。そんな気がした。
「ん?どうした急に。なけなしのプライドが今更になって傷ついたか?」
人の悪い笑みを浮かべながら、性根の悪いオッサンが、そのニヤついた表情をこちらに向ける。
「いえ、気になったもので」
「別に理由なんぞありゃせんよ」
俺がオッサンの方を見ずに言うと、さもつまらないという様に素っ気なくオッサンが言う。
それで、どうしてですか。昔そうしていたような気がして、昔のようにそう言おうと口を開きかけて、俺は開けた口から言葉を発することなく閉じた。オッサンが何か思い出したように手を叩いたから、かもしれない。あるいは他に理由があるのかもしれない。いずれにせよ、オッサンが手を叩くのとほとんど同時に、俺は開きかけた口を閉じた。
「ああ、そうだ。あったぞ、理由が」
オッサンがさも面白いことを思いついたというように口を歪ませながらこちらを向いた。嫌な予感がした。
「お前、結婚しろ」
全くもって的中した。
「はあ……はあ!?」
驚いてオッサンの方を見て、オッサンが前方に顎をしゃくるもんだから、ぎこちなく前に目線を投げると、随分と俺は馬に揺られていたらしい。成木の城が見えてきた。
「相手は三条谷守三島家の次女だ。名前を妙と言うらしい」
「は、はあ」
「喜べ、来る前に見たんだがえらい別嬪だったぞ」
気のない返事をする俺など意にも介さずにオッサンは俺を小突いて笑った。
喜べない。これは喜べない事態だ。妻から離縁を突き付けられた男が、ゲームの中で女を作るとは。これもそういうシナリオなのかもしれないが、しかしだからと言って分かりましたと簡単に頷けることでもない。倫理的にも、モラル的にも、道徳的にも、とにかく俺の心がそれを受け入れようとはしな――
「今何と?」
俺の問いにオッサンが何のことかと目を瞬かせる。オッサンがやっても気持ち悪いだけだよ。
「別嬪だったぞ?」
「その前」
「えらい?」
「前」
「喜べ?」
「行き過ぎ」
「来る前に見たんだが……」
俺は慌てて成木の城に目を向ける。手を伸ばせば届く距離、ではないがかと言って逃げ出そうにはもう間がないほどには近づいている。そもそも、両サイドを固められているから逃げようにも逃げられない。そんなことを考えている間にも成木の城は刻一刻と近づいてくる。
城の前に黒い塊が見えた。それらは動いているようで、近づくにつれてそれがそれなりの人の群れだと気が付いた。
気が付いたところで馬が足を止めることはない。
そのままに近づいてくると、やがて黒い人の群れにも色が付き始めた。
淡い桃色や緑、あるいは薄紫。その多くが女性の衣装だ。まばらに黒い甲冑に身を包んだ男の姿も見える。さらに周囲には野次馬のように城下に住む人たちがちらほらと。そして、中央には白い衣装に身を包んだ女性の姿があった。
「おお、あれだ」
言われなくても分かる。何となく違うのが分かってしまう。所謂オーラってやつなんだろうか。別に何か神々しいまでに光っているわけでも後光を放っているわけでもない。ただ、何となく分かってしまうのだ。もしかしたら、それは一人だけ周りから浮いているかのような白い衣装のせいかもしれない。
とはいえ、少しづつ、着実に成木の城は近づく。逃げようなどと、もう思えやしない。
オッサンは別嬪と言ったが、オッサンの眼識はどの程度信用に値するのだろうか。この世界は何をもって人を別嬪とするのだろうか。
俺は中央に立つ白い衣装の女性に目を向けた。顔を見ることができないだろうかと思ったが、しかし笠のようなものを頭に被っているせいか、うつむき加減のせいか、よく顔が見えない。
どうしたものかと馬に揺られながら女性を窺っていると、オッサンが「おうい」と手を振った。ガキじゃあるまいしと思ったが、しかしそれが幸いにも功を奏したようで、女性が笠を頭から外して手に持ったまま大きく振った。
隠れていた女性の顔が見えた。
俺は思わず進めていた馬の手綱を引いた。
馬の脚が止まった。
「おい正次」
オッサンが俺の名を呼んだが、当の俺自身はそんな場合ではない。
目に飛び込んできた女性の顔を見て、馬を止めた俺は、そのまま右手を目線の高さまで持ち上げて、口早に呟いた。
「ログアウト」
浮上するような感覚が体を襲う。したことはないが幽体離脱をするときはたぶんこんな感じだろう。最後にもう一度確認しようと目を凝らしたところで、視界が暗転し徐々にと意識が遠ざかっていった。
紛れもなく、紛れもなかった。遠ざかりゆく意識の中で、矢鱈と鮮明に、それは俺の頭の中に映っていた。脳に焼き付いたのか、網膜に焼き付いたのかは分からない。そんなことは些細でしかない。消えかけの意識の中で、俺は再度その姿を確認した。俺の知っている姿と、今脳裏に焼き付いている姿とを比較して、俺はどうしようもなく溜息を吐いた。
ああ、紛れもなく。白い衣装を着た女性は、紛れもなく妻であった。
2,3日に1話のはずが2、30日に1話になりそうな感じです。はい。
とりあえず、遅れてすんません。
ついでに、次回もいつかは分からなし。
まあ、そう遠くない未来であることを祈りたい。
そんなわけで、読んでくれてどうもありがとうごぜえやした。




